『調和するタレント達』


勤勉と闘志が一体化した蜜蜂達を漆黒の包囲網が締め上げていく。
『ボランチ』と言うよりも『センターハーフ』と言う表現が
ふさわしい立ち振る舞いを見せる矢野は
次第とボール保持者の左側にプレッシャーを圧し掛かけてくる。
激しさと統制の均衡が取れた運動は
大胆な押し上げを見せるフラットの4バックとの
心地良い連動に拠って稼動範囲が狭まっている。
話半分だと思っていたがな。
アーペ博多の攻撃を司るアルゼンチン人は自分の考えが甘かった事を
−それはベンチの『大魔王』も同様だったが−
認識せざるを得なかった。
現に自分は漆黒の壁にパスコースを遮断され、
ボールをキープするのがやっとなのだから。

そろそろ頃合だな。
プレッシングの指示を出す矢野が
狙いを『プレッシャー』から『ボール奪取』へと変更する。
いっきますよ。
目線でゲームキャプテンに指示を出す。
OK。
木田は左に位置する吉口をちらっと見やる。
光夫、しくじるなよ。

ビスティが漸く見つけた隙間は右サイドのライン際だった。
左のインサイドで叩いたボールは綺麗な軌道を見せて
右のラインに張り出す味方に届く・・・筈だった。
だが『待ってました』とばかりにディフェンスラインから飛び出した
吉口が足を伸ばしてパスカットに成功する。

「!」
その瞬間、前方で待機していた羽生が囮の動きを始め、
屈強な3バックの注意を誘う。
勿論、ボールの行き先は爆撃機の左斜め下に位置する小栗である。
正確なパスを胸トラップで処理したのを確認すると、
右サイドのパッサーと左サイドのドリブラーも動き出しを開始する。
ここが勝負だ。
先制点を奪うと言う意味ではない。
『終った選手』とのレッテルを剥がすと言う意味である。


神経の行き届いた左足のボールタッチで
ハーフラインを突破した小栗に、
30の坂を越えて尚、活発な運動量を誇る
ダブルボランチがマークにつく。
根性と団結を全面に押し出し、
ヒールの汚名をも恐れない厳しさが狙うのは
当然、彼の利き足である。

『レフティ・モンスター』と言う看板を掲げた頃の小栗であれば
ここで強引にドリブル突破を図っただろう。
だが『フォワードでもハーフでもない』微妙なポジションに
要求される判断力は彼のプレーに柔軟性を与えていた。
インサイドで右サイドに叩くと
素早くリターンが貰えるポジションへと走り込む。
スピード任せではない。
最前線のストライカーの動き、敵ディフェンダーの動き、
そして左サイドで好機を狙っているドリブラーの動きを常に観察でき、
且つ次のプレイにスムーズに移動できる
ボールの貰い方が可能となる様に体の向きや方角を修正する。

右サイドの職人的なパスは嘗ては力任せにシュートを叩いていた
左足内側の親指付け根にヒットした。
よし。
心地良いボールの動きと身体能力に頼らない動きで得た広い視野は
小栗の脳裏に様々な得点奪取のシーンをイメージさせる。
勢いに乗ってこのままミドルシュート。
アウトサイドで逆サイドのドリブラーへの展開。
はたまた上下左右の小刻みな動きで
マーカーのリズムを狂わせている羽生へのスルーパス。

そんな小栗の選択肢は羽生と礒野によって決められた。
『逆くの字』の動きを見せる礒野とゴールから逃れる
円運動を始める羽生の狙いはゴール前を固めるマーカーの分散。
それに釣られる様に小栗は中央のドリブルを開始する。
連動した動きに弄ばれるストッパーは不利な位置でしかチェックが出来ない。
余裕で交わした9番の眼前には赤紙覚悟で身体を投げ出すキーパーのみ。
勿論、彼は再び接触プレーによって選手生命を左右される
怪我を経験するつもりはない。
大島の動きを冷静に把握して掬い上げたボールは
緩やかな放物線を描きながら、ゴールネットに収まっていった。


「よぉーし!!」
漆黒の背番号9が一斉に雄叫び上げながら、
コーナー付近へ向って歓喜の疾走を始める。
単に先制点を取ったからではない。
その得点は『シュバルツ愛媛』の一員として
チームに溶け込んでいる事を立証しただけでなく、
自らの存在価値を立証する場面であった。
そしてチームの約束事に従って有機的な動きを見せた事実は
これまで『レフティ・モンタスター』の異名の前に
何処か辺り障りのない付き合いだった僚友達の胸襟を開く契機となった。

「ナイスシュート!」
仲間である事を認めた羽生と礒野が駆け寄って小栗を祝福する。
普段は歓喜の輪に加わらない徳宮までもが小栗と喜び分かち合うべく、
コーナー付近まで身体を運ぶ。
得点感覚に優れたリアル・ストライカー。
精密な右足を持つ職人的パッサー。
独特のリズムを奏でるドリブラー。
そして攻撃を纏める前線のコンダクター。
この後、数年間に渡って漆黒の前線に名を連ねる
アタッカー達が本当の意味での顔揃えを果たした。

その後、『信頼』と言う絆で攻撃陣の動きは
水谷の胸中に漂っていた一抹の不安を綺麗に拭い去っていた。
フォワードとハーフの中間的な位置で花開くゲームメイクセンスは
常に不協和音を奏でていた左右のリズムに修正を施し、
時として顔をもたげるセカンド・ストライカーとしての動きは
特異なストライカーに己の仕事を専念させている。
イケる。
この4人が噛み合えばどんな相手でも得点は計算出来る。
それは自らの理想である『アタッキング・フットボール』の
パスポートと成り得る存在だった。

「『クアトロ・オーメン・ジ・オロ』じゃないですか!」
隣でオランダ人コーチが紅潮した顔色そのままに叫ぶ。
「いやいや、漆黒のアタッキング・カルテットさ」
残念ながらネーミングセンスだけは余り良くない様である。


どんなクラブチームにも扉を突き破る瞬間が存在する。
人々はその始まりの瞬間こそ全く自覚を持たないものだが、
後に振り返る度にその場に居合わせた幸福に身を委ねる。
この日の宇和市民スタジアムは時を経るに連れ、
上質のフットボールの誕生に立ち会えた事を実感する
共通認識が心地良い空気となって全体を包み込んでいった。
その様子は10数年後に建設される記念館にしっかり展示させている。

『ぱるけ』と『とりびと』がピッチに魅入る様子。
相手サポーターでさえ拍手を送る様子。
−この日の博多は無得点だった−
厳しい中盤のプレスとライン制御が融合した
オフサイドトラップが決まった瞬間。
そして『隠し味』である後藤のオーバーラップを基点に
追加点を挙げたアタッカー達がより一層の自信を深める様子。
この日、アルバイトで現場に居合わせた
未来のピーリッツァ賞カメラマンは
上等の演劇を鑑賞したい誘惑と欲求に懸命に耐えていた。

「くそっ」
後に仕事場に堂々とレプリカシャツを着込む熱狂をも制御して、
ひたすら格好のシャッターチャンスを狙い続ける。
後年程には強靭でないな精神力は何度かグラついてはいたが、
−特に彼のアイドルである木田の優雅な立ち振る舞いを見せられた時は−
それでも一心不乱にシャッターを切り続ける。

その自制心は翌日の宇和新報のトップと言う形で報われた。
ループで掬い上げた直後の小栗と
右からのセンタリングを頭で合わせた瞬間の羽生。
ピントがしっかりと合って、
スポーツが持つ躍動感を余す所無く捉えた写真は
見開きで掲載されるに相応しい出来だった。
『浅利 英輔』との名前入りの名誉と共に。


 

「2つの顔」へと続く。

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