『日本海海戦』
人間が繰り広げる争いに『完璧』と言う文字が浮かび上がる事は稀である。 特に人間世界の知識が満遍なく行き渡った近代ではその傾向が強い。 今回、紹介するのはそんな『稀な』ケースである。 明治38年5月、常備兵力10:1の非常識な戦いは大詰めを迎えていた。 その前年から始まった中国東北部の戦いは極東の新興国が 小回りの効かした動きで主導権こそ把握していたが、 その脆弱な国力は既にレッドゾーンに達しつつあった。 一方、19世紀後半から東欧における騒動の主役となっていた 老大国は色んな意味ででかくなった図体を御しきれてはいなかったものの、 底力を発揮すべくバルチックの海から艦隊を回すと言う 壮大過ぎる構想を実現に移しつつあった。 老大国の狙いは敵対国が細々とした国力を輸送している制海権奪取。 敵対国の表現では日本海と呼ばれる海域である。 その情報を知った時、新興国側は大いなる危機を感じると同時に 当初からの目的である『判定勝ち』の機会が巡ってきた事を感知していた。 尤もその目的達成の手段が困難極まりなかったのも事実である。 敵艦隊の完全なる撃滅。 コンピューターゲームでもなかなかに難しい課題である。 この時、現場の指揮官に任命されたのは 舞鶴辺りの艦隊を率いていた無口な提督。 人格者と言うか、包容力のあった人物かも知れないが 閑職についている事実は能力面では信頼されていない事を物語っている。 そんな彼が任命された理由は只一つ、 当時の下馬評では本命だった人物に海軍大臣が語った一言に集約される。 『東郷は運の強い男だ』 勿論、司令長官一人で成し得る仕事など知れている。 増して日本の組織は伝統的に最上位者はどっしり構えているだけで、 実務は中堅の切れ者が仕切るのものである。 この時も伝統に従った人選が行われた。 男の名は秋山真之、 頭脳明晰振りと所構わず炒り豆を口にする 変人振りで有名な少壮の参謀である。
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