『コンビネーション』


往々にして名コンビと言うのはそれぞれ違った個性を持つ者同士が
邂逅した時に生まれるものである。
この事はスペース志向の徳宮とボールタッチ志向の礒野の間柄が
『プレイヤーとしてより人間としての相性の悪さ』から
ごく短期間に『冷め切った大人の間柄』に変貌した事で立証されている。

今日も宇和スタジアムでは右サイドのパッサーと
左サイドのドリブラーが一歩も引かない自己主張を対戦相手ではなく、
対面の同僚にぶつけている。
「何とかなんないんですかね」
そこいらの日本人より達者な日本語を右の耳に聞いた鬼瓦は首を振る。
「無理だ。下手にどちらかが合わすと個性が消える」
昨年度は個別に会談を持ったりもしたものだが結局の所は徒労に終り、
この件に関する限りは『処方箋無し』とカルテに署名した立場である。
「そう言うのはうちのトップ下に任せるさ」
水谷は選手生命を左右する大怪我と
奈落の底に突き落とされる様な凋落を経験したトップ下に
クッションとしての役割を期待していた。

礒野のワンツーの受け手となった小栗は間髪入れずにゴール前の
オープンスペースへと走り込む。
そのスペースは自分が中盤に引いた際には1トップとして
左右のデコイランを繰り返した『相棒』の成果でもある。
この作り方だとファーの折り返しかな。
ストライカーとチャンスメーカーの資質を併有する小栗には
羽生の意図を理解すると同時に
その構想を最大限に実現させる役割も担っている。

「こっちだ」
わざと大声を上げてゴールから逃げる動きに注目させ、
同時に礒野に高目のクロスを要求する。
程なく、丁度頭の高さ程のクロスが左サイドの奥深くからマイナスに上がる。
その瞬間、漆黒の18番が何かに引き摺られるかの様な
急スピードでゴール前へと向かう
よしっ
キーパーと相手ディフェンダーが判断に迷うスペースにボールを落とす。
羽生のつま先に当たったボールは
ゴール天井部分のネットを下から打ち上げた。


ディフェンスラインを制御する立場からすれば、
右サイドに陣取る徳宮を『ゲームメーカー』と
呼ぶのには常に違和感を持っていた。
その違和感は今期から加入した小栗の動きによってより顕著となっている。
背番号8の一発逆転を狙うパスカットには波長を感じないが、
背番号9の後方を信頼したタックルには波長を感じる。
それはつまり、前者の守備は『個人技』に止まるプレイなのに対して、
後者の守備は『チームプレイ』に属するプレイだからである。
直線的な攻撃を仕掛ける『山陽シャドウズ』の
反撃の意志を受け止めながらゲームキャプテンはそんな事を考えていた。

丁寧にパスコースを立ち切る事で
攻撃のスピードを鈍らせる事を目指した守備なのか、
或いはボール保持者を一気に囲い込んで攻撃に転ずるのか、
その辺りの判断は中盤中央の引き気味に位置する矢野の判断に任される。
その際、守備陣を統御する背番号5との波長がズレる事は少ない。
逆に攻撃に転ずる場合、パッサーと動きに合わせるには一呼吸必要である。
何故なら彼は守備時には舞台には参加せず、
端っこで逆襲に備えているに過ぎないからだ。
故に木田との間に感じる一体感が皆無なのである。
その思いは小刻みなポジショニングで
相手センターバックの攻撃参加を自粛させている
背番号9の動きによって、矢野には確信出来た。

オフサイドをちらつかせる事で攻撃の鋭鋒が鈍った瞬間、
木田は長い足を伸ばして『ディフェンスの美しさ』を観衆に見せ付ける。
沸き上がるホーム側の喚声と溜め息が洩れるアウェー側の落胆。
間髪入れないフィードは背番号7へと渡り、
矢野は素早く前方を見渡す。
いた。
曲線を描きながら、急所を狙えるポジションに移動しつつある羽生を
フォローするかの様に正反対の動きをするレフティーモンスター。
8番と14番もシャドウズの死角に入り込んでいるが、
個々の発想に頼った動きでは有機的な攻撃をイメージ出来ない。

一見、安易に見えるパスは最も追加点の香りを感じさせるパスだった。


左足アウトから生み出されたボールが手入れの余地があるピッチを滑る。
屈強なセンターバックを3枚並べた『だけ』の
シャドウズディフェンス陣は3バックの構造的欠陥である
オープンサイドに突き刺すパスに対して有効な手段が取れない。
その隙をスキンヘッドな14番がダイレクトにシュートを放つ。
バーに直撃したボールは逆サイドへと流れ、
当然の様に徳宮がボールを拾う。
ゆったりとしたリズムの背中から疾風の様に掛け抜ける背番号2。
マンマーク主体のシャドウズは右サイドの緩急にリズムが合わない。
放物線を描いたコントロールショットがネットを揺らすのは、
徳宮元次郎が今期初めての得点を挙げた事を意味していた。

『守備の美しさを体現する』リベロが仕切る守備陣。
機能性とファンタジーが同居する中盤。
日を追う事にスペシャリストとトップ脇の呼吸が合い始める前線。
一見すればシュバルツ愛媛の陣容は整いつつあった。
だがそんな様子をベンチから見つめる指揮官の表情には若干の曇りがある。
まだ穴があるな。
端的に言えば『左で崩して右で勝負』と言う形は作れてもその逆は無い。
矢野とコンビを組んでる茂原は本来『使われる』アタッカーであり、
能動的にゲームに参加出来るタイプではない。
故に前線の攻守に厚味を加える事が叶わずに、
シュバルツの攻守は2次までで終了している。
さて、この先どうするか。

鬼瓦の悩みを深めると同時に、瀬戸内海を横断した薄紫のサポーター達の
溜飲を下げるシーンが現実化したのは試合終了間際の事である。
右サイドの組織の乱れを低重心のドリブルで衝く阿波踊りの使い手。
耐え切れずに警告で逃げる守備陣には、守備以外にも威力を発する
ルパン3世の高打点ヘディングへのケアが遅れた。
後味の悪い3連勝。
試合終了後の記者会見には敗者の弁のみが室内を支配していた。


肌に感じる風が次第と涼しさから寒さを増し始めた10月後半。
ようやっとプレハブ並みの陣容に昇格したクラブハウスは
貧相なりに『クラブ』としての強化を物語っていた。
チームの方も前半戦も残り1試合となったこの季節、
『ホームで魅せて、アウェーでは憎まれる』戦略を
忠実に実行していた田舎チームは、
ホームの快哉とアウェーでのブーイングを交互に浴びながら
昇格二年目にして勝ち点のロスを最小限に食い止めていた。

「武井ちゃんはスペイン語は喋れたっけ」
とても元・航空会社勤務の人間には思えない台詞が
前日の『完敗に近いドロー』の後処理に追われている
GMの口から生み出された。
「え、ええ。拙い物ですが」
前職で営業のアシスタントを経験していた彼女は
南米絡みのビジネス文書の作成にも携わっていたので、
コミュニケーションぐらいなら取れる。

「そいつは助かる。向こうの連中はこすっからいのばっかりだから、
 下手すりゃトンでもない外れを掴まされるからなぁ」
頭を掻いてぼやく金村の机には
非公式な売り込みファックスが山積みとなっている。
「隣の野球チームは開幕直後にメジャーに洩れた身体の出来てる奴を
 獲っているらしいけど、そういうのはうちも見習わないとな」
今回の鬼瓦の要望である
『戦術理解、スタミナ、ゲーム参加に優れた奴』と言う
条件をクリアする選手は残念ながら日本には存在せず、
−勿論、金銭的な条件も含めて−
従ってねずみ男はおっかなびっくりと言う態で
スカウトの網を海外に広げていた。

「実際の契約は代理人の領域だけど、全てを任すと言う訳にもなあ」
別に腕を信頼しいてない訳ではないが、
状況を把握しておかないと不安で仕方ない。
「ムダ弾は撃てんしなぁ」
市民が多数を占める先日のオーナー会議で
さんざんに絞られたGMは失敗を許されない立場だった。


 

「助っ人」へと続く。

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