秋の夜長と言うには少し肌寒い十月の下旬、
日々の仕事から来る疲労が瞼を閉じさせつつも、
ある一角に男達が集っていた。一角といっても場末ではい。
男達の社会的地位を象徴するかの様に、
立派な作りの建物とその外部には何気に用心棒が配置されている。
「それはもう樹州の威勢が前面に出た華やかな祭りだったそうじゃ」
商売を装った手下からの報告を醤油屋がかいつまんで報告する。
−彼はその手下がうりざね顔に買収された事は知らないが−
「凛々しい姿形の黒一天が大通りを闊歩致し、
色鮮やかな着物を身に纏いし芸人達が練り歩く様に群集どもは色めき立ち、
それは何とも華やかな有様じゃったそうじゃ」
身振り手振りを交えるのは手下の影響だが、
鶴の様な細い体躯の彼の仕草を大げさだと感じる者はいない。
「ふうむ。あの男は我等が思っていた以上のやり手やも知れぬのう」
対面に位置する恰幅の良い両替屋(金貸し)が独語する。
「河南に出向いて一年余りで三度の戦を勝ち抜き、
樹州を完全に掌握、長谷川とも手仕舞い(停戦状態)の状況では
奴が矛先をこちらに向けてくるのは必定じゃ。
率直に言って今の羽戸川では太刀打ち出来んぞ」
回船問屋は安知久の様相を知悉しているだけに台詞には説得力がある。
「ここらが・・・・・潮時でごさろうかのう」
「本間龍長(修一郎)は我等をどうすると」
「今までの諸権利には一切手を付けず、且つ洋駿の商売にも便宜を計ると」
これまで公式的には博方商人の立ち入りは禁止されており、
間を取り持つ紅屋と黄海社中がその方面の市場と利益を独占していた。
「その儀はそれで良い。問題は寧ろあ奴等じゃ」
苦々し気な表情で醤油屋が吐き捨てる。
「先方次第と言う事じゃ。従えば何もしないと言う事じゃが・・・
それはあり得ないな」
羽戸川との結び付きの強い『あ奴等』が修一郎に膝を屈する可能性は低い。
感情ではなく、理性からこれまでの既得権益が守られるとは考え難い。
「ならば黒一天に肩入れするとなると、あ奴等とも一戦交える事かの」
「それも良かろう。割高な座銭の上でのうのうと居座る連中と
付き合うなぞもう金輪際よ」
世間では準大商人と見られている彼等だが
座株の有無によって隔てられた利益に対する恨みは深い。
「良かろう。我等は黒一天に付く。安売りはせぬがの」
人の声と自らの目で感じた勢いの差は男達に決断を促した。
『黒一天が羽戸川・博方に進撃する』と言う風説は
この時期の河南の常識に近い予定事項だったらしい。
直接は関係無い長谷川家でも西本十兵衛を通じて
何気に探りを入れている事が『勢州記』に記述されているし、
西管家の方でも当時の戦奉行が修一郎宛に
『一気呵成の勢いを持って博方を突くべし』との
命令とも嗾けとも言えない書状が発給されている。
「此度はどう凌ぐか、じゃな」
勿論、当事者達もその認識は充分であり、
育ちの良さから来る性格の甘さが顔に滲み出ている
羽戸川家当主も眼光に鋭さが増している。
「はっ、何分にも手練が少ない故に」
安知久で散った上司に代わって戦奉行の席に座った男は、
実情を知る度に増大する胸中の不安を制御しながら返答する。
「雑兵達の頭数自体はともかく、それを上手く纏め兼ねます故に」
この時代の軍隊に『階級』等存在する訳もなく、
−黒一天でさえ、もう暫く先の話である−
『経験』と『年齢』と『身分』で仕切られた階層に拠って
我々で言う所の将校−下士官−兵士の線が稼動していた。
そして経験豊かな騎士と半ば常備兵となっていた日雇兵が
多数討ち取られた羽戸川は動員が上手く行えず、
動かせる兵は二千を割り込んでいた。
「安知久の件で黒一天も暫くは大人しくするかと思ったがのう」
七代目の当主に当たる治三郎隆由の発言は決して独り善がりではない。
「御意。当方はともかく先方もそれなりに被害を受けているでしょうに」
火器の不調がもたらした苦戦は黒一天にも
相応の戦死者を輩出していたのでこの読み自体は間違っていない。
只、異形の軍隊は動員方法が士官に当たる騎士単位ではなく、
『番組制』と呼ばれる組織単位であった為に、
新規の兵士達であってもある程度の戦力増加となり得るのである。
「やはり、ここに篭りまするか」
「他に手立てとてあるまい。野戦で勝てる保証があれば別じゃが」
七代目当主の発言は怯えからではなく、
兵力不足から迎撃策が立てられないのである。
「ではその様に、何とか時間切れを狙っての和議へと持ち込みましょうぞ」
絶望的な雰囲気の中、軍議は常識的な線に落ち付いた。
迎える側が少ない可能性を掻き集めていた頃、
襲う側の方は恒根川の流れに身を委ねていた。
各番から選出された五十名ずつが黄海社中、紅屋、
そして博方非主流派の用意した船に分乗して
静かな緊張感を愉しんでいる。
祭りの後に催された『会食会』に呼ばれた面々は席についた瞬間、
単なる親睦を深めるだけに呼ばれた訳ではない事を察知した。
見知った者、そうでない者、朋友もいれば友好関係を築けない者もいる。
だが何れも『手練』として身内では認証されている者達である。
「何ぞへの御仕事かの」
隣に座った『伍』所属の鉄砲放ちに尋ねる。
「さて、騎馬組の者も見かけるけ、脅すだけじゃなかろうけ」
個人の武術にも力量が要求される騎馬組の者達は、
最近はめっきり減った夜盗どもの捕殺だけの為には動員されない。
程無く、幹部連が雁首を揃えて入場する。
洗練された着込なしを見せる一番頭以外は
戦服が必ずしも似合っている訳ではなかったが、
それでも戦の経験と言う見えない香料が圧倒する迫力を醸し出している。
「今日は御苦労やった」
猫背の青年が口を開く。
「折角、俺なんぞ足元にも及ばない手練が揃うたさかいに
ついでにやっつけ仕事を一つ片付けてもらおうか」
まるで散歩に出向くかの様な気軽な口調で新たな軍事行動の開始を告げる。
「各番・各組より選抜された計百五十名を以って博方中枢部を制圧する」
特注寸法の帽子を被った豊五がこういった趣旨の作戦を説明しても、
特に驚きの声を上げたりはしなかった。
『御大も無茶をされる』
声にならない感想が場の空気を支配したが、
別に拒否するとか疑問を呈すると言った感じではない。
「うちは人使いが荒いけ」
隣席した鉄砲放ちが呟いた一言が全員の気持ちだった。
荒くれた雰囲気と容貌を併有する男達が深刻な表情をして集まる場に
穏健な会話が交わされない事は幸太も承知していた。
しかし、日々の糧を失った者共が発する殺伐とした空気は
平穏を保とうとする理性よりも、
恐怖を感知する感情により強く訴えかけた。
「大丈夫だ。お主達の処遇は黄海社中が保証する」
微妙に音階がずれた声色が交渉時に有利な音色を奏でる事はあり得ないが、
台詞を吐き出さないと話が進まない。
「俺っちはよぅ、和馬の下で商人風情に身をやつすよりよぅ、
黒一天の晴れがましい格好で踏ん反り返りたいんじゃあ」
対面に座る失業者達の一角から、
修一郎が聞けば即座に『不採用』と決断する様な台詞が聞こえた。
『黒一天はお前等みたいなのを採る訳ないだろう』
一年程前に出会った頃はいざ知らず、
恵有作成の教本と権八を筆頭とした苛烈な訓練、
そして風変わりな軍団長に拠る相次ぐ実戦に拠って
かつての『負け犬の集り』は人生の逆転に成功していた。
そんな集団に上辺の成功だけを聞き付けて入団を志願する輩は
邪魔以外何者でもない。
「儂の見る所、お主達は自らの長所を活かした方がええと思うがな」
内心の侮蔑を懸命に隠す為に、惚けた表情をこさえる。
「長所じゃと」
先程までの食い詰めた者共が発する雰囲気が少しだけ和らぐ。
「そうよ。お主達は陸だけでなく水の方も達者じゃろうが」
貿易都市に本拠地を置く羽戸川の手勢は自然と船戦に携わる。
否、携わらなければ博方には君臨出来ない。
手段としては実戦に挑むよりも専ら長瀬衆の様な力のある
海賊衆を手懐ける手段の方が多かったのだが、
それでも羽戸川と言えばその水軍の存在でも名の知られる存在だった。
「そりゃ、船があれば相応の働きは出来ようが今の儂等には何もないぞ」
羽戸川も馬鹿ではない。
解雇した連中が歯向かわない様に、
軍船等は全て海上封鎖の資材として利用していた。
「物はこちらで用意する。どうじゃ」
弱味を見せた相手の交渉程楽な相手はいないものである。
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