日本の歴史において『遣唐使』の存在は欠く事の出来ない重要な要素だが、
ではその国家がどの様に滅亡したかは殆ど取り上げられない。
相次ぐ民衆の反乱を契機にタガが緩んだ世界的帝国は
やがて草莽より出現した梟雄によってその命脈を断たれる。
そこで繰り広げられたドラマは人々の心を充分捉えるものだと思うが、
日本の場合は『三国志』以外の中国の歴史は殆ど取り上げられないので、
唐滅亡前後から五代十国と称される動乱の時代の認識など
余程の愛好者でもない限り、知られていないのが実情だと思う。
今回はそんな『知られざるドラマ』について取り上げた歴史小説である。
物語は中国史上、最大規模の民衆反乱である
『黄巣の乱』の指導者が高級官吏採用試験である
科挙に落第して夢破れた頃から始まる。
この時代、官吏になれないのは青雲の志を棄てるのと
同義語だった為に事実上道を閉ざされて落ち込む黄巣に対して、
この小説のナビゲーター的存在の文化人(と言うには図太い性格だが)が
既にいくつか勃発していた反乱を口に出して
『お前もやってみろ』とけしかける。
やがて少林寺で身体を鍛え抜いた元・科挙受験生は
雄渾な体躯と(この時代の英雄の絶対条件の一つだった)
綿密な頭脳とそして『ドラクエ』の様に奇妙な縁で集まってきた
留学生崩れの倭人、北の少数騎馬民族、
そして社会の底辺に蠢くごろつき等を率いて
中国史上屈指の大規模な民衆反乱を巻き起こす。
この地点で既に失敗した民衆反乱の様子を描いている
この小説では黄巣が率いる手勢の高い質を強調する事で
『主役登場』の雰囲気を醸し出している。
事実、この反乱軍は政府軍相手に連勝を続け、
遂には当時の首都であった長安さえもその勢力圏に組み込んだ。
だが、同時にナビゲーターに自らの不満を吐き出させる事で
この先の様子をも暗示させている。
『腕っぷしの強い軍勢が百戦百勝すれば天下が取れる』
この単純明快な図式は人々の広く受け入られる所であり、
『有力戦国大名』の一人であったに過ぎない武田信玄、上杉謙信、
そして毛利元就辺りがが天下を取れると言う
無茶なシュミレーション小説がそこそこ売れる理由はこの辺にあるのだろう。
(別に書き手を非難するつもりはない。それが彼等の仕事なのだから)
だが幸か不幸か『売り上げ』を気にする必要のない
『長安烈日』はそういった読者に媚びる真似はせずに
(残念ながらこの本がベストセラーになったと言う話は聞いた事がない)
正面からこの反乱が失敗した原因を書き記している。
「黄巣には新しい王朝を起こさねばならないと言う気概が足りない」
「英雄たらんとするする者が持つ必須条件は(政治)哲学を持つ事」
「超世の傑でなければ天下は取れない」
物語の後半で黄巣を見放していく人物達が口にする台詞である。
黄巣の反乱軍は野にある時は野生の強さを発揮したが、
規模が拡大して長安を制して一端の政府(王朝)を
気取った辺りから次第とその強さに翳りが出始める。
散文的な理由は幾つか存在する。
食糧を収奪するだけできちんとした地盤を確保出来なかった事。
地方に盤踞する勢力と殆ど提携出来ずに政治的に孤立した事。
黄巣の個人的武力に依存して『軍隊』として組織化出来なかった事。
だが何よりも痛かったのは『文句を言うだけ』の強さと
『自ら主張する』強さの違いを黄巣自身が理解していなかった事だと思う。
最終的にこの反乱は『反乱』のままに集結してしまう。
だがこの動乱は事実上唐の死命を制し、
後は『どれだけ唐王朝が持つか』ではなく
『誰が唐王朝を簒奪するか』と言う点に関心が移る。
そしてその人物は嘗て黄巣の下で勇名を馳せ、
前述の台詞の一つを吐いた一人の梟雄であった。
しかしこの人物も『新たな政治哲学』が必要である事は理解しても、
それを生み出す事が出来ない斎藤道三的な立場に止まり、
隣の島国で魑魅魍魎な政争が続いている間、
この大陸では動乱の時代が続いたのであった。
|