休火山の多い幾つかの島の集りに木枯らしが吹き降ろす様になった頃、
その地ではトーナメント方式のフットボール大会が催されていた。
プロリーグよりも長い歴史を持ちながら、
ここ数年は同時期に開催されるユース年代の全国大会同様に観客減に悩み、
主催者側も何とか底上げを図ろうとあの手この手を策していた。
「初戦からアウェーか」
地元特産の蜜柑を頬張りながらつい先程にファックスで届いた
組み合わせを見ながら金村は溜め息をつく。
「遠征費と日程計算が大変だぁ」
北海道から九州北部までなら低料金にしてストレスの溜めない
ささやかなノウハウがある。
だが阿蘇山脈以南に関してはプライベートを含めて足を踏み入れた事がなく、
当地の印象と言えば正直に言って「通訳が必要な御国言葉」等と言う
ステレオタイプにして失礼な印象しかない。
そんなへぼGMとは対象的に鬼瓦が喜色を隠せない。
「慣らし運転の相手としても場所も持ってこいだ」
リーグカップ後に獲得した新戦力は
水谷の構想通りに左サイドで堅実な守備を見せてはいるが
所詮はアマチュア相手の練習試合である。
「相手と言うのは理解出来るが場所と言うのは?」
「ここだとちゃんとした内容じゃないで勝たないと雑音が入る。
向こうだったら結果だけ出せば良い」
「リーグ中断前、最後の試合の様にか」
前半10分で得た2度の貯金が後半の猛攻を何とか1失点で凌がせたものの、
半壊状態となった左サイドの選手達と有効な手を打てなかった
指揮官はシュバルツの歴史上初のブーイング対象となる栄誉に浴した。
「と言う事はどうでも良い授賞式の方に時間を掛けてゴールのみならず、
結果もろくに流さない各メディアに感謝しないとな」
「それでも財武と小岩井は必死にアピールするぞ」
前者は『シュバルツ担当記者』として認知されつつある筆の冴えを見せ、
後者は多角的なアプローチで着実に『シュバルツ』の名を浸透させている。
「最近、鼻が利き出した財武はともかくとして小岩井嬢はこっちの味方だろ」
「彼女は『マスコミ受けの良い』情報の味方だよ」
「そりゃどうも」
冷酷な指摘に水谷は鼻白む態を完全には隠せなかった。
「あーん、今日はどこを取り上げるのよぉー」と
小太りな広報担当が悲鳴を上げ、
「こんな試合の為に鹿児島まで来させられたのか」と
宇和新報唯一のフットボール担当記者は唖然とする。
2千人にも満たない陸上競技場で繰り広げられている光景は
漆黒のプロチームが淡い水色のアマチュアチームに一方的でいて、
それでいて苦戦する様が写し出されていた。
キャプテンマークが自然と様になるディフェンスリーダーに取って
こういった展開は寧ろ、押されている展開よりも難しいものがある。
「後藤、もう少し外側に張れ」
「大芝さん、中途半端に前に出ないで」
「柳、もう少しだけ下がって」
「遠藤さん、余り内側に絞らないで」
自分でも口うるさいとは思うが、細めに指示を出す事で
何とか切れそうになる集中力を繋ぎ合わせる様に腐心する。
その事は皆も理解しているので
プロキャリアの最も浅い木田の指示に文句を言わずに従う。
「ふーっ」
背番号5は胸中で安堵の溜め息をつく。
良かった、皆聞いてくれて。
外見の凛とした姿形の裏では不安が錯綜していたが、
幸いにも誰も謀叛を起こす気はないらしい。
一安心した木田が見上げた時計版で残り時間を確認する。
なんだ、あと30分もあるのか。
その一方で攻撃陣に取っては焦慮の度合いは益々色濃いものとなっていく。
ディフェンダーは勿論、
リーグカップ終了後からダイヤモンドに変更した中盤でも
左の由口、底の矢野、右の石居も攻撃参加が自重している以上は
大量点は期待出来ないのは理性が承知しているが
前線の3人のアタッカー達の感情は大量点を欲している。
しかし念願適って『ダイヤモンド・トップ』の位置に入った
徳宮は状況を無視したスルーパスを連発し、
人海戦術の網に引っ掛かるシーンが続出している。
フォワード登録の礒野はボールを持ち過ぎる悪癖を披露して、
互いにワントップ気味の爆撃機にボールを渡すつもりはないらしい。
結局、試合は出会い頭のセットプレーだけが唯一の見せ場となり、
漆黒のイレブン達は遠くから駆けつけたサポーター達の抗議を込めた
無言のプレッシャーを受ける事となる。
「ここ数年の空回り現象に拍車がかかっているのかねぇ」
『低調の見本の様な試合』と財武が紙面を通じて怒りの咆哮を発した三日後、
日本フットボール協会主催である新年杯に本来は管轄外である筈の
プロリーグのチェアマンが口を挟んできた。
「ふーん、『もっと観客を大切にしたプレーを心掛ける様に』か」
御丁寧にも郵送で送られた文書には持って回った
口説い言い回しを使用しての非難と皮肉の感情で埋め尽くされており、
チェアマンと友好的関係ではないねずみ男がその感情に気付かない訳がない。
「攻撃的なのが観客を惹き付けるのは承知しているが、
だからと言って実情を無視した提言はやめてもらいたいなぁ」
観客としては守備的な試合は好みではないが、
ランクスとの首位決戦で完敗して以降は調子が徐々に下降線を辿り、
数十万単位の金銭格闘に冷や汗を滴らせる現状では出来る事に限りがある。
「ま、奴は現場よりも一歩下がった位置の方が向いているからな。
残念ながら監督としては良く言って二流だからな」
先日のマイナーチェンジが不出来な結果に終わり、
新たなシステムを模索する探求心としばらくは熟成を計るべきとの見解が
攻めぎあっている指揮官が思わぬカードを提示する。
「知ってるのか?」
「日本にいた頃、一緒にドイツまで出向いてコーチ研修を受けた間柄だ」
「その割には余り仲は良く無さそうだが」
金村が見る所、水谷が避けられている風なのだが。
「あいつは研修内容よりも施設の方に心を奪われていてな。
毎日のレポートにはやれ芝がどうの、クラブハウスの設備どうので
後のプロリーグ創設に繋がる情熱はたっぷりと聞かされたよ。
尤も肝心のコーチ・マネジメントの方はさっぱりで落第寸前。
途中落第・強制帰国を避ける為に良く俺のレポートを丸写ししてたよ」
水谷は往時を偲ぶ目付きで回想する。
「ふーん、そんなに仲がよかったのに何で叉仲違いしたんだい」
「ある時、軽いジョークでドイツ語が読めないあいつに
現地の18禁小説を『重要な部分だ』と言いくるめて協会に提出させた。
すると以後口を聞いて貰えなくなった」
水谷は両肩を竦めるとわざとらしく大きな音を立てて渋茶を啜る。
「・・・落第候補生としては死活問題だったんじゃないか」
「そういや、あいつ途中から『自費参加』の扱いになってたなぁ」
「・・・罪悪感はないのか」
「ないね。後で指導教官から聞いたけどどのみち奴は無理だったんだと。
せめて同期の桜である俺が死に水取るのが武士の情けだろ?」
「死に水がエロ小説だなんて死にきれんと思うがな」
「そうか?禁欲を強いられた生活の一助にと思ったんだがな
ジョークを理解出来ない奴は嫌だね」
・・・そのセンスを理解出来る方が問題だがと思うのだが。
別に上からのお達しに反応した訳ではないだろうが、
若干、古臭いアプローチである4−3−1−2が機能しはじめたのは
この年度の新年杯で唯一、ホームで開かれた試合である。
前回まではポジションバランスに苦慮していた
両サイドハーフと両サイドハーフがようやく噛み合い始め、
守備の負担から開放された背番号8は思う存分パッサーのセンスを披露する。
登録上ではフォワードながらも実際は従来のサイドアタッカーに位置する
左利きのドリブラーも独特のリズムで敵陣に侵入する。
そして左右のセンタリングから後方から配球されるスルーパスの
タイミングを理解し始めた爆撃機が今大会、初の得点をゲットする。
「うん、なかなかイケてるじゃないか」
ベンチで見守っていた水谷も苦悩の種が一つ取り除かれた事に安堵する。
「ま、今はベターしか狙えないからな」
理想を言えば中盤を横並びにした文字通りの4−4−2、
別名チェイン4が理想だがまだまだ時機尚早である。
「あれは強者のアプローチだからな」
個性と組織が融合されたチームはこの職業に携わる者の夢見る作品だが、
現状では道具も経験も資金も足りない。
「今シーズンは10位以内、来シーズンは5位以内、勝負は2シーズン後か」
一年一年が勝負である他のクラブチームと異なり、
監督としては異例の五年契約−勿論非常識な低額で−を締結している
鬼瓦は長期の視点でチームを組み立てられる。
勿論、途中結果次第では解任が待ち受けているのは承知しているのだが。
立場上、鬼瓦のクビを握るねずみ男も叉決して安閑とした立場ではない。
「今日の結果をどうやって営業に結びつけようか」
現在のキャパではサポーターの情熱の半分も収容できない以上、
−しかもレンタルしている−
収入アップの為には更なるスポンサーを獲得せねぱならない。
「あそことあそこか」
ランクスとの完敗以降もコンタクトを絶やさないのだから、
色気はあると見て良いのだが押しのも事実である。
「何か全国にアピール出来る実績がほしいよな」
その願いは、年が変わった直後に思わぬ形で現実化する。
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