昨シーズン、実力以外の何かが足りずに二位に甘んじた
『リュミエール駿河』は計らずも漆黒のホームチームの
『物差し』としての役割を果していた。
10ヶ月前、当時は新戦力だった徳宮を擁して望んだ新年杯3回戦。
厳格且つ偏屈な未来のセレソンの監督に率いられた
当時の一部1位のチームに対し、二部の中堅チームは五分に渡り合った。
粘っこいボールキープは中盤の安定に繋がり、
後藤の攻撃参加のタイミングに波長が合い始めた。
低く、抑えの効いたセンタリングは
『スパイダーマン』の無失点記録に終止符を打った。
120分の激闘の後に訪れた緊迫のバトルの勝敗を分けたのは技量ではなく、
強敵と互角に戦えた満足感に陥っていたシュバルツに対して
弱敵に苦戦した事への自責に苦しんだリュミエールの勝負の貪欲さだった。
数ヶ月前の小さな成功に拠って大量の情熱と
多少の運営資金を手に入れたからといって
それを捌ける人数はすぐには手に入る訳ではない。
そんな訳で目下の所、貧乏神と熱愛中であった
−本人は早く手を切りたいのだろうが−
へぼGMは今シーズン初の主宰試合に際しても
金の卵達に無分別なまでの動員を仕掛けていた。
「なあ凛、俺達も何時かこのラインの内側に入れるかなぁ」
単なる『スポーツ』の試合を超えた雰囲気が陸上競技場を包み、
真夏の夕陽が未だに自己主張するキックオフ40分前。
直前の前座の試合で稀有な才能を見せつけた
小野寺少年が隣の悪友に問いかける。
「勘三郎は余裕なんじゃないか」
実際、小野寺勘三郎の素質は盟友である彼でさえ『嫉妬』を感じさせた。
変幻自在なリズム、緩急の落差の激しいスピード、
一瞬にして勝負所のツボを探し当てる視点。
それは理論や知識ではなく生まれ持った感覚だった。
「でもお前だってハット達成してたじゃん」
通常の少年だと全く呼吸が合わない勘三郎のリズムに
唯一ついて来れたのがセンターフォワードに入っていた山崎凛だった。
サイドを深々と突破した後のマイナスからのクロス、
ペナルティエリア外からの豪快なミドルシュートのこぼれ球、
キーパーさえかわした後のごっつぁんパス。
傍目から見ればこの少年達は『名コンビ』に見えた。
「まぁな」
お前は気付いちゃないだろうが、
俺はお前に合わせるので一杯一杯だったんだぜ。
いいよな『本物』の才能がある奴は。
心の中で呟きながら山崎少年はボールボーイの位置へと向かった。
当時は一人のボールボーイに過ぎなかった
小野寺勘三郎に取ってその試合は衝撃だった。
9ヶ月前のリュミエールとの試合はケーブルテレビで観戦していたが、
贔屓目に見てもその試合はシュバルツの『善戦』に止まっていた。
だがこの日の試合は彼の眼前のサイドで悠々とタクトを振るう徳宮、
逆サイドで素早く感応し、こちらも調和するドリブルを仕掛ける磯野、
そして後方で気品さえ感じさせる振る舞いを見せる木田が
最前線の『爆撃機』を盛り立てる為に
『ランクアップ』と言う名の心地良い交響楽を奏でていた。
パスコースが多いのは便利だな。
コースを絞れ込めずに狼狽を隠し切れない静岡東部の強豪チームに対して、
思う存分パッサーとしてのセンスを見せ付ける徳宮はそう思う。
以前は実質的に後藤への上がりのタイミングを計った
ショートパスだけしか選択肢が存在しなかった。
だが今は『逆サイドへのサイドチェンジ』によって、
本来のミドルレンジのパッサーとしての本分を発揮できる。
本当は真ん中が良いけど仕方ない。
あの気の合わないスキンヘッドはともかく、
俺じゃあの爆撃機を100%使いこなせないからな。
嫌な人だが、仕事はちゃんとする人だな。
自由奔放な左サイドアタッカーは絶対の自信を持つ左足でボールを
受け取るとワン・フェイントで元日本代表の体勢を崩すと、
一気に加速をつけて体重が乗っていない方から抜け出す。
後ろから仕掛ける懸命のチャージを
ドン・キホーテの生誕地で身につけたボディバランスでいなす。
フン、楽勝じゃん。この程度で代表のメンバーだったのかよ。
傲慢な性格は食うや食わずでセミプロを彷徨っていた頃でさえ健在だった。
実際、彼の地には自分が見惚れれて、
真似できないと思わせる様なプレイやテクニックは
カスティージャやカタルーニャでもお目に掛かれなかった。
だがそんな目の肥えた立場からみてもあいつは本物だ。
前線で待機する小柄な得点感覚が
鋭敏な触覚でピンポイントを探し始めている。
呼吸を合わせろ。あいつに合わせないとここでは生き残れない。
サイドをえぐりながらも磯野はそのタイミングを計っていた。
巧みな身体の使い方でマーカーのウラを取った
漆黒の18番が動き始め、刹那のフリー状態を確保する。
今だ。
スキンヘッダーはマイナスの神経の通ったセンタリングを左足で上げる。
今や単なるフットボーラーの域を越る人気を確保しつつある
小柄な点取り屋は『とりもちの様な』胸トラップでコントロールすると、
反則覚悟のタックルを巧妙なスクリーンでいなし、
ボール一個分の隙間を正確に通してくる。
やられた。
ネットに突き刺さる一瞬前にリュミエール駿河のブラジル人監督は
失点を覚悟した。
おらが街の英雄のホーム初得点に黒地の大布に描かれた
髑髏が遂にその全貌を大勢の仲間達に披露する。
『骨の髄まで愛する』
そんな思いで描かれた図柄が『筆頭株主』達のボルテージを高め、
今シーズンから作られた雨よけの屋根は情熱を反響する効果を発揮した。
昨シーズン終了後、各方面からの主力の大量引き抜き工作に対して
未だに回復の兆しのない持病から劣勢を余儀なくされた
貧乏クラブを助けたのは彼等が出し合った『浄財』だった。
『誰一人渡しゃしないよ!!』
各チームの応援サイト伝言板に書きこまれたラブコールに対して
トイチの勢いで数を増やしていたサポータークラブが立ちあがった。
街中での募金活動、インターネット経由での資金提供の呼び掛け
四国の著名人を片っ端から口説いての宣伝活動・・・・・・
集まった金額は必ずしも全員の引き止めに効力を発揮する訳ではなかったが、
その活動に感激した羽生がいの一番に高額オファーを蹴飛ばして残留を宣言。
ステップアップを考えていた後藤は『残留を前提として交渉に臨む』として
雀の涙ほどの昇給を呑んだ。
故郷へのUターンを考えていた由口も『熱烈なサポーターと共に戦う』と
出来合給最重視の条件で署名した。
最後まで難航した矢野・徳宮も『現状維持なら文句は言わない』と宣言、
この発言に戦力の充実を感じたのが
『10位以内』の条件をつけたスポンサーだったのである。
『地鳴りの様な』とは良く情熱がほとばしる熱狂的な様子を
伝える際に使用される表現ではあるが、
極東の島国でその名誉を有する応援振りは
ナショナルチーム以外には未だに存在しない。
だが8月第二週の週末であるこの日、
遂にその名誉を冠するクラブレベルの応援が登場した。
「凄ぇな」
ねずみ男と鬼瓦がそれぞれの仕事場で驚きを表現している。
「感動的ですね」
隣席している秘書が感極まって涙ぐんでいる。
「うん」
へぼGMのへらず口も一時的に活動を停止している。
これを金銭に換算出来れば
この期に及んでも染みっ垂れた思考法が脳中に思い浮かんでいるが、
言語化は出来ない。
「しっかり働いて、二度目の破産だけは回避せんとなぁ」
金村は明日からのスポンサー獲得廻りの手順を考え始めていた。
一方、敵対するクラブでしか感じ取れなった
空気を背に受けている真澄の親権者も感動を押し隠している。
まさか日本でこんな情景にお目にかかるとは。
彼がラインの内側に入っていた頃、
この国のフットボールは少数の愛好者とその関係者の
サロンに近い役割しか果していなかった。
だが現在、貧乏に塗れているこのクラブチームは
単なるスポーツチームの域を越えつつある。
面白い。俺とあいつがが差配するこのクラブが何処まで上り詰めていくのか。
この成否がこの国のフットボールを、否スポーツ文化を変える。
やってやろうじゃないか。
成功して『あの連中』の鼻をあかしてやろうじゃないか。
水谷の両眼には『野心』の炎が灯り始めていた。
試合は感情のほとばしりを背に受けた
ホームチームのスコア以上の快勝で終了した。
そしてその日のニュースで得点シーンしかオンエアさせなかった
見る目のない各テレビ局のディレクターは
暫く後に悉く現場から移動させられる。
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