『たった一人のワールドカップ』

著者 一志 治夫(幻冬社文庫)

フットボールでも何でも団体スポーツはそうだが、
選手(個人)とシステム(組織)のバランスが取れた上で
明確な目的(勝利)に向けて段取を(戦術)を組む事が重要であり、
それは論評の世界でも当てはまる事だと思う。
だが、狭いマーケットの中で特定の選手だけを取材対象にしてきた
この国のスポーツマスコミにはその様な熟成振りは未だに見受けられない。
従って時には知りたい情報に応じて客観的な視点で執筆されている
とは言い難い文章を読まざるを得ない局面に出くわす。
今回はそんな特定の『個人』を追いかけたスポーツライターの
書籍を紹介したいと思う。

現在でも『キング』の称号を保持する三浦和良関連のインタビューなり、
リポートなりを読む際にかなりの確率でその名前を目にする
著者は純然たるフットボール・ジャーナリストではない。
89年にノンフィクション・ライターとして
デビューした作品名が当時、人気絶頂だったモーターースポーツが
取材対象と思われる『たった一度のポールポジション』であり、
フットボールの世界に潜りこんだのがこれまたJバブル真っ盛りの
94年で題名は『狂気の左サイドバック』。
(彼はこの書籍で新設の文学賞を受賞している)
この様な経歴を考慮すると恐らくはその時の流行りである
スポーツの象徴となるべき個人に精力的に取材を行う事で
その内面を描き出すのが得意な人だと思われる。

そんな訳でこの本では以前に紹介した評論家達の様に
読者を唸らせる様な卓越した見識や行き詰まり気味の現代フットボールに
新風を巻き込む様な新たな戦術論を提示している訳ではない。
彼は90年代前半から後半にかけて
日本フットボール界を背負った男を愚直なまでに追いかけている。
出会った時から当時は世界最高のプロリーグだったせセリエAでの挑戦、
(現在は戦術・システム両面での退化が見受けられる)
不本意な帰国、フランスW杯アジア予選、
そして不毛な論争を巻き起こしたあの選手選考。
(この書籍は98年発刊なのでクロアチア移籍以降の話は掲載されていない)
多分に『主観的』な文章ではあるが、
それだけに何かと誤解されやすい
(と言うか、現在のスポーツマスコミに誤解されていない選手等存在しない)
『三浦 和良』と言う人物に対して真に迫っている。



現地点で尤も活躍している中田英寿と
御世辞にも本質を捉えていると言えない
極東の島国とのスポーツマスコミとの確執は有名だが、
94年の夏にジェノアにレンタル移籍を果たしたカズの場合にも
そう言ったミスマッチが数多く見られたらしい。
本番の開幕に向けての調整段階での一局面を大きく取り上げて、
ある日は『主力』と持ち上げてある日は『構想外』とけなす。
さらに取材マナーを遵守しているとは言えない
彼等を大勢引き連れてやって来るカズに対して、
一人目の監督(このシーズンは3人のコーチが指揮を取った)や
チームメイト達の評価が落ちる悪循環が見られた。

そんな悪条件に加えて当初から『ジャパニーズマネー絡み』と言う
偏見との戦いを義務付けられたカズに刺激的な活躍は望むべきもなかった。
開幕戦でのACミラン・バレージとのバッティングによる負傷退場、
骨格さえ固まらない代表チームへの召還、
そして数年前から二部落ちが囁かれた戦力不足によるチームの不振、
結局、ジェノア・ダービーでのアジア人初ゴールが唯一の勲章として
三浦和良のセリエA挑戦は幕を閉じ、
読売の強い希望もあっての失意の帰国を余儀なくされる。

帰国後、彼は唯一全うに運営された96年のシーズンで得点王を獲得、
日本随一のアタッカーである事を立証するが、
結果的にはこの勲章が彼の、特に代表においては足枷になった感は否めない。
著者は96年のアジアカップから翌年にかけてのパフォーマンスの低下を
『徹底的マークによる身体的疲労』と分析しているが、
本来は技巧派ウインガーであり、残念ながらほとばしる様な才能のない
カズに取って『唯一無二の得点源』の役割はミスマッチであった。

従ってどんなに著者が苦境に立たされた
カズの心情を鮮明に描写していようがこの肝心の視点が欠けている以上、
97年以降のインタビューなり彼の言動に関する描写、
そうあの落選騒動に対する見解が迫力不足に見えるのは致し方ない。
さすがに死んだ児の齢を数える様な文章こそ記していないものの、
(この辺りがコメンテーターとしては『未熟な』ラモスとの違いだろう)
殊更に彼の体調を万全だと書き立てる事で言外の意を明らかにしている。
だが残念ながらその部分が的を得た見解だとは言えない。
三浦和良がフランスの地を踏めなかったのは
4年前の高木、ゴン、福田の様に自分を活かしてくれる
パートナーと巡り合えなかったからである。

 

 

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