『軋む感情』


荷車に載せられた青銅の大筒達が中秋の朝陽を浴びている。
我々の世界同様に技量不充分な練鉄技術では只の鉄塊に過ぎない
大砲も鍛造が可能な青銅を用いる事でようやく使い道が出てきた。
尤も陸の戦いに石火矢(大砲)を使うと言う発想は修一郎の創造ではない。
この戦でも海上輸送に従事している長瀬衆が既に暁徳自治領との戦で
−と言うには小規模だが−
経験しており、彼等の伝聞を黒一天軍団長が取り入れたに過ぎない。

「さてさて、どの程度の働きでしょうな」
一番頭の補佐する二十代半ばの平騎士が、全体の空気を代弁する。
「軍団長殿や弥四郎の思惑通りに上手く行けば良いのだがな」
成功に疑問を投げ掛ける発言は責任者として口に出来ないのは承知してるが、
死者も生み出した二度の事故を見る限りでは全面的には信用出来ない。
「配置、並びに準備が完了との由」
街中故に騎乗していない使い番が修一郎直属の石火矢組頭から戻って来た。
「では始めようか」
平左自身には石火矢組を指揮する権限はないのだが、
持ち場の責任者としての指揮権は保有している。
『成功しなければ・・・さて、誰が責任を取るのやら』
一瞬、脳裏にそんな不安がよぎった。

宗洋の近代化を象徴する異形の軍隊に合っても、
石火矢組頭の奇人振りは群を抜いていた。
中途採用時に襤褸を纏って現れて一刻以上も
修一郎と恵有相手に憑かれた様に
石火矢の素晴らしさを唾を交えながら説き、
首脳二人に苦笑混じりの採用を勝ち取ったのが手始めだった。
訓練でも汗水垂らして励む配下の者など気にもせずに
自らの理論と実践に没頭する。
先日の行進でも一人だけ自作の飾りを張り付けて参上、
機能美的な美しさを破壊する浮き上がった出で立ちは
絵師達の格好の題材となっていた。

「さて、いっちょう派手にかますがや」
方言と異形に寛容な集団でなければとっくに職を失っている
四十代手前の鶴の様な細面は出番に陽気な声を上げる。
「そーりゃ!」
明石浩右衛門は射撃開始を意味する紅い旗を振り下ろした。


職人的な生産過程から工場制手工業への発展を促す事になる石火矢が
圧倒的な質感を感じさせる音響を周囲に発生させる。
その割には船奉行の壁に与える影響は『半壊』の域に止まっているのだが
それでも驚天動地の轟音は宣伝効果としては充分過ぎるだろう。
「此度は無事の様だな」
前回の事故にも居合わせた平左に取っては
人としての尊厳を吹き飛ばす死体を再び見るのは御免被りたかった。
「あれは・・・・ちょっと・・・」
戦場で少なからぬ死体を見てきた和七郎も憮然とした表情で首を振る。
「使い番を出しておけ」
手短な命令は現状のみの報告を意味していた。

「ふーん。失敗やなかったらしいな」
長瀬の衆から耳にしていた程ではないにせよ、
一番からの使い番に前後した武装退去の申し出に修一郎は満足していた。
「石火矢は何かと難儀や代物やけど、
 使い方を工夫すれば鉄砲以上に使えるかも知れへんな。
 まぁそこまで行き着くには、手間隙掛けなあかんやろけどな」
苦笑混じりの独語は本人が思っていた以上の苦労と成果を生み出すのだが、
当面の課題は別にあった。
「この機に本陣も乗り入れましょうぞ」
首尾一貫して気張った強攻策を主張するのは
普段は利口振っている擂り鉢だった。

「・・・豊五、何か羽戸川に怨みでもあんのか?」
同情ではなく、侮蔑の感情の篭った視線を肩越しに投げ掛ける。
「お前が羽戸川にどんな感情を抱こうが一向にかまへんし、
 よしんば俺の推測通りやったとしても否定はせえへん。
 そやけど今回は我慢せえ。
 まだ黒一天は己の感情だけで世間を闊歩でけへんのや」
「・・・」
「ま、お前が怨みなり怒りを抱いとる奴に会えるんやったら差配は任すよ。
 どの程度の奴かは知らんが坊主殿と対等に黒一天の練兵をこなして、
 番組の枠組と運用を仕切れる奴程には使えへんやろからな」
「・・・治三郎隆由であってもでございますか」
凄惨な殺気が無表情な面を睨み付ける。
「・・・保護に努めた際に『不幸な』事故に合う事もあるやろな」

そっぽを向いたのは気圧されたのではなく、
心の奥深くに潜む自分を見た事に対する嫌悪からであった。


様々な感情が交錯した地から発せられた
『第一段階は成功せり。第二段階に入るべし』との命令文書を
最初に受け取ったのは恵有ではなかった。
黒一天軍団長であると同時に樹州知事でもあり、
国王家と高幡家の荘園管理の代官も兼ねる本間修一郎龍長の元には
依頼なり、命令なり、無心なりと様々な手紙が届く為に
まずは祐筆達に区分けされるのが常だった。

「筆頭殿、こちらは如何いたしましょうや」
勤務態度はまずまず、能力的には可もなく不可もなし。
『人畜無害』の生きた標本と目されるうりざね顔が
角張った文字で『博方より』と書かれた手紙の束を差し出す。
「特に指名が無ければ恵有様の所が妥当であろう」
地位の割には史書の扱いが低い
筆頭祐筆・安達銀次郎が常識的な判断を下す。
一見、どうと言う事もない会話も
怠惰を許さない張り詰めた雰囲気が支配する空間では
不穏な火花を発生させる様である。

「甚助殿は左様な事も判断出来ぬのか!」
出来る人物特有の鼻につく自慢の空気が全身を覆っている
長身痩躯の侮蔑が人の声に変化して室内に響き渡る。
「今現在の知事様が仕事を把握しておれば左様な事は判り切ったる事。
 少しは御自分の職責以外の事にも目を向けたら如何でこざろうか」
頭脳明晰で且つ優れた処理能力が猫背の青年に評価され、
席次の昇進が認められた冷徹な次席祐筆が非難する。
「小平次殿。その辺りにしてはどうかの」
好爺然とした雰囲気を発している筆頭祐筆が
出世意欲の塊である次席祐筆と
万事に平凡と目されている芸事祐筆との間を仲裁する。

「されど、知事様が戦場で艱難辛苦を味わっておられる今、
 かような手温い仕事が許せましょうや」
本人は到って真剣に同僚の怠慢を糾弾しているのだが、
周囲から見れば能力を鼻に掛け、難癖をつけている様にしか見えない。
「あいや、次席殿の仰られる通り。小生が迂闊でこざりました。
 以後は知事様を始め、皆様方の足を引っ張らない様に致しましょう」
同僚達が非難の感情を次席に突き刺すのを感知した
目利き耳聡役が場を収める為に丁寧に謝罪する。

「頼みましたぞ」
器量に欠く神経質な声を好意的に受け止める祐筆は
この場には居合わせなかった。


祐筆間の軋轢を垣間見せた書状の束は、
多少の補修を行った樹州知事公舎における最も日当たりが良く、
最も空間を取っている部屋の隣の主に届けられた。
思惑通りに運んでいる博方の戦況報告、
包囲網の作成に応ずる援軍と兵糧の輸送に対する指示、
調略の結果生じた紅屋と黄海社中の商権変更に関する指示、
多岐に渡る内容はどれも事前の打ち合わせで
ある程度の骨格は出来上がっている為、問題は少ない。

問題は関中への折衝だった。
「まずは支払い期限の明示だな」
博方の動脈を制した黒一天の動きは予想以上の米価高騰を招き、
『至急に輸送の手配を始めて頂きたい』
『総量については前述通りで可なれど、一括での輸送を強く希望する』
最早、日々の挨拶状と化している両家からの上納催促には
波に乗り遅れんとする切羽詰まった心情が行間から溢れている。

「この辺りで良しとするか」
もう少し焦らせといて来年以降の条件を緩めたい気分もあるが
これ以上は黒一天自体の補給に差し障る。
「和馬殿には一踏ん張りしてもらおうか」
洛安にて非公式の折衝と黄海社中の業務拡大に勤しんでいる
長髪の大男への書状を書き認めると
恵有は物流の向上がもたらす上等の茶を啜りながら、
もう一方の懸案に思いを馳せる。

「さてさて、元気者達はどうしたものか」
組織の拡大に伴う意見や感情の相違はどんな組織にも付き纏うが、
黒一天と樹州行政府のそれは些か激し過ぎる。
「やはり、進むべき方角が明示されておらぬからかの」
目下の目的は『河南制圧』であるがその後はどうするのか。
一つだけ確かなのは西管家に忠誠を尽くす選択肢はあり得ない事である。
急激な膨張を繰り返した結果、
黒一天も樹州行政府にも西管家とは無関係な人材が多数を占めている。
そんな彼等に飛翔鷹(西管家の軍旗)への忠誠を説くだけ無意味だろう。
そして恐らくは修一郎自身も同様の事を考えているに違いない。

「となると・・・・下克上か」
崩れつつあるとは言え、中世的な身分秩序の桎梏が存在する
当世においてその言葉は身震いする様な恐怖と誘惑を同時に感じる。
「それには・・・如何にすべきか」
当面の課題を含めてここの捌き所を踏み間違える訳にはいかない。
ここが補佐役としての正念場でもあった。


 

「次の指針」へ続く。

「博方での仕事模様」へ戻る。

黒一天へ戻る。

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