#0001/倉科 奏 【name】
「・・・クラシナ、ソウさん?」
声を聴いた途端、私の心はダメになってしまった。
私小説
「倉科カナ、倉科 奏サン!」
「・・・まただわ。」
私の名前は 女の子にしては 珍しいらしくて
その名前を 正しく読まれたことは少ない。
それは、私のコンプレックスのひとつである。
「あの、私の名前、倉科『ソウ』なんですけど」
正しく言うと、初対面で私の名前を正確に読んだのは
あのひとだけだということ。
「笹生はいいわね、普通の名前で。」
「・・・それは、どうも。」
「・・・あたしの名前が少なくとも『カナ』とか『カナデ』だったら」
・・・あの性悪男にハマることもなかったのに。
「こればっかりは 親を恨むわ」
「いいじゃない、格好良いわよ。女の子で『ソウ』だなんて。」
「だから、それは普通の名前の人が言う台詞なの。こういう名前の苦労なんてわかんないデショ。」
「んーまーねー・・・私なんか平々凡々『亜樹』だし。やっぱりウラヤマシイわ。」
「・・・そうかなあ・・・・」
笹生にはわからない。
正しく呼ばれることのなかった名を、その名前を
あの低くて甘い声で呼ばれたら
一発で、ダメになってしまう。
「んで?今日も行くの」
「・・・ん」
「ソウは もう館元さんに夢中ねえ」
「・・・・」
「ま、頑張んなさいよ。」
「・・・・ん」
タテモト、館元利也。
あの人の名前。
「・・・・」
「いらっしゃ・・・ああ、なんだ」
「・・・仮にも客になによ、なんだとは」
「あのね、毎日毎日 やってきてタダで茶ー飲んで帰る女子高生なんて客のうちにはいらないの。」
「・・・・」
「・・・・ナニ。」
「・・・憎たらしい。」
「あっそ。」
タテモト、トシヤ。
24歳。
古書専門店に勤務。
「・・・トシヤ」
「タテモトさん。」
「なんで 名前で呼んじゃだめなの」
「キライなの」
「なんで」
「なんででも」
この人は、初めのあの、あの一回から
一度だって私の名前を呼んだことがない。
この人の名前を呼ばせてもらったこともない。
「・・・ケチ。」
「ケチで結構」
そして私は、それが くやしい。
「・・・アンタ、なんで毎日毎日くんの」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・迷惑?」
「・・・・」
「・・・・迷惑なんだ・・・・」
「・・・今日はもう遅いから」
「・・・タテモトさん」
「・・・・ナニ」
「あたし・・・」
言葉を口に出すたびに想いを伝えたくて。
胸が疼く
「クラシナ」
「・・・・」
「・・・・・今日はもう遅いから、帰りなさい」
「・・・・タテモトさん」
胸が疼く。
音に出来ない言葉が胸のあたりに渦巻いて
そして私の心を焼いていく。
「・・・・カエリナサイ」
「・・・・うん・・・・」
声にもさせてくれないの。
私、貴方がすきです。
貴方のことが、すきなんです。
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