『標関』


武人らしからぬ彼の青年が補給の不備への不機嫌を押し殺し、
数度に渡る偶発的な戦闘をどうにか切り抜け、
彼が属する西管家の軍事拠点『標関』へ辿りついたのは
鈴虫の鳴声が聞こえ出した初秋の時節である。

「おお、御無事でしたか」
敗戦の尻払いと言う大役を勤め上げた彼等を出迎えたのは
頭を剃り上げ、皺の多い風貌を持つ僧体の補佐役だった。
「坊主殿のお陰でどうにか死なずに済んだ」
戦塵に塗れた痩身の青年が笑みを見せて補佐役の苦労をねぎらう。
「ひとえに御主のお陰でございます」
僧体は数珠を取り出して手を重ね合わせる。
「まあ、少なくともあそこにいる連中のお陰ではないな」
青年は本陣の方向にあごをしゃくった。

あごをしゃくった方が不満の一部を現していた頃、
しゃくられた方は戦況報告書の表現に頭を悩ませていた。
「うーむ、これではあ奴等に足元を見られるではないか」
関西地方東部に根を張る『啓陽衆』を束ねる家柄に生まれ、
戦奉行の重職を務める男に取って
『敵』とは関中の支配を争う東管家だけではなく、
西管家での主導権を争う『園章衆』や『蘭督衆』も意味していた。

「もそっと上手く書けぬのか」
ブルドックの様な弛んだ頬を震わせて祐筆(書記官)を叱り付ける。
「申し訳ございませぬ」
恐縮して祐筆が答える。
「全くどいつもこいつも少し腹が減っただけで逃げ帰りおって。
 御館様の御恩に報いようとする忠義者はおらぬのか」
美食と運動不足による三段腹は説得力の無い台詞を吐いた。
その時、申次役が不機嫌な戦奉行に言上した。
「玄武校尉、本間修一郎殿。
 只今伊州より戻られ、お目通りを願っておられまする」
「うむ、許す」
敗勢の中、健闘した男の名前を聞き少しは機嫌を持ち直す。
程なく痩身の青年が僧形の補佐役を伴って彼の前に現れた。


重厚と虚栄の雰囲気を醸し出している美しい陣羽織の人壁を
猫背の青年が力むでもなく、怯えるでもなく自然体で歩いていく。
旗色が悪くなり始めると早々に逃げ帰った軍旗持ち騎士達は
身だしなみを完璧に整え、その顔色は栄養が行き渡り赤々としている。
その様子は一刻程前、戦塵を落す為に行水を浴びる際に見た
ぼさぼさとした髪に、青白くやつれた自分の姿とは好対照だった。

−こいつら、ほんまに戦場にきとるんか−
常日頃の反感が頭をもたげるが、
無論この場でそれを出すつもりはない。
修一郎は無言で戦奉行の前まで進み、
一礼すると彼からの言葉を待った。

「玄武校尉、此度は大儀であった」
修一郎の心を読む術もない戦奉行が鷹揚に言葉を発した。
「はっ、これも一重に戦奉行様の采配宜しきの結果かと存じ上げます」
心にも無い追従は公事奉行の胥吏だった頃から言い慣れている。
「うむ、此度は逆賊共を懲らしめた勝利故、御館様も充分に喜ばれよう」
−まあ、確かに馬鹿騎士達の一騎打ちは五分五分やったよ。
 でもそう言うのは祝い事での槍試合だけにしてくれへんかな−

「ここに居並ぶ御歴々の勇戦の結果、小生も無事に戻る事が出来ました」
何かと嫌がらせを受けている連中を持ち上げるのは癪だが、
未だに関の外に止められている配下の為である。
「玄武校尉は中々道理が判っておられる」
上手い具合に副将格の軍旗持ち騎士が話に乗ってきた。
「つきましてはここに控える恵有より言上したき儀がございますれば、
 何卒お聞き入れ程、宜しくお願い致しまする」 
「うむ、何なりと申すがよい」
戦奉行の発言はその場の雰囲気を代弁するものだった。  

「手元不如意なら始めからそう言えって」
修一郎は不機嫌そうに横を向く。
平身低頭の直訴は僅かながらの酒食と辛うじて確保した寝床だった。
「それでも当初の野営に比べれば遥かにましです」
恵有が彼自身の思いをしまい込んで修一郎を宥めた。
「そりゃそうやが、でも何であいつらさっさと姫島に戻らんと
 こんな所で無駄飯食っとんとのや」
「何でも『逆賊共の反撃に備える』為だそうです」
「『園章』や『蘭督』が喚いとるんか」
恵有は無言で頷いた。
「迷惑な連中や。いっそ三つ巴の末に皆倒れてくれへんかな」
憤懣やる方ない修一郎だった。


灯台の灯りが篭る薄暗い一室で男達が酒食を共にしている。
うりざね顔の甚助が持ち寄る情報を肴に
肥満漢の弥四郎は体型が物語る旺盛な食欲を露にし、
衆を圧する巨漢、権八は水の様に濁酒を飲み干し、
剽悍な平左が平騎士の立場で入手する情報で補足を行い、
僧形の補佐役、恵有が百出する意見を纏め、
そして痩身・猫背の指揮官、修一郎が決断を下す。
敗戦続きの西管家で異彩を放つ『玄武隊』首脳部の夜の席の様子である。

「河南なんぞどこの物好きが出張るんですかねぇ」
3杯目の雑炊を平らげている鉄砲組頭、深部弥四郎が
丼の底についている稗や粟を器用に箸でつまみながら問いかける。
「あんな僻地を切り取り次第等という餌で吊り上げられる
 お馬鹿な士大夫なんぞ、そうはいないと思うがのう」
顔色一つ変えずに痛飲する足軽組頭、原権八も疑問を呈する。
甚助は東管家に対する劣勢を挽回すべく、
宣河を越えた飛び地である樹州を拠点に側面から
東管家を牽制する「河南出兵」案が西管家の意思決定機関である
五奉行の間から密かに出ている事を付き止めていたのである。

「ま、そこが最大の問題でして軍旗持ち騎士のみならず、
 平騎士まで声をかけている様です」
祐筆兼目利耳聡役の堀田甚助が内情を明かす。
一口に『騎士』と言っても自前の所領と兵隊を持ち、
主君への直接支配を受け付けない独立自営の騎士と、
自らの身体のみで主君に奉公する平騎士とは別の身分と考えられ、
最近では前者の中でも成功した者は『武家』と呼ばれる様になっていた。

「平左、お前にも出世の好機がきたかもよ」
修一郎が平騎士の三男坊である騎兵組頭を茶化す。
「ははっ、御冗談を。軍旗一本の為に家名を汚す馬鹿な真似は出来ませんよ」
この時代『河南』と『野蛮』は同義語と目され、
彼の地への移住は『都落ち』と考えられていた。
「我々に取って重要なのは」恵有が話を纏めにかかる。
「その様な無益な殺生に極力巻き込まれない事です」
皆が一斉に頷いた。


「そやな、誰が旗頭になるにせよ、
 貧乏郷士が頭張っている玄武隊が駆り出されるのは確実やからな。
 いつかは払ってくれるかも知れない給金分は働かんとな」
修一郎が笑えない冗談を口にした。
連年の出兵と敗戦続きは西管家の財政を締め上げ、
昨今では家来への給金の支払いも滞り、
本拠地の姫島でさえ、浮浪者や浪人があちこちに屯している。

「しかし、残りの青竜、朱雀、白虎があの体たらくでは
 好悪の念は別として我等を起用せざるのを得ないのではないでしょうか?」
西管家直属の武力集団の内情に詳しい平左が問うた。
「そやな、青竜は先の江北戦役で親元の啓陽衆同様に
 『赤虎』の連中に辛い目を合わされた痛手からよう立ち直れんし、
 朱雀は元々園章衆からの人質的な意味合いがあるから、
 そうおいそれと戦場へは出せんからなぁ」

「そして蘭督衆の白虎ですか」
弥四郎が皮肉な笑みを浮かべながら問うた。
「はん、あのお坊ちゃま達ゃ姫島で女子相手に格好つける事しか出来んやろ」
修一郎、平左そして恵有以外は非士大夫階級で占められている
『玄武隊』は他の『青竜』『朱雀』『白虎』の何れとも折り合いが悪いが、
その中でも西管家旗本の特権意識を隠そうともしない
『白虎』の首脳とは合うたびに皮肉と毒舌を応酬し、
それが高じてこれまでに二度も乱闘騒ぎを起こしている。
「河南でのどさ回り唯一の長所はあいつ等と顔合わさずに
 これ以上の減給が避けられる事ですかね」
騒動の元となった権八がおどけた仕草で場の空気をほぐし、皆の笑いを誘う。
「まあ、そういうこっちゃ」
修一郎も釣られて笑みを見せる。

それを潮にその後は四方山話へと移ったのだが、
彼等の預かり知らぬ所で河南遠征は
予想外の方向へ突き進んでいたのである。


 

「回り出す歯車」へ進む。

「敗戦処理」へ戻る

黒一天へ戻る。

トップページへ戻る。

海外旅行保険の加入はコチラ! 生命保険の切り替えはココ 独自ドメインの取得をするなら
[PR] | 自動車保険監視カメラ消費者金融スピリチュアル八王子調布三郷久喜中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレードハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - レピュテーション・マネジメント・ツール - ハワイ ブログ - Timesell - 国際通話 - ホノルルマラソン - サイト監視 - 風評被害 - ホテル比較 - Delta - ホテル予約