スチュワート・バクスター 講談社
今年で9年目に入るJリーグは選手のみならず、
様々な国と地域からの外国人コーチを受け入れる事によって
結果はともかく、アウェーの地での真剣勝負を挑める所まで成長した。
勿論、これまで事実上フットボールの世界地図から削除されていた
極東の島国にやってくる『助っ人』達が全て役に立った訳ではない。
目先の勝負に拘って『クラブ』の生命力を断ち枯れさせたコーチ。
激変した環境に馴染めずに結果を残せなかったコーチ。
自らの力量不足を曝け出すに止まったコーチ。
そんな中、今回紹介する人物は創世記のレベルとは言え
チームをステージ優勝に導いたコーチである。
アントラーズ・ヴェルディ・マリノス・ジュビロ・エスパルス
そしてサンフレッチェ。
これまでのJリーグステージ優勝経験のある6チームの中、
強豪と目される事の多い他の五チームとは異なり、
意外な印象を与えるのが94年のファーストステージ優勝チームだろう。
実際の所、当時のサンフレッチェは日本代表を3〜4名程度輩出したが
その試合運びは手堅く地味でそして極めてシステマティックだった。
4−4−2のドイスボランチのシステムは
中央の森保と風間(現解説者)がゲームを作り、
サイドの盧(現セレッソ大阪)とチェルニーがサイドを崩す。
そしてトップに陣取る高木(現解説者)にボールを当てて、
トップ下に位置するハシェックが決定的な仕事をこなす。
素人目にも理解出来る『ディシプリン』の下で
手練の職人を思わせる北欧的な渋い色彩は
ヴェルディが醸し出す明るいラテンの色彩とは全く異なる魅力を放っていた。
無論、どちらが良いかと言うのはそれぞれの嗜好に拠る物であり、
ラモスの美しいループシュートに象徴される
チャンピオンシップの結果で優劣を競うものではない。
(94年のチャンピオンシップは
ホーム・アウェーともに1−0でヴェルディの勝利)
だが私はよりどちらが組織的行動に順応しやすい
日本人に適合するかと言えばサンフレッチェの方だと感じた。
そして数年後、ヴィッセル神戸の監督としてJの舞台に戻ってきた
彼は自らのコーチ哲学や生い立ちを一冊の書物に著した。
この本が発刊された5年前はアンダー23が
オリンピックの最終予選を通過し、
アマチュア時代からの名手達がユニフォームを脱ぎ始めた頃であり、
そしてばバクスターが指揮するヴィッセルは
震災の影響による資金不足に苦しんでいた。
そんな訳で改めて読み直すと文章の端々にその影響が感じ取れるのだが、
今回はその項目にスポットを当てるつもりはない。
注目するのは彼の本業と日本人に関する考察である。
『自分のチームをよく観察し、そこに合ったシステムを作り上げる』
現役時代はスコットランド・スウェーデン・オーストラリア。
コーチとしてはスウェーデン・ノルウェー・ポルトガルそして日本。
世界各地を渡り歩いたバクスターのチーム作りはこの本が執筆された当時、
自らの方法を押しつけるだけだった代表監督のブラジル人のファルカンや
彼の後任だったオランダ人のヤンセンと異なり、洞察力に富んでいる。
(本文ではファルカンしか挙げていないが『アヤックスシステム』の
3−4−3のシステム例を取り出す事で暗示している)
彼に拠ると日本人は組織だった物を好む傾向があり、
『日本人は社会の中の個、集団の中の自分と言う位置を
常に計りながら生活している様だ』と分析している。
そんな日本人にとってはユニット制を採用して互いにコンタクトを
取る方が馴染み易いのではと組織力(チーム戦術)の導入を説き、
同時に『他人との関係を重視し過ぎる』日本人をリラックスさせて
内なる力量を発揮させる為にはポジティブなイメージを持たせる
メンタルトレーニングを取りいれる重要性を説いている。
実際、彼はこの手法をサンフレッチェでもヴィッセルでも取り入れ、
そしてステージ優勝とJ1昇格と言う結果を出している。
だがその結果も彼に完全な満足を与えている訳ではないらしい。
何故なら彼の理想とする『日本人のフットボール』は下記の様なものだから。
『現在(96年)では難しいが、日本人が持つ瞬間的なスピードを
活かす為には4−5−1が望ましいのではと思う』
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