『祭り』


抜ける様な澄んだ青空に薄い雲が実りの季節の到来を告げる頃、
洋駿界隈ではここ数年の宗洋には見られなかった類の
賑々しさが街全体を支配していた。
出陣前の荘厳さと重苦しさが同居した勇壮なものでもなく、
政変に伴う騒々しさと荒々しさが同居した騒乱振りでもない。
何処となく浮かれた雰囲気と華やかな衣装合わせ。
一年前は寂れた僻地に過ぎなかったこの街は
もうすぐ『収穫際』が開かれようとしていた。

「ま、こんでええやろ」
猫背の支配者が各担当者からの案を承認する花押を書類に書き入れる。
「一週間後は皆、総出やさいかに警備は頼むで。
 特に弥四郎は何しよるかわからんからな」
修一郎は左側に控える馬面に苦笑を浮かべる。
「はっ。小耳に入れました白虎隊との乱闘騒ぎの様な事になりませぬ様、
 最善を尽くします」
この所、出番のない『欲望が人間の振りをしている』
 小柄な肥満体が引き起こす揉め事の件数は既に両手両足では数え切れない。
にも関らず、否、であるからこそ彼と接触する機会の多い
圭三郎にも笑みがこぼれる。

「あいつにゃ、専属の警備をつけとけ。
 高慢ちきな白虎の連中とはなんぼ喧嘩しても構わへんけど、
 博方や羽戸川からの『客人』に無礼を働いたら困るからな」
何時の世も政治を司る者が主催する
『祭り』が不健全な理由を孕んでいるものだが、
修一郎が言い出した『金に糸目はつけずに派手にやる』
今回の収穫祭も例外ではない。

「上手く食い付いてくれれば小生の方も助かるのですが」
この所、各地域ごとの感情的な陳情に忙殺されている
洋駿の普請奉行とも言うべき丸眼鏡が口を出す。
「大丈夫や。甚・・・・・あ、いや黄海社中からの情報によると
 既に細作を下働きの人夫として紛れ込ませているっちゅう話やからな」
危ない、危ない。いくら味方とは言え情報元を簡単にばらせんわい。
何処で足がつくかわからへんからな。


「林田殿(和馬)も御精励ですな」
僧形の補佐役が隠れた目利耳聡を隠す手伝いを買って出る。
「まあ、今回は紅屋と社中もそれぞれ噛んどるさかいに
 互いに取り分を増やそうと頑張っとるんやろ」
恵有の意図に気付いた修一郎は祭りの最大出資者の名前を出す事で、
何気なく次の発言者を指名する。

「紅屋様は」
瞬間の思惑通りに太助が乗って来た。
「此度の祭りに際しては何かと融通されておられる様でして、
 我等も助かっております」
目的が目的なだけに単に平民達が陽気に騒いでお終いと言う訳にはいかない。
河州、いや宗洋でも屈指の貿易都市に蠢く不満分子を見つけて
彼等の口を通じて『樹州の勢威』を宣伝して貰わねばならない。
「ま、茶会や歌合わせで宣伝してくれれば、
 その気のある奴は食い付いてきよるからな」
修一郎自身はその方面の感性が埋没している為に
−茶道に関してのみ、多少は嗜んでいるのだが−
『上品絹の接待』に関しては女房に任せ切りなのである。

「ほんで太助よ。あっちの準備も手抜かりないやろうな」
樹州知事から黒一天軍団長の顔に変貌した修一郎が
騒々しさを隠れ蓑としたもう一つの仕事の確認を取る。
「手筈は整っております。博方へは何の苦労も無く足を伸ばせるかと」
その言葉に修一郎は頷く。
「今回は祭りの後が駆け足やからな。平九郎には御苦労やがな」
同時並行で行われる仕掛けの予算案作成に、
ここしばらくは職住一体と化している勝手方の責任者を労う。

「全くでこざいます。尤も小生の贅肉も少しは減り、
 弥四郎殿と間違われる事は少なくなりましたが」
付き合いの長さから発せられる気安い軽口と『引き締まった』と言う
印象を欠片も見出せない腹を叩く様は一同に爆笑を誘った。


謀略を仕掛ける者達が計画の進捗状況を確認していた頃、
彼等の『祭り』に取って重要な駒としなるべき連中は
その荒々しい面構えに似合わぬ『衣装合わせ』に四苦八苦の状態だった。
『黒一天』と言えば破天荒なまでの斬新さを持って
『近世の扉を叩き壊した』存在として万人の賛同を得ているが、
同時に洗練された『戦服』の存在を持ってもその名を残していた。
尤もその事を紹介する際に引き合いに出されるのは
一番頭の水際だった容姿であって、決して他の二番の頭ではない。

「弥四郎、何じゃその様態は。
 まるで芝居の悪役とやられ役を兼ね取るみたいでのん」
胴長短足にして標準を遥かに凌駕する幅の広さは
−この所、戦働きがないだけに一層顕著である−
何度も採寸の修正を余儀なくされていた。
その結果、黒一天二番頭の『戦服』は模様が様変わりし、
機能的に配備された際の黄色の縁取りは禍々しく変形して
どう贔屓目に見ても『洒落者』とは言えぬ有様であった。

「お主こそ金の縁取りがにわか僭上者みたいだわさ」
弥四郎の返答は単なる憎まれ口ではない。
権八の様態は確かに同僚よりか映えてていたが
雄渾な体格が却って威厳を損なわない程度の優美さを打ち消し、
こちらは悪い意味での『戦人』の堅苦しさを醸し出している。

「儂はこの体躯を持って奉公している身じゃから、
 いくら無骨であっても一向に構わぬ。
 そけどお主ゃ、五欲に走る有様を持って隊長に仕えとる訳ではなかろう?」
私的な立場では黒一天軍団長の呼び名は『隊長』であり、
その呼び名こそが彼等の友情を確認している。
「儂も鉄砲放ち達の差配を持って奉公しとる。
 別に恵有様みたいに謹厳実直を持って応募した訳じゃないわい」
並みの人物ならば言いよどむ場面でも、
『止まらない欲望の塊』と影で囁かれる
縦の寸法が短い肥満漢は果敢に反撃する。

「二人ともその辺りにしとけ。服飾師達の仕事が進まぬではないか」
公募の服飾会(公開コンペみたいな奴)の選考を経た連中には
幹部同士の口喧嘩を止める権限はない。
−当事者達には軽い挨拶に過ぎないのだが−
「平左どん」
とっくの昔に衣装合わせを終えた一番頭が退出しないのは、
実の所、この種の仲裁が主な仕事だったからであり
その事は修一郎自らの肝入りでもあった。


華麗な雰囲気を漂わす騎馬武者達。
常識外れの鉄砲の保有量を見せ付ける鉄砲放ち達。
身に寸鉄を帯びない軽装を披露する足軽達。
それぞれ頭を先頭に抱いての華やかな行進は、
ごく一部を除いて食うや食わずの日陰者達に取って、
華やかな祭りの主役に抜擢されるのは望外の名誉である。
宗洋暦六四六年十月十日。
この日は策謀の暗さを包み込んだ明るく華やかな
『収穫際』が執り行われた日であった。

「皆、よう似合っとるな」
確かに機能美的な美しさを感じさせる
漆黒を基調とした戦服はこの異形の軍隊には合っていた。
これまで修一郎は馬鹿騎士共が重たげな鎧を着込んで
美々しく着飾った鎧兜自体には芸術性を感じた事はあっても、
その美しさに感嘆した事はない。
「何しに行くんや」
戦はお遊びではない。平たく言えば殺し合いである。
である以上実用的でない姿格好に拘る等、無用を通り越して愚劣である。
「そやけどそんな阿呆な連中の御陰でここまで来れたんやけどな」
三本の白羽根が添えられた三角帽子を弄びながら猫背の青年は独語する。

「ま、俺のろくでもない姿格好と経歴には似合わんがな」
お気に入りの帽子の見栄え具合は、
却って行きずりの不倫で生まれたと言う暗い出生を想起させる。
それは心の奥深くに自身への劣等感をも連想させるのだが、
終生に渡り劣等感が間違った方向へ暴発しなかったのは、
−致命的な、と言う意味である−
修一郎の自制心故でなく、隣席する女性の功績だった。

「来年もこんな風な催し物が出来たらええのにな」
士農工商の枠組を取り外した祭りが生み出す情熱に
顔を紅潮させている雪香に話かける。
「そうですわね。でしたら私達もこんな風に一緒にいられますのに」
衆人監視の状況にも関らず紅屋の女主人はすりすりと肩を寄せる。
「ま・まあな」
照れ臭い事この上ないが、拒否出来る立場ではない。
「ま、なるべくお前とこんな風に一緒におれたらええけどな」
「ええ」
雪香は心底、嬉しそうな笑みを浮かべる。
例え仕事が上手く行かなくても、
それが見られるだけでも大枚はたいた価値があるなと考えていた。


 

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