五月の抜ける様な青空の下、
今シーズン最終節を迎えた宇和市民陸上競技場では
漆黒のレプリカシャツを着込んだサポーター達が集結しつつある。
「あと一点獲れば確実なんだろ?」
「ああ、フォンは怪我で出場出来ない。
和浦の対戦相手はランクスだから大量点はあり得ないよ」
丸眼鏡の男が隣のフラッグを抱え込む仲間に
携帯を使って得た最新情報を確認した伝える。
「でも俺としてはあいつに得点王を取って欲しい様な
そうでない様な複雑な気分なんだよね」
いつものポジションに陣取る準備をしながら、
彼が洩らした一言はシュバルツサポーターの胸の蟠りでもある。
「そりゃ、あいつを売ればうちの財政状況は好転するよ。
でも爆撃機をスカウトしたねずみ男は売らないだろ?」
「当事者達の意思とは関係ない所で話が進む可能性もあるけど」
「フェーゴのエージェントみたいにか?」
太鼓を持つ仲間の一人が会話に加わる。
「ああ、ある掲示板じゃ羽生の移籍先を当てるトトが大盛況だからな」
「ありゃ、金儲けしたいどっかのエージェントが煽っているだけじゃないの」
「そういや、あいつのエージェントって誰よ?」
「さあ?聞いた事ないなあ。去年のアレもあいつ自身の発言だろ。
と言うことはあいつ、自分で契約交渉してるの?」
「それってやばくないか?」
「インタビューみたいに木田の助けは借りられんからな。
でも金村もその辺はしっかり考えているだろ」
同時刻に金村がくしゃみを発したかどうかは定かではないが
彼が代理人対策に頭を悩ませていたのは事実である。
「どっかボランティアでやってくれる人いないかなぁ」
絵空事を口にしたから実現出来るとは思わないが、
それでも口に出さずにはいられない。
「折角、奴のパートナーとなるべき人材が手に入ったのに」
来年度のスポンサー資金を前借りしてまで確保した人材は
今頃、メインの招待席で観戦している筈だった。
シーズン最終節に自チームを離れて、他チームの試合観戦を行うのは
道徳的には疑問符と言うよりも否定される行動である。
しかし、『超大物』外国人獲得の為に資金が必要な千葉は
貧乏クラブの僅かばかりの上乗せをも必要としていた。
そんな訳で彼等は人気がある為に切るに切れない
レフティ・モンスターを『シュバルツからの強い要望』と言う
大義名分の下で巧みに処理できたと考えていた。
その席に彼を招待したのは来年度からの自チームを見てもらうだけではない。
チーム強化の具体例をシブチンの揃ったスポンサー達に見せつけ、
新規スポンサーを獲得する『営業』の意味合いも込められている。
「あのぉ、サイン頂けますか」
彼の高校時代の活躍を知る同世代の男性が周囲に立ち込める
黙認の雰囲気を壊さない小声で彼の偶像に接触する。
「良いですよ」
特定の世代だけ人気の高い彼にとってこういうのは慣れている。
気軽に色紙にペンを走らせた小栗は
「来年度からはここでプレーしますんで、宜しくお願いします」
と丁寧に挨拶する。
「は・・はい。頑張ってください」
この日のシュバルツ系掲示板とブリッツ系掲示板が大盛況の元となる
情報を手に入れた彼の顔は紅潮していた。
試合は無名の智将が心奉する『モダン・カウンター』が
良く表現されている『江戸川FC』と
現実主義的なシステムに理想主義のエッセンスを加えた
シュバルツが共に『4−4−2』のシステムで相対している。
尤もホームチームはダイヤモンド形の中盤を組んでいるにのに対して、
2トップ+両サイドアタッカーの速さを押し出すアウェーチームは
フラット気味のドイス・ボランチで対抗している。
当然、試合内容は中央では構成力に優るホームチームが、
サイドではスピードと突破力に優る後者が優勢に試合を運ぶ。
プレッシャーの少なさが良い方向に傾いた内容は
1フットボールファンとしての小栗に
来て良かったと思わせる好試合となった。
『がっぷり四つ』とはフィフティフィフティの力関係を
表す際に良く使用される相撲用語だが、
爽やかな空気と汗ばむ陽気がブレンドされた五月の気候に
四国の片田舎で行われたフットボールの試合に相応しい表現でもあった。
パッサーが隙間を通し、ドリブラーがこじ開け、
ストライカーがボールを『置いてくる』ホームチーム。
スピードの判断力が混合した突破から、
経験と身体能力が得点の期待を抱かせるアウェーチーム。
全く違う得点のコンセプトを持つ両チームは
ピッチ上で良質なフットボール・ゲームを展開していた。
そんな両チームの勝敗を決したのは『サポーター』の差だった。
共に他を圧倒する大音声と情熱が自慢だが、
何分にもこの時期の宇和はまだまだ田舎であり、
東京をホームタウンとするクラブチームのサポーターが
関東近郊の『アウェー』に気軽に向ける程にはアクセスは整っていない。
必然的に声量で優越が出る。
しばしば『マナー違反』だと指摘されるユーモアのある野次は
次第とホームチームに掻き消される。
それに呼応するかの様にスピードが鈍り始めた
両サイドアタッカー達は次第と
『トリプル・ボランチ』と評される守備の網に掛かり始める。
次第と援護が減り始めた外国人2トップも
ディフェンスラインとの駆け引きに劣勢を強いられ始める。
後は決めるだけだな。
一観戦者として小栗はそう感じる一方、
瀬戸際に立たされているフットボーラーとしては
このクラブチームでの自分の役割を考慮せねばならない。
中盤の底に位置する7番の配球と両脇の11番と15番が
よく連動している中盤の組み立ては問題ない。
8番のパッサーとしてのセンスは賞賛に値するが運動量が少ない気がする。
14番のドリブルはソリッドだがプレーの幅が狭くてリズムが単調のようだ。
お陰で前線に張るタイプの18番が上下左右に細かく動かねばならず、
得点を予感させるさせるシーンが泡沫の夢と化している。
なるほど、そう言う事か。
あの監督が『前線のリンクマンとして期待している』と言った
意味が漸く理解出来た。
漆黒に覆われたシャツとパンツの脇と腕の部分を太い白線が貫き、
襟全体と白黒の境界線を細い空色で染め上げる事でアクセントをつける。
そして左胸には公式サポータークラブのエンブレムが飾られる。
時代のトレンドに応じて微修正こそ行われるが、
基本は常に変わらないデザインのユニフォームを
彼が始めて身に纏ったのは新シーズンの御披露目会見だった。
フラッシュと期待感が彼の周囲を支配している。
久し振りだな。こんなのは。
昨シーズンの『五中工トリオ復活』の際は専門誌の注目こそ集めたが、
全体としては当地のフットボール認知度に応じた静かな会見だった。
だが今年は注目の度合いの昂ぶりをはっきりと感じる。
「今シーズンの予算編成は彼の獲得に主眼が置かれた」と
出っ歯なGMが断言すれば、
「彼には爆撃機とオフェンシブハーフとの間を繋いで欲しい」と
太いもみ上げの監督は早々にレギュラー当確を打ち出す。
「このクラブには瞬間的な動き出しに優れる一部得点王が在籍していますが、
貴方はどんなコンビを組みたいと考えているでしょうか?」
カテゴリーは異なるものの、二年年連続の得点王をゲットした
羽生はこのクラブチームの不動のレギュラーである。
当然、周囲もこの特異なプレイヤーをどう活かすかが
チームの浮沈を左右すると考えている。
「彼とコンビを組む以上、自分の仕事は彼に得点を挙げ易い
環境を整備する事だと考えています」
別にリップサービスをした訳ではないが、
『主力選手』の枠を超えつつある選手を持ち上げた事は
彼の印象を良い方向に高めた。
翌日の宇和新報は『ツボを抑えた戦力補強』と高い評価を出すと同時に
財武は読者に希望を持たずにはいられない一文を載せている。
『自分の役割を完全に把握している好青年は
前線での潤滑油としてさらに漆黒の順位を押し上げるだろう』
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