プロの記者なのか?
〜アジアカップ予選リーグ vs ウズベキスタン〜
2000年10月17日
11.1号のSM誌。P17に日経新聞運動部の某記者の記事がある。
サウジ戦に関する記事で、トルシエ批判に近い記事である。まぁ、批判というか問題点を挙げてるだけともいえるが。それでも勉強不足というか取材不足というか論じてる根拠が記者とは思えない。
「シドニーの米国戦でカードを手元に2枚残したまま敗れ去り、浴びた批判が耳に残っているのか、3人のフレッシュな人材をピッチに送り込んだ」
トルシエは批判を気にしない。気にするような監督なら、あれほど自分流を貫けるはずが無い。米国戦の交代は批判もあったが、解説者によっては「交代するのは難しい場面」だという認識もある。また、交代についてはあくまでも結果論であって、交代することでゴールデンゴール負けした可能性だってぬぐいきれない。
少なくともあの時、交代自信が非常に難しい状況であったことは私にさえわかったことだ。
交代に触れた部分で「スタミナに問題のある名波を90分使うこともなかった。」
未だに名波にスタミナが無いなんていまだに言っているやつがいる。彼の持久力は代表随一だ。フランス予選あたりから、しきりに名波のスタミナを口にする専門家がいるが何を取材しているのだろうか?
名波が後半疲れたように見えるのは、人の何倍も疲れる位置でのプレーだからだというのはフランスW杯後に何度も語られてきた事だ。
しかも最近の代表戦では、レベルが上がったこともあり、彼が守備に追われることは少なくなった。ボールを持っても一人で突破する必要が少なく、周りがフォローするからかなり楽にやれているようで、昔の様に疲れた名波を見ることは減っている。
その他にも1トップをスタートから試せだの、4バックへのシフトチェンジをベンチから徹底させろだの、中村俊輔をベッカムみ見立て始めてるのかもしれない、だの。
1トップがオプションの一つである事はトルシエが言っている。オプションとはあくまでも途中で使うからオプションだ。それを敢えて試せという根拠が述べられていない。
4バックのシフトチェンジを選手が自主的に行い、さらに成功しているのにそれをベンチからもっと指示を徹底させろという趣旨もわからない。サッカー先進国では多かれ少なかれ自分達の判断でポジションやフォーメーションを変えているではないか。そこへ向かって進歩しているものを、何故わざわざ逆行させるような論陣をはるのか?
そして最後のベッカム。五輪チームが発足した時にトルシエは「現代のサッカーではベッカムの様に、中盤のサイドがゲームメーカーの働く場所」だといっている。理由は中央ではプレッシャーがきついので、サイドに出て余裕を持ってボールを扱えるからだ。俊輔にもそういう説明をしているという手記があったように記憶している。
それをいまさら「ベッカムに見立て始めている」とはチャンチャラおかしい。
ちゃんと情報を収集して勉強して欲しいものだ。
あー、長くなっちゃった。そろそろ本題にいきましょか。
対ウズベキスタン戦。
W杯予選で苦しめられたこともあり、楽には勝たせてもらえないだろうと思っていた。勝つには勝つだろうが2点差程度が妥当か?
しかしその予想はいいほうに裏切られた。ウズベクのレベルが低い。いや低く見えるぐらい日本代表のパフォーマンスが良かった。
ウズベクはスタート時点からべったり引いて守る。しかしそれをあざ笑うかの様に中盤のボール回しからあっという間にゴール前へ突進し決定的チャンスを作り出す。
レベルが違いすぎ。それはもう1次予選を彷彿とさせる勢い。アジアカップ本大会とはとても思えないだけの力量差だ。
前回、アジアの壁などと書いたが、彼らには壁は無いのかもしれない。
このスコアを見ると、サウジアラビアが弱かったわけじゃないことがわかる。
ウズベクの監督の呆然とした顔が試合終了間際にアップで写っていたが、まさしく呆然自失であったことだろう。すこしかわいそうなきもした。
日本代表の中盤のパスワークは絶品だ。イラン、韓国、イラク等の相手にもこの圧倒的強さを見せ付けて勝って欲しいものだ。
|
|||
|
|