『出番』


12月の寒々とした日光が名古屋の地を覆っている。
雲一つない青空はしかし身を切る様な寒風を伴い、
ベンチに座る監督・コーチそして控え達は
ウインドウブレーカーが手放せない。

「勝負するか」
強風でも崩れない強烈なポマードを塗りたくっている鬼瓦は呟く。
スコアは1−2。
二年前の惨敗に比べれば試合にはなっているが、
やはり資金力と成熟したピクシーの差に拠って劣勢を余儀なくされる。
試運転は上々だったが・・・・・さて。
赤毛に緑色の眼を持つカードは逆転の切り札となるであろうか。
「べっぺ。行くぞ」
その声にディマーロの顔が引きつる。
「は、はい」
言葉が解らなくても、裏返った声は彼の緊張の度合いを周囲に伝えている。
「向こうは前線を警戒し過ぎている。積極的にミドルを打って行け」
蘭・伊・西の語句が入り混じった会話は奇異な様だが、
背番号16にはその意味ははっきりと理解出来た。

『11番アウト・16番イン』
徳宮に促された茂原が疲労ではなく、
レギュラーから外される敗北感によってトボトボとこちらに出向いて来る。
「オタカレデシタ」
取り敢えず日本語でコミュニケーションを取ろうとする努力に対して
「頑張れよ」と声を掛けた中堅は、
フィジコから手渡される防寒具を羽織る。
「御苦労。これからも頼む」
水谷が勝負師の眼光を一瞬和らげる。
「はい」
ああ、もう暫くは『便利なサブ』として生き残れるのか。
日を追う事に少数となっていくシュバルツ創生時の生き残りは、
『オプション』としての役割が期待されている事を感じ取っていた。


ジュゼッぺ・ディマーロの能力を最初に肌で感じたのは、
アジャックスで磨かれた実力が何故か過小評価されているオランダ人だった。
−な、何だ。こいつ−
大型選手補強の影に隠れた感のあるスカウティング部門の
能力の高さを立証する背番号7は、
−肝心の監督はその情報を活用出来ていないのが問題なのだが−
『一拍子遅れている』筈の中盤中央左寄りが、
素早いボール奪取の基点と変貌した事を悟った。

「16バン、マーク」
若干、イントネーションが異なる日本語がその口から発せられる。
しかしながら、『神様』の庇護の無い監督が差配するチームは
残念ながら平均年棒の高さに見合うだけの柔軟性を発揮できない。
「イケる」
鋭い突破力が売りの左サイドアタッカーを狙い撃ちして奪ったボールを、
ジュゼッぺは唯一名前を間違えない漆黒の7番へと手渡す。
「よしっ」
赤毛のイタリアンの加入でボール捌きの仕事に
より専念出来る様になった矢野は
この日よりシュバルツの中盤中央を共に担う相方をデコイとして、
フォルテの赤い壁を崩していく。

まずい。
少なからず不幸に見舞われた事で『ピクシー』の異名が
失礼なまでに厳しい容貌となったユーゴスラビア人は
自チームの失点を覚悟した。
あの活動量豊富なイタリアンへの対処が遅れている。
サイドからサイドへ。
大きく揺さぶって4バックのデイフェンラインの注意を削り、
その穴はあの特異な得点感覚と嘗ては自分とコンビを組んだ
ファンタジティックな才能が確実に広げていく。

「ヒュー!!」
右サイドに陣取る8番からのパスを受けたディマーロが放った
ミドルがネットをゆらした瞬間、ピクシーは彼の叫び声が聞こえた気がした。
−ひょっとしたら、彼の眠れる才能を開花したのか−
欧州の第一線で戦った経験もあるファンタジスタは
皮膚感覚でディマーロの資質を感じ取っていた。


Vゴールの到来を告げる笛が澄み切った寒空に響き渡る。
「う゛〜トイレトイレ」
緊迫の展開では席を立てなかった連中が門前市を為す状況の中、
待ち時間の無聊を潰す会話が始まる。
「あいつ、結構やるんじゃないか?」
「ああ、あの『おまけ』かい。まぁ確かに運動量はありそうだし、
 羽生ともウマが合っていそうだが・・・・・」
語尾が濁るのは彼等の間でもディマーロが本命でなかった事を物語る。

「俺はパストスに来て欲しかったよ」
用を足した方が未だに哀惜の念を隠し切れない。
ピックアップされた数人の内から、本人のパーソナリティ等を考慮して
的を絞ったブラジル準代表クラスとの交渉の順調さは
ネット上での断片的な情報でも窺い知れた。
「でもあっちと田舎クラブじゃなあ」
改装がなされた綺麗な洗面所で手を洗った
相方が諦念をたっぷり含んだ声で応じる。
後は正式な契約文書へサインするだけと言う段階で催された
親善試合でのプレーが評価された彼は、
ポルトガルの名門クラブからオファーが舞い込んだのである。

「俺だってそういう立場なら同じ事を考えるぜ」
この頃のシュバルツのネームバリューは海外は勿論、
遠江ランクスや現在の現在の対戦相手であるフォルテ愛知にも劣る
『その辺の田舎クラブ』に過ぎない。
「何か気が滅入ったな。延長は派手に振り回すか」
「ああ、俺達に出来るのは大きな声でサポートするだけだからな」
10倍以上の確率を潜り抜けた強運の仲間達が陣取る
一角へ戻ると、一旦折り畳んでいたフラッグを再び風に靡かせる。
「さ、いつもの通り『骨まで』応援すっかぁ!!」
「おおー!!」

多少の空元気は圧倒的な熱量で応えられた。


絶え間ないポジション修正と正確なインサイドキックを
基盤とした『白い』アウェーチームのボール回しが始まる。
一本のパス自体は基本の枠を1ミリをはみ出さない物だが、
チーム全体の意思統一が為されているチームは、
ボールが自らの意思を持っているかの様に左右前後に行き交わせる。
対する赤いホームチームは個々のタレントが
必ずしもチームに還元されていない為に、
能動的なボール奪取よりも受動的なゴール前の専守防衛しか選択出来ない。

さて、どこを突くか。
ディマーロの戦術眼が見えない触手で
愛知の『突然死』を宣告する箇所を捜し始める。
右は・・・・うーん、カバーリングの意識が入っているな。
中央は技巧的なセンターバックコンビが虎視眈々と
逆襲を狙う気配が立ちこめている。
と、なると・・・・・・
視線の先には18番を背負った味方がいつのまにやらポジションを移し、
重包囲から逃れつつある。

「!」
特異な感覚に感応したディマーロはわざと中央に走り込んで、
ボールを貰う動きを見せる。
「16番マーク!」
代表にも選出された経験を持つベテランは
同点ゴールを決める際にみせた活動量に対する警戒感を声に発する。
その声に応じて『優勝候補』と言う評判の屋台骨を支える
ダブルボランチが2列目の飛び出しを警戒して、
中盤守備への集中力をほんの一瞬だけ途切らしてしまう。

堅い防御布陣が見せた綻びを見逃す程、徳宮はお人好しではない。
右サイドから繰り出す職人的パス。
ボールは羽生がイメージした左足の手前に送り込まれる。
懸命にチェックに行くボリビア系右サイドバックと飛び出すキーパー。
股間を狙ったのは決勝点ではなく、逆サイドへのラストパス。
走り込んだのは愛知フロントの不手際を象徴するトップ下。

クラブ創設3年目にしてなし得たベスト4進出は
2年前の大敗以来、続いていた連敗記録を途切らせた事も示していた。


 

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