『近い将来、必ずこの大陸からフットボールの世界チャンピオンが現れる』
表現に違いはあれど、『神様』でさえ確信を込めた台詞は
結局は20世紀中には実現しなかった。
だが20年ほど前には1勝を挙げられるかどうかが
真剣に話し合われたレベルであった事を考えると
(『地元開催』でなければ日本もこのレベルなのだが)
驚くべき進歩と言わざるを得ない。
勝ち点1、初勝利、伝統国へのアップセット(大番狂わせ)と二つの勝利、
そして予選グループ1位での決勝トーナメント進出。
出場した国の顔触れに違いはあれど卓越した身体能力によって
彼等は一歩ずつ着々と階段を上がっていった。
そして迎えた史上二度目のイタリアW杯。
カルチョの地で彼等は自らの成長振りを満天下にアピールする。
尤もその名誉を担ったカメルーンの指揮官は
近未来の栄光など予想だにしなかっただろう。
アフリカ選手権の惨敗に始まるチームの不調振りは
直前の東欧遠征まで続き、
キレたスポーツ大臣は彼の国の御家芸を披露する。
彼等の豪快且つ短絡的な人事権発動振りを知悉している
今年のサンフレッチェ広島の監督はスポーツ大臣の独断による
ロートル選手をメンバーに加えざるを得なかった。
後から考えればそれは『厄払い』の様なものだったのかも知れない。
常識外れの跳躍力によるヘディングによる驚きの得点、
『カードが怖くてフットボールなんかやっられっか』とでも
言いたげな本能全開のプレイ振り。
如何に相手が『神の子と忠実で有能な手下達』から
『ディエゴ君とその他大勢』にダウンしたアルゼンチンとは言え、
前回の世界チャンピオンを開幕戦で破ったのはやはり偉業には違いない。
少なくとも6年後のマイアミで行われた
典型的な『弱者が強者を破る』筋書きではなく、
身体能力と勇敢さと粘り強さで南米の大国と五分に渡り合った末の勝利は
『アップセット』と表現するのが失礼な程であった。
何よりも盛り下がる一方だったこの大会を救ってくれた
彼等の活躍はまだまだ続いたのだから。
「私は絶対に守る様な事はしない」
90年の『不屈の獅子』の率いたロシア人の知将が
韓国のプロチーム監督に在籍していた際に口にしたとされる台詞である。
確かに『ある程度』自分の思い通りに編成が出来るクラブチームであり、
尚且つ気高い理想で観客を惹き付けるクラブチームの監督ならば
そう言った気風の良い台詞も吐けるだろう。
だが現実を直視しなけれぎならない
ナショナルチームの監督ならば話は別である。
そんな訳でこの時ヴァレリー・ニポムニシが採用した
ゲームプランは前半を手堅く守って後半の勝負所で
『公称』38歳の元祖・スーパーサブを投入するものだった。
ラテンのリズムでもなければ欧州各地に伝わるリズムでもない。
後に『カズ・ダンス』の原型とされたその踊りは
予選リーグ第二戦対ルーマニア戦の後半13分に披露された。
国内にある200以上ある種族のなかでも賢明とされる
バココ族の血を引く男、ロジェ・ミラ。
8年前にも攻撃の中心として活躍した男は
衰えを知らない得点感覚、さらに老獪となった状況判断力、
そして歓喜の舞いを2度に渡って披露する。
2連勝で決勝トーナメント進出を決めた自国の為に。
消化試合となったソ連戦こそ大敗したものの、
予選リーグ首位で通過したカメルーンは
決勝トーナメント初戦で個性溢れるコロンビアと激突する。
共にキワモノ的要素の強いキャラクターを抱えながらも
その実力は万人が認める良く似たチームカラーを持つ
両チームの攻防は無得点のまま延長戦へと突入する。
均衡が破れたのは延長後半すぐの1分にならない時間、
サンパオロの地で3度目の『マコサ・ダンス』が開演された。
そして当時、ゴールデンゴールのルールが採用されていなかった事は
(そういった考え自体が存在しなかったが)
面白味の少なかったこの大会のエンターテイメント性を幾分か救った。
ペナルティエリアを飛び出して味方とパス交換する
『動く3本目のポスト』の足元のコントロールが乱れて一瞬の隙が生じる。
抜け目なくかっさらうミラ。絶望的な状況ながらも追いかけるイギータ。
今尚、折に触れて披露されるシーンである。
「今大会のベストゲーム。負けた気がしない」
レギュラー4人を派手な『カードのバーゲンセール』の代金に取られ、
しかも『母国』相手に前半をリードされた末の準々決勝の敗戦は
新興国に取って胸を張れる出来だった。
『(西)ドイツの様にツマラナイ』と酷評されたカナリアでさえ
ぶっ飛ぶ様な技巧的な足技を駆使した官能的な攻撃。
最後はジョンブル魂の継承者の一人、リネカーのPKの前に散ってしまうが
(日本でプレイヤーとしての『余生』を過ごした事でも知られるが)
その戦い振りは『結果』だけしか注目しない
現代フットボールへの警鐘でもある。
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