『ジャッキー・チャールトン』
一般に『名将』と言う評価は 『自らが差配する組織を勝たせる手腕に長けた人物』を指す場合が多い。 これはフットボールのみならずどこの世界でも同様だが、 この競技は単なる勝敗の結果のみならず、 芸術点とも言うべき要素もその評価に大きく関ってくる。 システムの目新しさ、観客を魅了するボール回し、 常に得点を狙う攻撃的姿勢、頑なに理想を追求する姿勢・・・・・・・ 時には結果以上にもその目指した理想が高い評価を受ける事もあり、 逆に賞賛されるべき結果を出しながらも、 内容の旧態依然振りが不当に評価を落とす事もある。 今回の紹介ははそんな不当に評価の低い人物の一人である。 彼が濃緑のナショナルカラーを持つ国の代表監督に就任した時、 彼の国のフットボールの様相は 『15人でプレイする方』の勇猛なスポーツと大差がなかった。 大柄な体躯とチームへの忠誠心を最大限に活かして、 インテリジェンスではなく闘争心で勝負する。 違いと言えば北半球の雄に数えられる『15人』に比べて 『11人』の方は誇るべき実績が存在しなかった事ぐらいである。 フットボールの母国に栄光を取り戻した66年のイングランド代表であり、 『現実主義』に染まっていたラムゼー政権下で 堅実なストッパーを勤めていたジャッキー・チャールトンは 選手時代の誇るべき実績よりも、 寧ろ『ミュンヘンの悲劇』の主役の一人とである ボビー・チャールトンの実兄として知られていた。 そんな境遇が左右したのかどうかは定かではないが、 彼が志向するフットボールは機知に富んだコメントとは裏腹に ごく正統的で、且つ面白みのないものだった。 真ん中に頑丈なセンターフォワードを配置して、 彼を目指してひたすらロビングを打ちまくる。 『時代遅れのフットボール』 彼の指揮したチームに対する一般的評価である。 だが、そんなフットボールこそが当時『アウトサイダー』に過ぎなかった カトリックの島国には極めて有効だった。 何故なら『15人』の方に侵食されている『11人』の方は 有為の人材が甚だしく不足しており、 限られた戦力を有効に活用する為には 『旧約聖書』の様な不磨の大典が必要だったからである。
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