『如月』


四国の二月はプロ野球のキャンプ地として年に一度の
『全国御披露目』の機会を得る時期でもある。
過剰なまでの報道は『地域起こし』の幻覚を抱かせ、
夜になれば選手・関係者が盛り場へ落す金額は経済力が弱い
四国地方に取って重要な財源となる筈だった。
そんな活気を横目に見ながら愛媛の西の端には
普段ならば寄り付きもしないフットボール専門誌の記者が集結していた。
勿論、彼等は地元のチームの為に来た訳ではない。
彼等の取材対象は首位を走る函館エスパーダの方だった。

ねずみ男はホームの試合前には天候や気温に関る事なく、
必ずピッチからスタンドを眺める習慣があった。
貧相な顔立ちに相応しい体格の持ち主でもあった
彼がピッチの回りを歩いていると少しずつ増えたサポーターから
『金村!金村!』と声が上がる。
滅亡の危機に瀕していたクラブを救い、
予想を上回る健闘を続けるシュバルツの影の立役者として
その手腕が『間違って過大に評価されている』(某監督談)
GMは結構人気者だった。

眼鏡を通じて見る観客席は新年杯で敗れた
『リュミエール駿河』のサポーター程ではないが
『オラが街』のクラブを応援する熱気が感じられる。
「なんか去年よりも集まっているよなぁ」
あの頃は首位戦線に位置していたのに
入場者数は五千人を上回る事はなく、
水面下では『経営撤退か?』との噂が飛び交っていた。

「実際その通りだったけど」
あの時は実際の交渉よりも寧ろ本社との遣り取りの方が大変だった。
「事務員さえいないクラブハウスで一人での応対はきつかったよな」
そんな事考えているとふと秘書の顔が思い浮かび、顔が赤くなる。
な、何考えているだ俺は。
たまたま応募したのが彼女だけだったんだから採用しただけじゃないか。
向こうも勤めてた会社が倒産したって言うから
こちらの条件を全部飲んだんだろ。
全く、少しは自分の容姿を考えろよ。
顔色をカメレオンの様に変化させるGMに取って幸運だったのは
既に両チームのアップが始まって誰も彼に注目する者が存在せずに、
あたふたとした様子が見られなかった事だろうか。


「地獄の長期遠征」とはプロ野球の世界において
気前良く相手チームに勝利をプレゼントする虎さんが
名実共に『最下位』の止めを刺される時に使われるフレーズである。
しかし日本のフットボール界では
積雪量、交通機関そして集客の問題も含めた関係で
ホームが使えない為、アウェーでの遠征を繰り返す事になる
北日本に本拠地を置く4チームの二月の様子を意味する。

そんな訳で宇和市民陸上競技場に現れたエスパーダは
『ドローでOK』とばかりに両ウイングハーフを下がらせた
5−3−2の守備的な布陣を取ってきた。
「現在、二部で最もクォリティの高い試合運びをするチーム」と
函館の監督が前日のインタビューで答えた様に
この日の函館はシュバルツを警戒する様子が窺われた。
尤もいくら警戒したからといって計算していた通りの
結果が弾き出される訳ではない。
この日、ホームチームは新年杯で一部の首位である
リュミエールをPK戦にまで追い詰めた成果が
まぐれでない事を明らかにする。

前線から一つずつ丁寧にパスコースを断ち切った
シュバルツは徐々にアウェー用の白いユニフォームを着た
エスパーダのボール保持者を包囲網の中に絞っていく。
中盤の押し上げもない為に選手は孤立しがちとなり、
前線でも俊足と得点感覚に優れた2トップが
しっかりとマークされている為に攻撃が組み立てられない。

時折、得点ランクトップの『黒い弾丸』が圧倒的な身体能力で
マーカーを振り払うが、その動きに連動した
チームの動きが見られない為に単発に止まり、
シュバルツには差程のプレッシャーを与えられない。
その動きはアウェーの『1−0』仕様に見慣れた
専門誌の記者達に取っては驚きであったが、
彼等はその事を記事の内容に書き記す事はなかった。
何故ならこの試合の目玉は試合ではなく、
3度に渡った『爆撃機』のゴールシーンだったのだから。


二ヶ月前に比べ、連動した動きがスムーズになった右サイドからのクロスを
鼻先で競り勝って頭で押し込んだ先制点。
左サイドのドリブラーを囮に使った矢野からのミドルパスを
動き出しとボディバランスの良さでフリーで受け取って
冷静に流し込んだ2点目。
そして徳宮の正確なプレイスキックからからのこぼれ球に
素早く反応した3点目。
尻に火がついた函館の猛攻を2点で凌いだ末の勝ち点3は
エスパーダの独走に歯止めを架けると同時に
自身も上位戦線に名乗りを上げる貴重な白星だった。

「今日の結果はチームコンセプトを全員が理解した結果だと思う」
『爆撃機』のハットトリックによる
『混戦レース』の到来で昂奮気味の記者団に対して、
もみ上げがよく似合うダンディーな監督は『チームの勝利』を強調した。
「では今日のヒーローは誰でしょうか」
固有名詞を口に出させようととの意図がありありと窺えたが、
水谷はその手には乗らない。
「超大物新人投手の御披露目登板に振り向かずに、
 応援して頂いたサポーターの皆様ですよ」
皮肉な笑みを浮かべた鬼瓦にさらに突っ込む記者は存在しなかった。

「この調子で二月は稼ぐでぇ〜」
怪し気なアクセントで関西弁を口にする金村の表情は明るい。
無理もない。昨日の主宰試合の収入を弾き出した所、
−計算したのは才色兼備の秘書だったが−
これまで数字を大きく上回り、
泣きつくだけ泣きついて非常識なまでの低価格に抑えてもらった
ホームスタジアム賃貸料を所有者である自治体への支払っても
まだ手元には二部のレベルでは充分な資金が確保される。
「このスケジュール作ってくれた事務局の人には感謝しないとな」
今月は4試合中3試合がホーム、
しかも相手は何れもある程度の観客が見込まれる人気チームばかりである。
「この調子でええ数字を弾いて貰えれば」
スポンサー獲得の営業もやり易くなるなぁ。
リサイクルショップで買い取った机の前で気色悪い笑顔を浮かべる
貧乏クラブのGMであった。


長年、『野球とその他』的な報道に慣れたスポーツマスコミに取って
全く違う様式の『フットボール』の存在は必ずしも有難いものではなく、
ベテランやお偉方の発言力が強いマスコミ程、故意に無視される傾向がある。
この年も彼等は『数十年に一度』と言われた大物新人の
『初めてのプロキャンプ』にまとわりつく事で
−『取材』と言える様な代物ではない−
何とか減少傾向にある部数の歯止めを狙ったのだが、
その目論みは見事に外れてしまった。
休日だと練習場に数万人単位で駆け寄る地元の人間が
この年以降、近場の『真剣勝負』の方に関心を持ち始めたからである。

「羽生ってあのちっこい小太りの選手かね」
「ふーん、あんまりスポーツ選手には見えんねー」
「あそこのスーツ姿が似合っとる渋いお方が監督さんかね」
「噂通り、もみ上げが太かね」
普段ならば聞き慣れないきつい方言があちこちで飛び交い、
『サッカーって何』と宣まいそうな中高年の姿も数多く見られる。
既に初春の気配が漂い始める宇和市民陸上競技場では
この日始めて観客数が一万人の大台を突破、
裏方の殺人的な忙しさは金村の習慣を途切れさせる程であった。

「先週のニュースじゃ、一部昇格も可能かもって言ってたけど本当かね」
「何でもトップのエスパーダってチーム次第らしいけど、
 このまま勝ち進めば首位も可能って新聞に書いてあっただよ」
「いずれにしてもここは熱気があっていいべ。
 ルールはようわからんけど向こうの気の抜けた練習試合より面白いべ」
「んだんだ。」
「おっ、選手達が入って来んべ」
彼等の目には必要以上に緊張している両チームの選手達が写っていた。

この日は『観客』の好奇の視線に慣れていない選手達が
凡ミスを連発して必ずしも好試合と言えないものだったが、
それでも速攻一本槍の『急』のリズムだけから
中盤でのボールキープと言う『緩』のリズムを組み込む事で
チーム力をアップさせたシュバルツは次第とゲームを支配、
羽生の4試合連続の爆発による4−1の圧勝は
始めて『サッカーの試合』を生で見た一見さんに強い印象と与え、
彼等の心中に『贔屓チーム』を作り出した。


 

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