オリジナル小説「密造」NO6


<6>登録商標法違反



  五日後の火曜日の昼休み、健太から麻美の携帯に電話がかってきた。群馬の桐生の刺繍
屋からワッペン届いたので、一昨日、それを銀次郎が取りにくることになっていた。しかし今日
になっても銀次郎は現れなくて、携帯電話も二日間つながらないままだ、と健太が説明した。
「すると銀次郎さんは、月火と行方不明になってるってこと?」と、麻美が確認した。
「そう言うことなんだ。さっき事務所に行ったら鍵がかかっててさ。もしかして、交通事故にでも
あっちゃったのかな」
「確かに変よね。心配になってきちゃったな」
「ワッペンをジャンパーの胸に縫い付けてくれる工場へ、二人で行くことになってたんだ。昨日
は何か急用ができたのかもしれないと思って、様子を伺ってたんだけど、今日になっても連絡
が取れないからさ。それで心配になって、君に連絡したんだよ」
「分かったわ。もしもこのまま連絡が取れないようだったら、会社が終わり次第、健太さんの事
務所に行くことにする」と言って麻美は電話を切った。
 健太が懸念するように銀次郎は事故にでもあったのかもしれない、と麻美も心配になった。
試しに彼の携帯に電話をかけてみたが、電源が切ってあるみたいでつながらない。
 
 昼休みが終わったので、麻美は思い切って課長の部屋に入っていった。一月に一回の割合
で、営業活動の外回りの仕事がある。午後からその仕事をさせてもらえないか、伺いを立てて
みることにしたのだ。
「そうだな。そろそろ、外回りをしなきゃならないと思ってたんだ。新しい生地見本帳もできたこ
とだし、そうしてもらおうか。見本帳を積んで車で出掛けてくれ」と、課長が承諾してくれた。
 営業用の小さい車に新しい生地見本帳を積んで、麻美は会社を出発した。銀次郎の事務所
の近くの本所二丁目に、得意客のアパレル・メーカーがある。早めに仕事を終えて、最後にそ
の会社へ行くことにした。
 麻美の担当は墨田区と足立区と江戸川区である。先に足立区と江戸川区を回り、その帰り
に墨田区の得意先を訪ねることにした。墨田区の錦糸町周辺に小さいアパレル・メーカーが集
中している。要領よく仕事をこなしたので、四時前には本所のミックというアパレル・メーカーに
辿り着くことができた。
 三階建てのビルの地下駐車場に車を停めた麻美は、エレベーターで三階まで上がってデザ
イン室のドアを開けた。七人のデザイナーとパタンナーが、机の前で静かに仕事をしていた。
そうした静寂を破るようにして麻美が足を踏み入れた。銀次郎のことが気になって、いつものよ
うな細かい配慮ができなかったのだ。
「毎度どうも!いつもお世話になっています。うちの新しい見本帳をお持ちしました。何か御用
がございましたら、お伺いしますけれど?」と、お決まりの言葉を言ってデザイン室の中を歩い
て回った。
「今のところ、これといった用事はないね。来月の企画会議が終わった頃に、もう一度出直して
ほしいんだけど」と、企画室長が机の上のデザイン画に目を落としたままでそう言った。
「承知しました。企画会議の日程はいつになりますか?」
「多分、五日になると思うんだけど」
「五日ですね。それじゃあ、事前にお電話で確認させていただきます。ありがとうございました」
 そう言って頭を下げた麻美は、静かにドアを閉めてエレベータの前に立った。腕時計に目を
やって時刻を確かめると、四時を十分過ぎたところである。とにかく銀次郎の事務所へ行って、
そこから健太に電話をかけることにした。
 銀次郎の事務所の前に車を停めた麻美は、不安げな顔付きで車を降りた。相変わらず入り
口の戸には鍵がかかっていた。思案に暮れた麻美は、重苦しい気分で健太に電話をかけた。
「外回りの仕事にかえてもらって、車で銀次郎さんの事務所の前に来たの。やっぱり鍵はかか
ったままになってるわ。一体全体どういうことなんでしょうね?」
「明日になっても連絡が取れなかったらさ、思い切って警察に相談してみたらどうだろうか。明
日の朝まで様子を見ることにしてさ」
「そうね。そうするしかないわね」
 段取りを付けて電話を切った麻美は、しばらく運転席に座って思いを巡らした。休日も事務所
を開けて仕事をする銀次郎が、連絡が取れない状態で行方不明になってしまった。事故に遭
ったのか、事件に巻き込まれてしまったのか、そのどちらかしか考えられなかった。もしも彼の
身に好ましくないことが起こったとしたら、と麻美は悲観的なことばかりを考え始めた。
 四時半になったので麻美が車を動かそうとした時だった。前方から黒い乗用車が近寄ってき
て斜め横に停車した。運転手はダーク・スーツ姿の見知らぬ男だったが、後部席から降りたの
は黒っぽいジャージ姿の銀次郎だった。彼が降りるやいなや車は走り去っていった。
「銀次郎さん!よかった!無事だったのね」と、言って麻美が車から飛び出た。
「誰かと思ったら、麻美ちゃんじゃないの。どうして、またこんなところに?」
 リーゼントの頭を掻いて苦笑いした銀次郎が、気だるそうに戸の鍵を開けて麻美を中に招き
入れた。
「連絡が取れないから、心配してたんです」
「見てのとおりだよ。ドジ踏んで警察にぱくられちゃってさ。やっと釈放されたんだ」
 しかめっ面でそう言って銀次郎が机の上に鍵を放り投げた。
「すると今のは警察の車だったんですか?」
「あの車は、どう見たってタクシーなんかにゃ見えないだろうが」と、ふてくされた口調で銀次郎
が言った。
「本当に心配してたんです。三十分だけここに居てもらえないですか?会社に車を置いたらす
ぐに戻ってきます」
「それはいいんだけどさ、戻ってきて何をするつもりなんだ?」
「銀次郎さんには、本当に感謝してるんです。だから、晩御飯を一緒に食べたいんです。途中
で何か買ってきますから。食べ物だけじゃなく、ビールとかも」
「そう言うことか。早い話が、俺の出所祝いをやってくれるんだな。分かった。それじゃあ、待っ
てるよ」と、銀次郎が満更でもない顔をして頷いた。
 事務所を出た麻美は、スピードを上げて車を運転した。そして五時十分前に会社へ戻ると、
慌しく帰り仕度をして五分過ぎに退社した。浅草橋駅近くのコンビニで買い物を済ませてからタ
クシーに乗って本所に戻った。
「お待たせしました。たくさん買ってきたんで食べてください」
 そう言って麻美が事務所内に駆け込んだ。
「ありがてェな。腹がへってたんだ。遠慮なくご馳走になるよ」 
 応接セットのテーブルの上に麻美が袋を置くと同時に、銀次郎がソファーにどかっと腰を下ろ
した。
「気に入ってもらえるかどうか、分かんないけれど」
「麻美ちゃんの気持ちがうれしいんだ。文句を言ったら罰が当たるぜ」
 テーブルの上に麻美が弁当と惣菜と飲み物を並べると、「それじゃあ、いただきます!」と言
って銀次郎がその弁当をがっついた。そんな彼に合わせて麻美もハイペースで弁当を平らげ
た。
「うれしいね。こうして麻美ちゃんと水入らずで晩飯が食えるなんてさ」
「それじゃあ、ビールで乾杯しましょう」と、麻美が缶ビールを持ち上げた。
「俺の出所を祝って!」
「やめて下さいよ。銀次郎さんが無事だったことを祝って乾杯!」と、麻美が笑顔で乾杯の音頭
を取った。
「ああ、うめェー。ハラワタに染み込んでいくね」
「私も一緒です。こんなにビールがおいしいと思ったのは、生まれて初めて!」
「うれしいこと言ってくれるね。うれしくて泣けてきちゃうよ」
「本当に心配したんです。だから銀次郎さんの元気な姿を見た時は、感激しちゃって舞い上が
っちゃったんです」
「元気なんて無かったんだけどさ。麻美ちゃんのおだてに乗せられちまって、なんか元気になっ
ちゃったよ。全く、単細胞もいいとこだね」
 すっかりご機嫌になって二本目の缶ビールを飲み始めた銀次郎が、吹っ切れた顔付きで
今回の逮捕の経緯を口にした。一昨日の早朝、登録商標法違反の容疑で代々木署の防犯課
に逮捕され、一晩だけ留置場に拘留された後、今日の三時半に釈放されたのだ。
 逮捕の理由は、原宿のアパレルメーカー「ホットミルク」の製品を密造販売した容疑である。
単に製品を縫製屋から小売店へ横流ししただけであることを立証したので、銀次郎は釈放さ
れたのだ。
「まさか逮捕されるとは、思ってもみなかったね。警察に訴えたのはホットミルクっていう原宿の
メーカーなんだ。これが若い奴らにすごい人気のある原宿系のブランドだそうだ。そんな名前、
聞いたことねェよな?」
「最近の原宿には、若者向けの新しいメーカーがたくさんできましたからね」
「縫製屋から仕入れたニット製品が、ホットミルクのものだったんだわ。それを卸してやった小
売店がインターネットで販売したもんだから、すぐに足が付いちまってさ」
「そんな場合でも罪になるんですか?」
「密造してなくったって、正規のルートで仕入れてないものを卸したり販売したら商標法違反に
なるんだ。だから、有名なメーカーのものには手を出さないんだけど、今回みたいな聞いたこと
もないようなメーカーのものは、どうしようもねェんだな」
 そう言った銀次郎が苦笑いをして頭を振った。
「バッタ屋の仕事も大変なんですね」
「それを承知でやってるんだ。警察沙汰になるのは覚悟の上だよ。楽して儲けさせて貰ってる
んだからね。それよか、麻美ちゃんも飲みなよ」と、銀次郎がテーブルの上の缶ビールを麻美
の前に差し出した。
 いつもなら一本だけで止めるところであったが、もう少し銀次郎と話がしたくなった麻見は、無
理して二本目の缶ビールの栓を開けた。
「連絡取れなくなった時は、本当に心配だったんです。まさか、そんなことになっているとは、夢
にも思わなかったもんだから」
「そう言えば、昨日、高橋くんと約束してたっけな。後で連絡しなくっちゃ」
「私の方から電話しておきます。今夜は余計なこと考えずに、のんびりと過ごして下さいな」
「うれしいこと言ってくれるね。そういう言葉に弱いんだよな」と、顔を崩して銀次郎がビールをぐ
い飲みした。
 それに合わせて麻美も二本目のビールを勢いよく喉に流し込んだ。
 ちょうどその時、机の上の電話の着信音がしたので、銀次郎がソファーから立ち上がって机
の方に歩いていった。電話が長引いたので、その間に麻美はテーブルの上の片付けをした。
そして、残りのビールをチビチビと飲みながら成り行きを見守った。
「長くなりそうだから、これでお開きにするか。どうもご馳走さま」と、 受話器を手で覆った銀次
郎が、麻美の方を見て言った。
「失礼します」
 そう言って頭を下げた麻美は、コンビニで買ったものを詰め込んだ袋と飲みかけの缶ビール
を手に持って外へ出て行った。そして残ったビールを少しずつ飲みながら駅に向かって歩い
た。
 麻美にとってはちょっと多い量だったが、なんとしても全部を飲み切ってしまいたかった。銀
次郎のような本物の大人になりたい、と今夜の彼を見てそう思ったのだ。バッタ屋で金儲けを
するからには、警察沙汰になる覚悟をしなければならない。そんな銀次郎の言葉がいつまでも
耳から離れなかった。腹を括ってしまえば何も恐いものは無いのだろう。開き直ったような彼の
言葉や態度が、彼女に度胸をつけさせた。自分も本物の大人になろう、と決心して残りのビー
ルを無理に飲み干した。
「今日からオイラは大人になったんだぞ!何も恐いものなんてねェんだ。ふざけんじゃねェや。
矢でも鉄砲でも持って来やがれ!」
ビールの缶を握りつぶした麻美は、男言葉でそう言ってコンビニのゴミ入れに缶と袋を乱暴に
押し込んだ。

NEXT
NO.7
ラスト

★麻美と健太の行方に意外な展開が待ち構えていた。そして物語は終わりに・・・・


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オリジナル小説「密造」NO.7
オリジナル小説「密造」NO.7
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