オリジナル小説「密造・二人の夢」

新井 滋

旧作の「密造」を完全リニュアルしました、新作は四百字詰原稿用紙150枚分の中長編です。

<梗概> 28歳の麻美は、恋人健太の難局を打開するために、ファッションやくざの銀次郎
の助けを借りて、コピーのジャンパーの密造に着手することを決断した。


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 NO.2  ホテル       NO.3 バッタ屋の男       NO.4 コピーの密造
 
 NO.5 バッタ屋稼業   NO.6 登録商標法違反   NO.7  再出発


            
<1>再会

 地下鉄の日比谷線の六本木駅で降りた小林麻美は、プラットホームを歩きながら徐々に気
持ちを切り換えた。全身に染み込んだ浅草橋辺りの下町の匂いを消し去り、とりあえず顔付き
だけでも都心に順応させなければならない。ホットな下町の営業笑いを消去り、クールな都会
の女を演じながら階段を上がっていった。
 夜の六本木交差点に立ち止まった麻美は、ダークスーツの胸ポケットから取り出した伊達眼
鏡をかけて乃木坂の方に足を進めた。この辺りの夜景が好きで、決まったように月末に足を
運んでいる。「スターダスト」という乃木坂の小さいパブに入り、少しだけお酒を飲んでから目黒
のマンションに帰るのだ。
 麻美がスターダストへ通うようになってから七年が過ぎ、二十才を過ぎたばかりの娘も今年で
二十八才になってしまった。結婚には縁が無くて独身生活を続けている。二十才の時に劇的な
恋愛をしたが、その相手とは一年半で別れてしまった。その後遺症で恋愛に対して消極的にな
ってしまったのだ。
 どうして別れてしまったのか、今でもその理由が分からない。なにか決定的な原因があって
破局を迎えたのではなかった。それこそ恋愛の真っ只中で、ちょっとした感情の行き違いが引
き金となった。二人の我がままが正面衝突して、背中を向け合ってしまったのだ。どちらも若過
ぎたとしか言いようがない。
 スターダストは別れた彼の馴染みの店だった。彼に連れられて麻美も店に足を運ぶようにな
ったのだ。カウンターと四人掛けのテーブル席が四組だけの小さい店で、大半が常連客であ
る。いつものように入り口に近いテーブルの席に座って、マスターにカクテルとスモークチーズ
を注文した。
 カウンターには二人の男性客が離れて座って酒を飲んでいた。一人はイタリアンカジュアル
姿のアパレル関係と思われる四十才前後の男で、もう一人はGジャケットとジーンズを着た二
十代前半のフリーター風の男である。
 黒い手提げバッグから1mgのメンソールの煙草を取り出した時、マスターがカクテルとチーズ
を運んできた。酒を飲む時だけ煙草を口にくわえて軽く吹かすのだ。別れた彼が吸っていた銘
柄と同じで、箱のデザインが当時のことを思い出させてくれる。
 それこそ、あっと言う間に七年の月日が過ぎてしまった。後一年半で三十才になってしまう。
群馬の高校時代の友達は全員が結婚しており、田舎の身内の風当たりが強くなるばかりだ。
三十になるまでには適当な相手を見つけて親を安心させようと、思っているのだが人生はまま
にならない。
「健太と結婚しておけばよかったな。今ごろ、そんなこと言っても、後の祭りだけどさ」カクテルを
口にした麻美が苦笑いをして呟いた。
 七年でいったい何が変わったんだろう、と改めて自分の変化について考えてみた。年齢を重
ねることによって、自分の中から若さが少しずつ消え失せていったことは確かだ。数年前から、
街で見かけるコギャルたちの若さがまぶしく感じられるようになり、その度にもう若くはないと認
識するようになった。
 一方で、失った若さの分だけ心が成長した。自分勝手で我がままだったのに、他人の心中を
思いやれるようになった。多少なりとも社会の荒波にもまれて、耐え忍ぶことを経験したからだ
ろう。七年前を振り返れば、あの時の自分はあまりにも自己中心的で、まるで別人のように思
えてしまう。
 この店に入った途端に、時間を遡って七年前にタイムスリップすることができる。店内の薄暗
いライティングにやさしく包み込まれると、自分の昔の居場所に戻った気分になれる。心の化
粧を落とし、心底からリラックスして二十才の娘の顔でほろ酔い気分になれるのだ。
 八時半を過ぎたので、麻美は二杯目のカクテルの残りを一気に飲み干して腰を上げた。カウ
ンター内のマスターに勘定を支払い、慌てて店のドアを開けた。九時半までにはマンションへ帰
ってシャワーを浴びたい。現実の世界に引き戻された麻美は、そんなことを考えながら急いで
店を出た。
 外に出て十歩ほど進んだ時だった。スターダストを目指して歩くスーツ姿の三十才前後の男
性とすれ違った。男の顔を認識すると同時に体が反応した。立ち止まって振り向いた麻美が、
「健太さん!」と、男の背中に呼びかけた。
 足を止めて怪訝そうに振り返った男が、麻美の顔を認めて仰天した。
「麻美・・・さん」
 三メートルの距離を置いて対峙した二人は、しばらく無言で見詰め合っていた。
「こんな所で合うなんて、信じられないよ」と、我に返ったように健太が言った。
「私も、夢みたい」
「立ち話もなんだから、どっかの店に入ろう。時間はだいじょうぶ?」
「三十分くらいだったら」
「それじゃあ、あそこの喫茶店に入るか」
 言うが早いか健太が喫茶店に向かって歩き始めた。
 その後姿を追いかけた麻美は、当時のことを懐かしく思い出した。こうしていつも健太の大き
い背中の後に付いて歩いたものだ。三十才を過ぎた彼の背中は、以前よりもたくましくて男らし
くなっていた。
 喫茶店のドアを押して先に中へ入った健太が、テーブル席の横に突っ立って手招きした。そ
して麻美が腰を下ろしてから向かい合って座った。そうしたちょっとした気配りを、健太もするよ
うになったのだ。昔の彼なら、勝手に店へ入って先に座っていたのに。七年の年月が健太を大
人に変えたのである。
 レモンティーを注文した二人は、どちらも照れながら辺りに視線をさまよわせた。何を話して
よいのか分からずに困惑した麻美は、健太が口を開くのをひたすら待った。同じように健太も
麻美がきっかけを作ってくれるのを待った。しかし、過ぎ去った年月の長さに金縛りにあった二
人は、いつまでも押し黙ったままでいた。
 レモンティーに口をつけた健太は、きっかけの言葉を考えながら、苦し紛れに時おり麻美の
方を見て破顔一笑した。そうした彼の一挙一動に麻美は注目した。短く刈り上げた髪は昔と同
じだが、無精ひげをわざと伸ばしていて、男の性的魅力が顔や体から滲み出ている。
「俺も三十になっちまってさ」と、麻美の熱い視線を気にして健太が苦笑いをした。
「私だって、二十八になっちゃったわ」
「早いよな。年を取るのってさ。あれから何年過ぎたんだっけ?」
 そう言って健太が指を折って計算したが、途中で分からなくなって失笑した。
「七年になるの。私ははっきりと覚えている」
「もう七年も過ぎたのか。年を取るのも無理ないな」
「男の人はいいけど、女の場合は、年を取るのって、すごくつらいわね」
 思わず本心をさらけ出してしまった麻美は、気まずくなって何処か遠くに目を向けた。
「元気そうじゃないか」
「おかげさまで、体だけは昔と変わってない」
「仕事しているみたいだね」と、麻美のスーツを指差して健太が言った。
「ええっ、浅草橋の生地屋で」
「よければ、名刺をもらえないかな」
 そう言って健太が自分の名刺をテーブルの上に置いた。
 慌てて麻美もバッグから名刺入れを取り出し、裏側に携帯電話の番号を走り書きして健太に
手渡した。
「ありがとう。明日にでも電話するよ」と、健太が笑顔で名刺を受け取った。
「昔と同じ目黒のマンションに住んでるの」
「ああっ、思い出した。小さい公園のそばだったよね。懐かしいな」
 紅茶を飲み干した健太が、レシートを持ってレジの方へ歩いていった。そんな彼の後を追い
かけるようにして、麻美は店の外へ出た。
「ご馳走様でした」と、言って麻美が頭を下げた。
「必ず電話するからさ」
「楽しみに待ってる。それじゃあ」
 さり気なく別れの言葉を交わして歩き始めた麻美だったが、すぐに足を止めて未練がましく後
ろを振り返った。既に健太の姿は無く、彼の大きな背中の残像がスターダストの木のドアと重
なった。
 ジャケットのポケットに仕まいこんだ健太の名刺を取り出した麻美は、それを両手で持ってじ
っと見詰めた。夢を見ているようだったが、彼の名刺が事実だったことを証明している。明日に
なったら携帯に電話をかけると約束してくれた。成り行き次第では、昔のように抱かれることに
なるかも知れない。そう思うと、うれしさと共に体の奥底から熱いものが込み上げてきた。
 二杯のカクテルしか飲んでいなかったが、酔っ払ったように両手を大きく広げてスキップをし
ながら浮かれ気分で歩いた。時おりすれ違う怪訝な顔の通行人たちに、調子に乗って笑顔で
手を振った。地下鉄のシートに座った途端に、今度は疲れが押し寄せてきた。込み上げてくる
うれしさをかみ締めながら、シートにもたれてウツラウツラとした。
 
 地下鉄日比谷線の中目黒駅に着いたのは九時半だった。駅の外へ出た麻美は小走りで自
宅のマンションへ帰っていった。三階の部屋に戻ってソファーに服を脱ぎ捨てると、バスルーム
に飛び込んで思いきりシャワーを浴びた。
 引き詰めた髪の結び目を解して散けた髪に勢いよくシャワーを浴びせ、そして全身にも激し
いシャワーの雨を降らせた。バストと股間は念入りに洗い、腰に一枚だけバスタオルを巻きつ
けてバスルームを出た。脱いだサニタリーショーツを洗濯籠に入れ、一年前に買っておいた白
い綿のレース入りブラジャーとショーツのセットをタンスから取り出した。部屋の灯りを薄暗くし
た麻美は、健太に抱かれた時のことを想像しながら浮かれ気分でそれを身に付けた。
 女っぽい下着を着るのは、本当に久し振りのことである。いつの頃からか下着にかまわなく
なり、サニタリーのような中性的なショーツを身に付けるようになってしまった。男性関係がなく
なったことが最大の原因だ。しかし今夜の麻美は、健太との再会によって久し振りに男を意識
した。裸になった時のことを考えて、取って置きのセクシーな下着を身に付けたのだ。
 ジャージを身につけた麻美は、冷蔵庫からウィスキーの水割りの缶を取り出して、ベッドの上
に腰を下ろした。舞い上がった気分を沈めてからでないと、眠りにつけそうになかった。そのた
めには、酒の力を借りるしかない。そんな思いで缶の水割りを風呂上りの乾いた喉に流し込ん
だ。
 お互いの電話番号を教えあっただけで、相手の現状については何も触れなかった。今でも彼
が独身なのかどうか、それが気になってしかたがない。考えてみれば、再会した時から気持ち
が舞い上がってしまって、肝心なことは何も尋ねなかった。彼も同じように、麻美のプライバシ
ーにはタッチしなかった。彼が結婚しているのかどうか、なんとしても今度会った時に確認しな
ければならない。そんなことを考えながら、麻美はウィスキーの水割りを口にした。
 記憶の彼方に消え失せていた当時の思い出が、次から次へと頭を過ぎっていった。些細な
出来事までが、昨日のことのように鮮明に思い出される。毎晩のように体を重ねて愛し合っ
た。健太に激しく攻め立てられ、体が宙に浮いたようになって頂点に上り詰めた。その時のエ
クスタシーを思い出した麻美は、枕を股間にはさみながらやがて眠りについた。


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NO.2

★健太と再会した麻美は、彼の意外な現状を知らされて困惑する。





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オリジナル小説「密造都市」



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