「しっかし宇和って暑い所だねぇ」
営業も兼ねて出向いた某町内会のお祭りで貰った団扇を仰ぎながら、
金村が在住4年目とは思えない愚痴をぼやいている。
「そうですね」
リズミカルにキーボードを叩く武井には今一つ趣旨が飲み込めない。
「二年前は函館でヒッチハイク半歩手前の貧乏遠征で
去年は東京の秘境で『涼しく』迎えられたのにな」
「え・ええ、そうですね」
ようやく意味を理解した秘書が頷く。
昨シーズン最終説、終了5分前にAクラスに滑りこんだ
シュバルツ愛媛は創立以来、始めて『ホームチーム』として開幕戦を迎えた。
「ところでチケットの方はどうなってる?」
金村の問いは『売り上げ』を問い質している訳ではない。
「そうですね・・・向こうの方もチケットが不足気味ですから、
当日券はやはり難しいですね」
ふむ、何とか安く巻き上げようと思ったんだが
やはり博多からじゃ捌きが良いみたいだな。
「じゃあその旨、公式ホムペで告知しといて」
「はい、わかりました」
「それから小岩井ちゃんには会報誌には必ず『羽生シート』と
『木田シート』に招待された子供達のレポートを乗っける様にと」
シーズンオフの年俸交渉で高給取りとなった両名には
−あくまでシュバルツの枠内である−
『地域貢献』の一環としての項目を盛り込んでおいた。
「お二人とも喜んでおられましたね」
実は年俸抑制策の一つとして打ち出したのだが、
今シーズンからの新スタッフの案は対象選手達からも好評を得ていた。
「木田は元々そう言う意識は高いし、羽生は余り金の執着心がないからな」
前者は『そう言う事ならこちらから申し込みたいです』と諸手を上げ、
後者は『別に構わないです。今の金額で充分食っていけますから』と
共に契約書にペンを走らせていた。
「ま、あの二人がうちの顔でいる限りは財政の方も大丈夫だろ」
今年も損益分岐点との際どい攻防を余儀なくされる彼に取って
両名の自制的な態度は人件費の抑制に大いに役立っていた。
真夏の西陽が差し込むお世辞にも快適と言えない
『仕事部屋』に来客を継げるベルが鳴リ響く。
「はい」
日に日に上達するパソコンスキルの成果が現れているウェブ画面から
顔を上げた秘書は応対に出る。
「うん、これで良いか」
もう来客の目処がついているねずみ男は顔も上げずに
明日のプレゼンに使用する資料に眼を通していた。
「清水さんが来られました」
弁護士と公認会計士の資格を併有する30代半ばの男性は
初対面同様に一分の隙もないスーツ姿で参上した。
「これが頼まれてました昨年度のコストパフォーマンスの一覧表です」
黒ぶち眼鏡と七三別けと『レトロ』と言う単語を連想させる
顧問弁護士が提出した分厚い資料には、
知性と実務能力が鮮やかに融合した様が図表と数字を使って表現されている。
「うん、これで次のスポンサーが口説けるよ」
「そんなに手強い相手で」
「ああ、次はうちを見捨てたトコの紹介だからね。
一部上場ともなるとちゃんとした資料が欲しいんだよ」
乾いた笑顔は複雑な感情を物語っている。
「しかし何でまたうちに接近したんでしょうね。
いくら二部に落ちたと言ってもスポンサード続行は表明していますし、
あの戦力を考えるとすぐにこっちに復帰するでしょうに」
試合になると仕事を放ったらかしにしてまでスタジアムに駆けつけ、
大フラッグの振りかざすサポーターの目は肥えてる。
「あれかも知れない」
金村は窓から見えるある建築物の一角を指差す。
「あれですか」
それは嘗てこの地に『バブル』の夢と落胆を味合わせたバベルの塔だった。
「水面下では再開に向けて動いているらしい。
だが今度は経済効果だけでは上も下も口説けん。
そこでシュバルツの後光が必要なのさ」
「レオーネ並みの高い評価ですな」
『東の埼玉・西の宇和』と評される熱狂度は彼等自身が考える以上に
金の臭いを発散しているらしい。
「まあ、向こうの思惑はともかくうちとしては利用出来るものは利用するさ。
こっちが主導権を握っている限りは大丈夫だろ」
静かな決意表明は軌道に乗った手応えを掴みつつある
自信の表れであもあった。
「奈々子ちゃん、こっち、こっち、こっちだよう」
再び始まる『おらが街の饗宴』への興奮が
客席を増設した宇和市民陸上競技場改め『宇和市民スタジアム』を包む中、
漆黒の色彩を上手にデザインしたウェアを着込んでいる
女の子が幼稚園での親友を手招きしている。
「真澄ちゃん〜」
小麦色の健康的な肌色が印象的な少女が母親から離れて
パタパタと小走りで近付くといつもの様にひしっと抱き合う。
「まあまあ、二人とも仲の良い事ね」
奈々子の母親は女関係がルーズな弟には間違っても見せない
鷹揚な笑顔を見せる。
「こんばんわ栄美おばさん。今日はお世話になります」
義父の躾と言うより、生来の行儀良さから日頃から親しくしている
親友の母親にもきちんと御辞儀をした挨拶を行う。
「まあまあ、いつも礼儀正しいわね。真澄ちゃん」
「ありがとうございます。栄美おばさん」
真澄は一年程前には考えられなかった笑顔で頷く。
「今日は水谷のおじさん・うちの馬鹿旦那・そしてあのスケコマシも
皆、仕事だから私達は仲良く観戦しましょうね」
「は〜い」
仲良く唱和した少女二人はシーズンチケットの所有者の証である
パスをカバンから取り出して首に掛けると
キャンプ報道から発生した期待に溢れるスタジアムへと足を運んだ。
「ねえ、真澄ちゃん。一つ聞いて良い?」
スタンド正面の席についた奈々子はジュースを買い込む為に
席を外した母親の代わりに真澄に疑問点を問い掛ける。
「なあに」
「『すけこまし』ってどういう意味なの?」
当人が聞けば何て答えるのか興味深い疑問ではある。
「うーん、真澄も良くわからない。
けどおばさんは将人おにいちゃんの事を差してたと思うけどなぁ」
真澄は首を傾げながらも懸命に知恵を使う。
「ふーん、ハンサムなおにいちゃんの事を『すけこまし』って言うのかぁ。
でもそれじゃ達也おにいちゃんは何て呼ぶんだろ?」
「うーん、幼稚園の男の子達は『ばくげきき』って呼んでるけどね。
でも二人とも優しいおにいちゃんだから
『すけこまし』もきっと良い意味で使っているんだよ」
「そっかぁ」
本来の意味とは正反対の方角に落ち着いた
少女達の微笑ましい会話の先では
遡上に乗っている男達が入念なアップを繰り返していた。
シュバルツ愛媛の応援と言えば
時代錯誤な『父母と先生の会』の槍玉に上がった
−そしてネット上で『馬鹿ジャネーノ』と襤褸糞に叩かれた−
『黒地に髑髏』の大フラッグがこれまで唯一無ニの存在感を示していた。
しかしこの日から主役の座を奪う両名が遂にその勇姿を表していた。
「す・すげぇ、凄いよ、アレ」
金村が双眼鏡を通じて畏敬混じりの注目を送る先には
数メートルに及ぶ黄金の翼を持ち、
顔面を原色のペインティングで彩った『鳥人』が
あらゆる意味で禍禍しい自己主張を発している。
そして相方には数時間前まで金村の相手を務めていた
お堅い会計士だった男が扮する
『パルケ・エスパーニャ』が細木で骨組みを拵えた布袋腹を
黒・白・青のシュバルツ・カラーで彩った衣装で包み込んでいる。
そしてラテンの色彩濃い鍔の大きく丸い民族帽子を被った
ドンファンが鳴らすシンバルに合わせて
翼を羽ばたかせる鳥人の様はスタジアム全体の注目を一身に背負い、
浮世の憂さ晴らしと万人の注目を浴びるエクスタシーを同時に感じている
両名の動きは一層激しさを増していった。
「・・・・あんたがそこまで馬鹿とは知らなかったわ」
シーズンパス所有者の一角では真澄と奈々子の保護者となっている
立花栄美が頭を抱え込んでいる。
「・・・・一体、何が原因でそんな行動に走ったのよ」
理由の大半が自分だと気付かない木田の姉は夫の『錯乱』が理解出来ない。
「凄ーい、パパ凄ーい。格好イイー、ステキー」
反面、隣では娘が鳥人の父親に驚きと尊敬の視線を送っている。
「おじさん達、楽しそうー」
真澄も腰を浮かせてシンバルを叩く『ぱるけ』と『とりびと』の
−命名は公式ホムペの掲示板による−
珍妙なリズムの取り様を真似している。
勿論、この両名はこの日のスポーツニュースの注目を独占したが、
決してメインを張る事はなかった。
何故なら肝心のピッチ上では別の意味で人々の耳目を惹き付ける
催し物が開かれていたからである。
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