『経営のバランス』


3勝1引き分けと言う上出来な結果を残した二月が過ぎ去り、
恒例となっている二週間の関東遠征も2連勝で乗り切った三月の中旬、
ホームへと戻るシュバルツ愛媛御一行様の空気は明るい。
「このまま行けば狙えるかもな」
勝ち点15の積み上げに拠って次第とトップとの差を詰めてきた現実は
今週発売の専門両誌も無視出来ない程の存在感を醸し出している。
「俺達には海外遠征がないから疲労も少ないよ」
昨年度はAクラスに滑り込むのがやっとだった田舎チームには
−それでも大健闘だったのだが−
日程変更やレギュレーションが日常茶飯事に行われて、
ステータスの低下が著しいアジアレベルの大会とも無縁である。
「2年前の雰囲気に似て来たな」
口に出さない認識は楽観的な空気をさらに盛り上げていた。

特等席に座る選手達の空気は自由席に座るGMが繰り広げる
数字の格闘には何の援軍にもなり得なかった。
「なまじ人気があるのも考えモンや」
ホームでの平均入場者数と熱気で埼玉と茨城相手に覇を争い、
順位的にも東海3強とも伍する立場は現状は寧ろ頭痛の種を増していた。
「金が全然足らん」
秋葉原で購入したノートパソコンには現実を無視した数値が弾かれている。
「専用スタジアムを作れって無茶言うんじゃねぇよ」
先日の定例会議で『クラブ会員なのにチケットが全然回ってこない』
との不満の声はキャパシティの限界に達している
賃貸スタジアムからの脱出と言う予想外の方向へと向っていった。

「よう」
掛けられた声の方向に顔を振り向ける気にならないのは、
相手を確かめる必要がないからである。
「何しに来た。ここには厳しい現実しか存在しないぞ」
トイレに立った際に感じた特等席の空気は総会で感じた空気と同種だった。
「あそこにいると、考えても無い事を口走ってしまいそうでな」
「・・・・その心情は良く理解出来るよ」
午前様となってしまった会議を収拾させる為とは言え、
呟いた台詞は数年間に渡ってねずみ男を苦しめる羽目となっていた。


「優勝は無理だぞ。出すものを出してくれないとな」
先制点の重みを痛感している鬼瓦が先に仕掛ける。
「判ってる。と言うか今勝たれてもボーナスが支払えん」
ねずみ男は楽観ムードを絶対零度にまで引き下げる台詞を吐く。
「正直に言えば今年は去年並み、
 他力本願での五位程度と言う目算で予算を組んだんでな。
 もう金を出してくれる所がないんだよ」

「優勝効果とやらを餌には出来ないのかい」
水谷はオランダでの様子を頭に思い浮かべながら質問する。
「そりゃ、インフラが整っている都会の話だ。
 辺鄙な田舎に本拠地を構えている遠江や茨城が優勝しても
 経済アナリスト共は見向きもしねえだろ」
問題発言である事は承知しているが、厳しい現実には自制のタガも緩む。
「東京が優勝した時も誰も何も言わなかったが」
「あそこは『本物』の人気がないだけだ。
 ミーハーな人気ではグッズの売り上げアップがせいぜいさ」

「では放映権の方は?」
ケーブルテレビの好評振りは関係者に知られた事実である。
「勘違いしている協会だけならミュンヘン同様に
 喧嘩を吹っ掛けられるんだがな。
 うちは田舎だから国営放送には楯突けん。関係も良好だしな」
特定のプロ野球チームのファンである事を広言する
トップの目を掻い潜っている地元スタッフを考慮すれば粗略には扱えない。

「なら、別の放送ソフトを作ればいいんじゃないか」
「あん?」
「アジアの大会さ。新年杯は準優勝だったが茨城次第では出場出来るだろ?」
「あんなどっちらけの大会にそんな価値あんのかよ」
「世の中にはそう言うのに価値を認める奴がいるんだよ」
「?!」
「先日、俺の連れがマレーシアから寄越してきたメールだ」
鬼瓦が太い指で携帯のボタンを押すと、やがて文字が浮かび上がる。
「・・・衛星放送ねぇ」
既存の所では相手にしてくれそうにないな。
と、なると・・・・・


羽生の2得点で当面のライバルだったブラオヴィーゼ摂津に競り勝ち、
『こうなったらイケる所まで行きます』と
エースストライカーの余計なコメントまで飛び出した3日後、
−こんな時に限ってちゃんとした日本語だったりもするのだが−
桜の散り際が風情を醸し出す午後に
金村はGMの権限でクラブの全スタッフに召集をかけていた。

「大体の事情は今、説明した通りだ」
議長役と進行役を兼任する金村は一旦言葉を切って一堂を見渡す。
自分の右側に座っているのは経営面でのスタッフ、
対する左側には競技面でのスタッフが面を揃えているが、
何れも驚愕の表情を隠し切れていない。
「放映権が餌ですか」
右側で自分に最も近い席に座る顧問弁護士が眼鏡を掛け直す。
「ああ、国内だけじゃ4万5千人収容のスタジアムなんぞ建てられん。
 建てても人が来ないし、勝っても実入りなんぞ知れてる。
 だから放映権自体は低目に設定しないと」
「アジアも舐めていると手酷い怪我を負うと思うんだがな」
こちらは右側の代表格たる鬼瓦の発言である。

「それもそうだが、ここをクリアしないと話にならない。
 何故ランクスやリュミエールが貧弱な経営基盤でやっていけると思う?」
「フットボール王国の地盤だからじゃないんですか?」
競技サイドの意見は単純だが説得力が有った。
「確かに特殊な地域性も考慮すべきだが、
 より重要なのはクラブ側が常に上を狙っている姿勢だよ。
 国際性の強いスポーツである以上は野球の様に
 国内完結だと魅力あるソフトとは見なされないんだよ」
日々、新規スポンサーの獲得に追われる立場からの発言は説得力がある。

「今期のクラブとしての目標はあくまでも四位以内に滑り込んで、
 アジア・クラブ・カップの出場権を確保する。
 出来ればガレオスに優勝して貰って
 アジア・ウィナーズ・カップの方に出場したいんだがな」
「ステイタス的にはクラブカップの方では?」
「あっちはアジアで終りだけどウィナーズカップの方は
 世界への道が開けているだろ?」
何処の世界でも貧乏から来る意欲は凄まじい物である。


大量の涙と別れが生産される三月の下旬、
天候は蒸し暑さを感じさせる雨模様であったが、
宇和スタジアムの観客動員には何等の影響も無い。
プラチナチケットの道をひた走る貴重な入場券を手にした幸運者達は、
スポンサーとのタイアップで用意されたポンチョ風の雨合羽に身を包み、
最近、厳しさを増している入場口を通り過ぎる。
そしてそんな様子を二人の少年達が関係者の立場で見守っていた。

「だからいい加減に立ち直れって」
来月から『特待生』としてのジュニアユースへ昇格が決定している
勘三郎が傷心から立ち直れずにしょげ返っている親友を励ます。
「もう、二度と合えないって訳じゃないだろ。
 俺達が将来シュバルツの選手になって東京まで行けばいいじゃないかよ」
「そ・そんな無茶だよ。相手は羽生さんだぜ」
センターフォワードの凛は勘三郎よりも遥かに道は険しい。
「やるんだよ。特待生は俺達だけだろ?それだけ期待されてるんだよ」
勘三郎の図抜けた力量に隠れがちだが、
山崎凛の俊足と判断力を活かしたオープンスペースへの飛び出しと
技術に裏打ちされたゴール前での冷静さもコーチ陣の評価は高く、
彼もフットボールだけに専念出来る特典を手にしていた。

「でもよぉ」
凛が生気の無い声で応じようとした矢先、
天から訛りの強い英語が降り注いできた。
「ミスタ・カネムラハドコニイマスカ」
勘三郎でさえ首を上げざるを得ない長身と恰幅の良さには
女性としての色気よりもアメリカンな逞しさが全身に押し出されている。
「金村さんならあっちだよ」
唯一理解出来た単語から内容を推測した
二人の前途有望なフットボール小僧は同じ方角を指差す。

「サンキュ」
ブルーの濃いアイシャドウが印象的な整った顔立ちの金髪碧眼は
一礼して関係者専用の入り口へと向う。
「すげぇデカイ外国人だったよなぁ」
「ああ、でも何しに来たんだろ」
「さあ」

それが東京行きの費用を幾分かは捻出してくれる
衛星放送会社の担当者との出会いだだった。


 

「カルチャーショック」へと続く。

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