『掃討戦・前半』


朱闘犬(長瀬衆)が黒一天の刻印を消した兵糧米を黄海社中から仕込み、
同時に自らの本拠地である南海諸島に和馬達を案内したとの報が
修一郎に届けられたのは首脳同士の会見から3日後の事である。

「ふん、和馬殿はなかなかに商売上手な御方や」
『駆』の上で修一郎が苦笑を浮かべている。
「米を長瀬に支払うのが何故に商いに繋がるのでしょうや?」
戦以外の世事に疎い豊五が不思議そうに尋ねる。

「社中の連中が長瀬に売りつけた米は精々半分くらいやろ。
 残りは商圏拡大の餌や」
「餌?」
「南海は『海賊』が唯一最大の商売やろ。
 あの芥子粒みたいな奴等の本拠地にまともな生業がいると思うか」
事実は細々とながらではあるが全うな職業に就いている者もいるのだが。
「この時節はそろそろ米が減って来るろ。
 麭(食パン)はまだ向こうには行き渡ってへんみたいやし、
 まさか商売敵の暁徳が融通する訳ないしな」
「では『百石で持って長瀬の歓心を買う』と言うのは」
「まあ、半分は嘘と言う事になるな」
「不埒な!」
普段は賢しらな前頭部が怒りの光芒を発している。

「そう怒るな。俺の依頼なり願いを唯々諾々と従う奴が
 自分の旗を掲げて独立独歩が出来ると思うか?」
「いや、それは・・・・」
「俺としてはそんぐらいの茶目ッ気のある奴の方が組み甲斐があるね」
「されど、この先の羽戸川との間柄を考えると随意に扱える
 水軍なり海軍は必要かと愚考しますが」
既に筆頭参軍使に取っては次以降の戦は『掃討戦』である。
「戦に勝つだけやったらな」
この時の修一郎の表情は樹州知事のそれである。
「勝つだけなら皆、戦の手勢にすればええ。
 でも俺はこの後、向背定やかならぬ小土豪や
 食うだけが目的である連中の塩梅を取らなあかん。
 それにゃ、あいつ等に戦専門になってもらうと困るんよ」
その視線は既に先を見通していた。


「あっ痛てて」
弥四郎が痛みがぶり返した激戦の証を左の掌で摩る。
「かしらぁ、まだ痛むんですかい」
先日の戦は二番が誇る鉄砲放ちに取っては初めての苦戦だった。
「全く、奴等はなんちゅう手立てをとって来るんじゃ」
前面に立てた足軽を人壁に後方から騎馬武者達が突っ込む。
意図的に作られた混戦では『伍』の技量も発揮できず、
新兵達の燧石銃の不調を相俟って一時は弥四郎自らが
愛用の連射銃で敵勢を追い払う始末だった。

「平左どんが来なければ危なかったわい」
実際崩れかかった陣形に止めを刺すべく逸った騎士共の側背を
急行を重ねた一番頭が突かねば敗戦は勿論、
軍団長や自分の生死も危なかっただろう。
「これで少しはあの野郎も大人しゅうなりますかね」
実際の参軍使は陣頭指揮を振るう修一郎の側で
護衛と戦況分析の二役をこなして奮戦振りを見せていたかのだが、
反感が募る目で見ればそれすらも『失態を取り返す児戯』としか
見なされていない。

「喜伍よ。残念じゃが儂等が危ないながらもきりぎりの所で
 こらえたのはあの擂り鉢のお陰じゃ」
「?」
反対派の急先鋒は負の感情で真実を隠す愚劣な行為に走らなかった。
「奴が提示した幾つかの作戦内容と、それを単純化した
 例の暗号のお陰で平左どんは効果的に動けたんじゃ」
二番頭は上腕を摩りながら呟いた。
「残念じゃが此度の戦は儂等が手勢が手抜かりありし故だわさ。
 早合の運用をしくじるとは言い逃れは出来ぬ失態だわさ。 
 陣頭指揮を取られた軍団長殿は無論、あの擂り鉢にも罪はない」
右上腕の裂傷ではなく、精神の痛みに堪えて渋い表情を作っている。
「・・・・・・」
冷静な反省に『伍』の手練小頭も反論は出来ない。

「何、太郎と違って生き残ったからには
 何れはあ奴にお礼参りの機会も巡ってくるだわさ。
 そん時ゃ派手に見返してやるだわさ」
「はっ!」
壮烈な討死を果たした僚友の名は『伍』の小頭に再び闘志を燃え滾らせた。


際どい逆転勝利を得た事で知名郡を手にする好機を得た
黒一天は粛々と萌黄揚羽の本陣へと向かっている。
それに対して血生臭い饗応を行うべき羽戸川は
情報戦でも実戦でも遅れをとった二重の衝撃に打ちのめされていた。
勢いを欠く旗印の萌黄揚羽同様に士大夫達は為す所を知らず、
土壇場の悪夢に至る光景を肩を落した力無い様体を配下に晒していた。

そんな敗者に容赦のない鞭をくれたのはうりざね顔だった。
修一郎側とほぼ同時刻で届けられた凶報は雑兵達の逃亡を喚起していた。
「おのれ、朱闘犬めが。郷士風情に尻尾を振りおって」
羽戸川の戦奉行はその巨体に闘志を漲らせる。
「如何致しましょうや」
本陣に詰めている幕僚の一人が不安気な表情で主将に問う。
「如何するとは?」
不機嫌な視線で睨み付けるのは既に幕僚の申し出を予想できたからである。
「・・・安堂勢への義理は果たしたと愚考仕りまする」
「退き陣致せと」
無言の叩頭は同意である。

「お主は胥吏上がりの郷士風情に頭を下げろと雑言するか!!」
普段ならばこうう怒鳴りつけだろう。
あるいは「緩怠者が!との怒声と共に
腰の物に手を掛けたかも知れない。
だが彼には『お館様』から預かった手勢を
−かなり目減りはしていたが−
博方に返す義務があった。
「・・・・・ならばお主に萌黄揚羽を預ける故に差配せよ」

「なっ・・・・」
羽戸川は比較的軍勢の指揮組織が確立されているが、
それでも上位者の軍権委譲は例がない。
「戦奉行様は如何なさるるおつもりで」
「儂は・・・・一個の騎士としてあのふざけた郷士風情を討ち取る」
「奇襲でしょうか」
何時の世も劣勢に陥った側が起死回生の手段として用いる手立てである。
「うむ、あ奴が手勢は案に相違して手練れが多いが胥吏の出である
 あ奴は武芸は不心得と聞く。暗闇を利して近付けば何とかなるじゃろう」

自暴自棄の杜撰な襲撃計画は汚名を雪ぐ激情によって纏まった。


「ほな、羽戸川は樹州については不介入を約束するんやな」
白旗を掲げたからと言って黒一天軍団長は憐れむ心情にはなれない。
貰える物はその時に貰っとかんとな。
「その件につきましては、何れこなたより使者を差し出すれば」
河南の二大強豪としての威風を体すべく、
軍使は精一杯の虚勢を張っているが
−夜襲の狙いを隠す意味もあるが−
肝心な受け答えでは修一郎が発する静かな迫力に気圧され気味である。
「それやったら話にならん。軍使殿には御苦労やが
 井上殿の申し出は受け兼ねる故、
 我等は引き続き会猟(戦争)に励むと伝えといて下され」
わざとらしく腰を浮かせて引見の場から立ち去る振りをする。

「お・お待ちを、しばしお待ちを」
油断させないと夜襲なぞ絵にかいた餅である事を知悉する
軍使は必死になって黒一天軍団長を引き止める。
「そう言われても、そっちの引き出しはもう空やろ。
 そやったらこれ以上の引見は無意味やで」
「樹州の儀に付きましては我等が寄親、井上が士大夫としての
 一命を賭して言上仕る故に何卒、兵を休まれて下されよ」
必死の形相に睨む軍使に対して修一郎は白けた感情を心中に止めて言い放つ。
「そこまで言うんやったら、考えてもええで」
ふん、軍使としては出来悪いな。こないに簡単に尻尾を出すとは

「どう見る」
猫背の軍団長は引見に同席した豊五に尋ねる。
「白旗を掲げた美人局かと」
片笑窪を浮かべた筆頭参軍使は迷いなく応える。
「考える事は同じやな」
「ああも殺気だった心情を吐露すれば何方様でも同じ結論に達するかと」
「ま、少しは頭を使った様やがもう少し用心深く仕掛けなあかんな」
含み笑いを漏らす修一郎の脳裏には急速に迎撃策が組み立てられる。
「粗忽者共への対処は」
「折角ええ見世物演ってくれるんや。招待に応じな失礼やろ。
 見物料は・・・俺の生命やのうて鉛弾で支払わせて貰うがな」
頬杖をついていた修一郎は立ち上がる。
「委細は任す。贅をこらした馳走を用意せよ」
「はっ」

士大夫の意地を掛けたた襲撃策の詳細は『西管家公式文書』に掲載された
樹州知事の報告文書に簡潔に纏まっている。
『彼の者、夜半に剣戟を持って我を来世に招待せんと欲するも宿願は叶わず。
 鳥銃の(修一郎は鉄砲の威力を隠す為に故意に蔑称を用いている)
 導きに拠りて彼の者のみが来世に出向くも心苦し。
 我、心痛を取り除かんと羽戸川の同勢も招待せり』
生き残った者は『羽戸川家実記』でさえ『十の内二・三』と記す少数だった。


 

「掃討戦・後半」へ続く。

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