『ハプスブルク』


『ヨーロッパで最も格の高い家柄はどこでしょうか?』
もしこんな趣味の悪くて回答数の少なさそうな
質問が出されれば日本人は何と答えるだろう。
恐らくは『英国王室』の名前を挙げる人が多いのではないだろうか。
確かに『有数』と置き変えるならばその答えは間違いではないと思う。
しかしこの家が断絶しない限り、その地位に立つ事はあり得ない。
18世紀にドイツ・ハノーバーの田舎領主であった
ウィンザー家が(この名前は第一次世界大戦から使用)
英国国王として迎えられた頃、この家はその特異な婚姻戦略で
ヨーロッパの大半を制する名門として君臨していたのだから。

彼等の名前が歴史に登場するのは13世紀の事である。
この頃のヨーロッパは封建領主の全盛期で
『国家』などと言う概念なぞ欠片もなく、
猫額の土地に住み込んだお殿様が好き勝手な事を(戦争や恋愛)
やらかしていた『古き良き時代』であった。
とは言え、やはり必要最低限の安全保障的な組織は必要である。
この時期のヨーロッパで今の国連の様な役割を果していたのは
『神聖ローマ帝国』と言う名の『組織』であったが
(帝国と御大層な名前がついているが内実は全くない)
『大空位時代』を経た彼の地では代表者が不在の状態が続いていた。

こりゃまずい、そう考えた土地の有力者達は会議を開いて善後策を講じた。
頭に立つ人物は欲しい。でもあんまり五月蝿い奴は困る。
そんな国連事務総長の選挙の様な複雑な思惑が絡み合った末に
『皇帝』と言う名のお飾りに選出されたのが
田舎の弱小豪族に過ぎなかった
ハプスブルク伯爵家の当主、ルドルフであった。

恐らくは『銀河英雄伝説』のルドルフ大帝のモデルとなったであろう
この人物は確かに有能な人物であった。
彼は皇帝選出の際にライバルとなった有力な競争者を蹴落とし、
ハプスブルク家を有力貴族の一家に数えられるまでに押し上げた。
しかしこの出来事が他の有力諸侯達の警戒心を仰ぎ、
彼以後は暫くの雌伏を余儀なくされる。
ハプスブルクがヨーロッパ随一の名門に伸し上るまでは
まだ150年程の歳月が必要だった。

 


事実上の始祖とも言えるルドルフから150年後、
ハプスブルク家は二度目の飛躍のチャンスを手にする。
と言っても当時の当主、フリードリヒが有能だった訳ではない。
寧ろこの人物が神聖ローマ帝国フリードリヒ三世として即位できたのは
その凡庸な為人が有力諸侯の警戒心を緩めたからであった。
(ここにも『銀英伝』の影が・・・・)

実際の所、彼の経歴を振り返るとお世辞にも誉められた業績は残していない。
その治世は有力諸侯や傭兵隊長からの突き上げと
不利な敗戦処理から逃げ回る事に費やされた感があり、
この点では有力諸侯の目論みは上手く行っていた。
だがこの男は後にハプスブルクの御家芸となる『婚姻政策』によって
他の多過ぎる欠点と失点をカバーしていた。
戦争で征服するのではなく、血縁関係を利して勢力そのものを乗っ取る。
彼の以降の後継者達はこの手法とオスマン・トルコの脅威を上手く利用して
16世紀中頃には中央ヨーロッパを制する一代勢力を築き上げていった。

尤もこの手法が次の発展への足枷になったのも否めない。
複雑過ぎる有力者との血縁関係や
複数の民族を抱える領域は常に内紛の火種を抱えており、
(実際、いくつかはオランダの様に爆発した)
その統治体制の虚弱さをカバーするべく権威の向上に務めた結果、
様々な矛盾を抱え込んだまま近代以降の『国民国家』へと突入してしまう。

近代以降のハプスブルクは『国民国家』を掲げた軍事的英雄、
プロイセンのフリードリヒ大王と
フランスのナポレオンの態の良い引き立て役だった。
彼等との戦争は大概が敗北に終わり、
(伝統を受け継いでいると言えばそれまでだが)
珠に戦場で勝利は収めても本質的な欠陥が改善されていない為、
どうしても最後の一押しが足りずに勝者にはなり切れない。
結局は『伝統的』な外交手腕に頼って
何とか生き延びる事には成功したが次第と衰退の影が見え始めてきた。

そんな彼等の矛盾は第一次世界大戦で一気に噴出する。
時代の波に乗り遅れたハプスブルクは敗戦国となり
『民族自決』のトレンドの元に各地の支配下民族の独立を許し、
本拠地であるオーストリアの王冠でさえ
放棄した彼等は歴史の表面からは姿を消す。
尤も未だに隠然たる勢力を持っているのは
10年前の『東欧革命』で彼等が影で果した役割に証明されている。


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