『空威張り』


約半年振りに見聞する西管家の治所は奇妙な活気に溢れていた。
物売り達の商機を逃さんと張り上げる声。
往来を行き来する平騎士や継ぎ接ぎの軍装に身を固めた者共の陽気振り。
持てるだけの軍需物資を荷に乗せている牛車や駄馬達。
何れも早春と言うには寒く、冬と言うには風が暖かい
二月下旬の微妙な空気に危う気な活気を吹き込んでいる。

「何かに追い込まれてるみたいやな」
鉄張りの馬車から見える光景は玄武の頭であった頃の戦場を想起させる。
「と申しますと」
対面に座る僧形の補佐役が
「うん、尻払いの際には恩賞ばっかりに目がいってもうてる
 気張った連中と出くわす事が多かったんやけど、
 気合が入り過ぎて視野が狭いさかいに不意の襲撃に対応出きんのや」
「すると此度の戦も・・・・」
「ああ、今の所西管家が仕掛ける理由がないやろ」
一年半前の伊州遠征は当地での訴訟問題が契機だった。

「そう言えば啓陽の無心も少ないですな」
政治派閥的には関中の利権を最重視する集団に属していた
黒一天は保護者的な立場に当たる戦奉行の意向には逆らえない。
「そやな。先月の件で派遣させた平九郎の話やと
 何かこうしゃあないから付き合うわって感じやったらしいわ」
『先月の件』とは先方の杜撰な物資管理に拠って発生した
搬入の食い違いを確かめるべく、参事を現地に出向かせた一件である。

「となると主導権は・・・・」
「暁徳との喧嘩に忙しい丸崎やないやろな」
嫌忌の感情が特徴の無い容貌に浮かび上がっている。
「理由が如何なものでしょうな」
「白虎の糞餓鬼共が浮かれとるんちゃうんか」
唾を吐きたい衝動にかられた元玄武隊隊長は窓辺に立ち寄って実行する。
「或いは博方絡みやも知れませぬ」
恵有の発言は正鵠を得ていた。


猫背の青年がその会議に顔を出すのは始めての事である。
胥吏時代は勿論、西管家直率の武力集団の長であった事も
戦奉行からの命令を一方的に受領するのみで、
自らの見解を披露する機会など考えた事もなかった。
尤も本人の感情がこの『出世』を肯定的に受け入れていたか
どうかは別問題である。
「伏魔殿へ御招待ってか」
度重なる上納の催促と有力な金蔓である博方の支配権を把握している事が
僭上者への悪感情をねじ伏せているのは
取り次いだ者達の眼を見れば一目瞭然だった。

執権的な立場である勘定奉行が首席で左に戦奉行で右が公事奉行。
さらに丸崎が戦奉行の左で普請奉行が公事の隣に位置し、
新入りの自分は当然の様に末席である。
出入り口で既に席についている権力者達に目礼を交わすと
宛がわれた席に着き、議題の要綱が書き記された紙束に眼を通す。
程なく華麗で空虚な美辞麗句が
一定の韻を踏んでいる様が樹州知事の眼に写るが、
状況に合致しない芸術とやらを賞賛する気はない。

小半刻程の陰気な沈黙が権力闘争の舞台を制圧した後、
比較的第一人者が薄紫を主色とした肩衣小袴の出で立ちで参上した。
煮ても焼いても食えない老獪さを持って
空洞化しつつある西管家の均衡を保っている
堀辺京太郎恒史が四十五歳とは思えない程の年老いた声音を発した。
「これより、会議を始める」
これがこの部屋において『五奉行』の文字が省かれた最初の事例でだった。

別に新時代に迎合した訳ではないだろうが、
会議の前半は罵詈雑言の発生しない静かなものだった。
「本年は物入りが続く故に方々にはより一層の奉公を頼み入る」
一番負担の重い樹州知事は発言権が皆無であり、
一番負担の軽いのにも関らずこの種の決め事には必ず反対する
丸崎奉行も二週間前から続く暁徳との軍事的緊張に拠って反論出来ない。
「ははっ」
年齢も立場も異なる五人の男達は
表向きは不満を表さずに『奉公』を受け入れる。
「それも今暫くの辛抱である。此度の関中討ち入りは
 御館様おん自らがお出まし故、勝利は疑い無き所故にの」
・・・あの公家被れ。何を考えとるんや。


戦奉行の口から全貌を現した『関中討ち入り』は一言で言えば
『最近の状況はこっち寄りみたいなので戦ってみよう』と言う
論理的な分析や冷徹な判断とは無縁の代物だった。
「ま、そんな物やろけどな」
溜め息混じりで呟く修一郎の胸中には諦念こそあったが意外ではない。
「そんなんが出来るんやったら西管家はとっく『覇者』になっとるからな」
普通に考えれば曲がりなりにも中央集権的体制を構築している西管家が
土臭い地方分権色を撒き散らしている東管家に後れを取る理由が無い。
問題なのは物事への対処に現実味を欠く頂点と首脳部だろう。

「樹州殿には東管家の抑えを受け持って頂く」
嘗ては自分を顎で使っていた戦奉行が自分へと話を振って来た。
「と申しますと」
予想はついとるけど手順は踏まへんとな。
「洋駿より田松へと進撃致し、小室と長谷川を抑えて貰う」
子分が脅威に晒されれば利権と婚姻の双方で結ばれている親分は
助けに出さざるを得ないだろうからこの戦略は妥当だろう。
「解りました。必ずや両勢を食い止めて見せましょうぞ」
やる気の無さは気張った台詞で補うのは胥吏時代から手馴れた物である。

「あいや、待たれよ」
予想外の待ったは黒一天軍団長の右から二番目から上がった。
「樹州殿はここ暫くは出兵が続いていると伺っておりまする。
 小生達も暁徳との戦に忙しい身であるが、助勢仕りたい」
・・・・・あん、こいつ何企んどんのや。
西の端と南の端にいる者達は遺恨も親愛も無い無色な間柄であり、
実の所修一郎は姫島以西の地に根を張る彼等とは初対面だった。

「此度は御館様おん自らの御出征ならば
 丸崎としても奉公に励まねばと考えておりますれば、
 何とぞこの願い受け入れて下され」
何や、面倒な関中へ出向きたく無いだけか。
確かに勝手の判らん関中で戦奉行の顎で使われるのはたまらんやろな。
「樹州殿は如何かな」
武勲を狙う相手は少ない方が良い啓陽衆の筆頭が問い質す。
「小生と致しましても勇名を馳せる丸崎様からの助勢は
 願ってもない事でござりまする」

ま、恩を売っとけば後日に何か返ってくるやろ。


中休みを挟んだ会議が終了したのは申の刻(午後四時)だった。
「ふぅー」
牽制役以外では殆ど出番の無かったとは言え、
−その割には参加費を多く取られたのだが−
伝統と権威と言う煌びやかな衣の下で蠢く打算と思惑の腐臭は
三十にもならない猫背の青年を激しく疲労させていた。
「こん後は親爺の所へ挨拶か」
いくら得意先とは言え、手塩に掛けた愛娘をさらってしまった
男に好感を持っているとは思えないが、
それでも義父に対する礼を欠かす訳にはいかない。

うーん、どう言うたもんかなぁ。
元気にやっておりますだけじゃ味気ないし、
下手に話が弾んで子供云々と言う方向に持っていかれたらなぁ。
まだ何の兆しもありませんなんて言うたら雪香の立場がなぁ・・・
頭を掻きながら何とか愛妻の立場を守らねばと思案に耽る
修一郎の眼前に突然『不愉快』が人間化した物体が現れた。

顔立ちはまあ整っている方だが、
そこから滲み出ているのは傲慢な特権意識とくだらん耽美主義である。
挙措は一見繊細だが精神のひ弱さを如実に示す
均衡の無さが一層の不快感を募る。
そして玄武の頃より毛嫌いしているのが、
女子の様に白粉を塗りたくり、眼に隈取りを入れ、口紅まで引く
化粧細工の様がどう見ても不細工にしか見えない事だった。

「これはこれは。今をときめく黒一天軍団長ではごさらんか」
親愛の念を微塵も感じさせない口調で白虎隊隊長が口を開いた。
ふん、土臭い田舎者が。
辺地のみずぼらしい武勲で図に乗りおってからに。
「それもこれも貴殿達がしっかと御館様や姫島を守っているからにござる」
はん、穀潰しどもが。
お前等は女子相手の戦にしか役に立たん癖に何をほざいてやがる。
心の声だけはしっかり聞こえた両者に火花が飛び散る。
「先を急いでおる故、これにて」
黒一天軍団長が引いたのは実際に時の余裕が無かったからである。
「こちらこそ失礼致す」
神川弾十郎光明も派閥上の長たる公事奉行へ出向く途中だった。

両者の三度目の対決はひとまず回避された。


 

「紅屋本館」へと続く。

「誤算」へと戻る。

黒一天へ戻る。

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