宗洋の地理・位置関係・地方の特色
<宗洋>
物語の舞台となる島。
面積は日本より一回り程度大きい程度。
個人戦と組織戦の均衡を考えると、
(運用法次第で勝敗の行方が左右する)
このぐらいの大きさが丁度良いと考えたので。
位置関係図 (棒線は交通路)
| 陶州 / 曉州−徳州 彩州−堤州−項州 / | |\ 丹州 和州 越州 蘭州 \ | / 門州 司州−梁州−寛州 \ | \| | 安州−典州−淵州−伊州 衛州−寧州 \ / \ | 伯州 鈴州 \ / 泰州 樹州−勢州−賀州 総州 / \ / 河州 武州 |
各地方の紹介
| 地域名 | 特徴・設定 |
| 河南 | 宣河以南の辺境地帯。 潜在能力と高いが入植が進まない為に 開発が進まず、 一般には『蛮地』と目されている。 イメージは三国時代の呉と独立前の東部アメリカ。 |
| 関西 | 標関以西を指す。 関西管領家(通称西管家)が治めている。 先代の中央集権的な改革が身を結んで 一時は勢威を振るったものの、 最近は敗戦続きで空洞化が始まっている。 イメージは戦国時代の大内氏に近い。 |
| 関東 | 節関以東を指す。 関東管領家(通称東管家)が治めている事になっているが、 こちらは在地豪族の権限が強い地方分権的な色彩が強く、 宿敵・西管家との争いには常に主導権を握られている。 但し、武張った土地柄なので個々の戦には強く、 政治(戦略)の失態を戦争(戦術)で取り返している。 イメージは三十年戦争時代のドイツと『双頭の鷲』時代のフランス。 |
| 関中 | 東は節関・西は標関・南は宣河・北は緑江に囲まれた 天然の要害にして宗洋の中心部。 政治・文化・経済のあらゆる面で宗洋の歴史を主導していたが、 相次ぐ戦乱によって疲弊の度が激しい。 イメージは戦国時代の近畿地方&春秋時代(戦国は入らない)の中原。 |
| 江北 | 緑江以北を指す。 嘗ては江北管領家(通称北管家)が治めていたが、 飢饉と失政にぶち切れた農民叛乱と北陸・山東の介入によって 関中への亡命を余儀なくされて北管家と事実上、滅亡している。 現在は急進的な宗教団体と『赤色虎』が主要部を分け合い、 山東が一部を領有している状態。 イメージはロシア・プロイセン・オーストリア等の列強に 分割された状態のポーランド。 |
| 北陸 | 江北の東北に位置する寒冷地帯。 嘗ては河南同様の後進地帯だったが、 近年、項州藩から『赤色虎』を旗印に騎馬軍団を整備した人物が現れ、 彼の地を制圧、江北にも地盤を築いて多いに武威を轟かせている。 イメージはフリードリッヒ大王時代のプロイセンと謙信時代の越後。 |
| 暁徳 | 宗洋の西北に位置する近接島。 西部の曉州と東部の徳州から成立している。 外海への貿易を求める曉州と 宗洋内部の貿易を求める徳州との意見の食い違いが大きく、 しはしば政争に見舞われる。 イメージとしては中世欧州におけるハンブルグ(ハンザ同盟)と フェザーンの様な自治都市に加えて、 英国の二大政党が争う政治状況を加味している。 |
| 山東 | 国境を峻険な山脈に囲まれた陸の孤島。 嘗ては河南同様に落魄れ者達が屯していたが、 洛安の政争に敗れた名士が土着して次第と勢力を確立、 『公家』随一の強国として関中と関東にも勢力を扶植している。 イメージは三国時代の蜀。 |
| 南海 | 河南と黄海を隔てた亜熱帯小島群の総称。 大勢力は存在せず、海賊兼海運業者達が細々と生計を立てている。 イメージは戦国時代の瀬戸内海。 |
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