新しい年の日光が厳しい寒さを遮断している室内に差し込んでいる。
去年は曇り空での試合だっただけに金村に取って、
その光景はシュバルツの未来を暗示しているものと受け止めたかった。
−今年はあれを取りたい物だ−
ねずみ男が横目を流す先にはプロリーグが出来る遥か前より、
歴史を刻んできた由緒有るカップが鈍い光を放っている。
劇的なVゴールで歴史に名を刻んだ対戦相手の喜ぶ様が
フラッシュバックした瞬間、
シュバルツ愛媛のGMの薄くてなだらかな肩に掌が叩かれる。
金村が振り向いた視線の先には温厚そうな紳士が笑顔を見せている。
「これはこれは。あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げたのは単に目上の者だからではない。
一昔前まで唯一のフットボール紹介番組で解説者を務めた
協会会長はチェアマンとの攻防を何度も仲裁してもらった恩人でもあった。
「こちらこそ宜しく。
ところでシュバルツはリーグ戦以外でも調子が良いようだね」
「ええ、でもまぁここまで来れたのはサポーターと選手の御陰ですよ」
謙遜ではない。
何時までたってもシェア重視からクォリティ重視の経済構造に変換出来ない
不手際を押しつけられてる世相にあって熱心なサポートを続ける大勢の熱意。
偶然と幸運の要素が強いとは言え、使える選手が揃ったチーム編成。
決勝までの四試合を得点18・失点0と安定した強さを発揮したのは
彼等の奮闘である事を運営責任者は自覚していた。
「金村君はなかなか謙虚な様だ。
それを彼との間柄でも発揮して貰えたら嬉しいのだが」
『会長』と言うよりも『解説の岡崎さん』の方で認識去れ易い
男の視線には対戦相手の関係者と親しく話すチェアマンの姿が写っている。
「いや、まぁ相性等もありますので・・・」
実際には色々な利権が複雑に絡んでいるのだが
ここは大人の器量が要求される社交の場であって、
舌先三寸の活動量が要求される交渉の場ではない。
その証拠に潰した百万匹の苦虫を大量虐殺した
作り笑顔がこちらにやってくる。
「あけましておめでとうございます」
「こちらこそ、おめでとう」
互いの声には義務の冷たさがはっきりと感じられた。
フットボールの使用頻度が多いとは言え、
専門競技場ではないナショナルスタジアムは当然の事ながら
フットボールの都合の良い作りではない。
そんな訳で試合直前の重要なウォーミングアップが
コンセントレーションをかき乱す衆人環視の場で行われるのは致し方無い。
尤も一部在籍も三年目なれば選手達もある程度は慣れるらしく、
フィジコが奏でる規則正しい手拍子のみに身体を動かす様は
ホームのそれと一向に変わらない。
不心得者達が生産するフラッシュと歓声を無視しながら
選手達がロッカールームへと引き上げていく。
その後姿を眺める鬼瓦の脳中は
既に幾つものシミュレーションの絵柄が浮かんでいた。
さて、どうするか。
単純な戦力分析では二部のチームに負ける要素が無い。
しかし二試合連続のPKを制した勢いは
−相手は一部リーグの二位と四位だった−
なかなか侮れない物があった。
何度かの改装を経て清潔で機能的な雰囲気が漂うロッカールームでは
静かな緊張感が支配している。
漆黒のユニフォームを纏い、テーピングを確認し、
髪型を細かくチェックする等の外見を気遣う様子には
二年半前の昇格戦の際に感じられた過度のプレッシャーは微塵も無い。
単に元旦決戦自体が経験済みだからではない。
一部リーグを首位で折り返し、
二ヶ月前のアジアクラブカップで経験した厳しい環境は
選手だけでなく、クラブ全体に自信を与えていた。
「今日はシュバルツの歴史を作る日だ」
水谷は戦術の話は一切行わなかった。
「相手は決してこの名誉を預かるに足る器量を有している訳ではないが、
それは我々に取っては預かり知らぬ領域だ」
その口調には三日前にむずかる養女に困り果てた様子は感じられない。
「去年は『グッドルーザー』として名を残した。
だが今年は『ウィナー』として名前を刻もう」
過信に繋がり易い自負は別の義務と昂揚感で制御させるのが最善だった。
この年最初のフットボールの試合開始を告げる笛が寒い晴天の空に鳴り響く。
すると一拍の間を置いて左側に陣取った髑髏の大旗が翻り、
『おらが街のチーム』をサポートする大音量が巻き起こる。
「凄いですね」
圧倒的な迫力に貴賓席からも声が漏れる。
勿論、彼等もプロ野球の『領地』だった四国を
フットボール一色に染め上げたシュバルツ愛媛の熱の高さは知悉していたし、
実際に去年もその圧倒的なサポートも見聞している。
しかし今年は対戦相手の少ないサポート振りが
中立である筈のナショナルスタジアムを漆黒に染め上げていた。
フットボールと称される球蹴りが観客席の空気次第なのは良く知られるが、
この日に限っては圧倒的な情熱が
却ってエンターテイナーの要素を損なっていた。
「あれじゃ中々点は入らねえよ」
「だよな」
特待生二人が見つめる先には10人のディフェンダー達が
ゴール前にへばり付き、戦術でも技量でも無く
体力と根性だけで猛攻を凌ぐ相手チームの姿があった。
「どうする」
「中盤でじっくり回して相手を釣り出すか、
強引にミドルを打って、壁を破るしかねぇよ」
前年の春から集団戦術を学び始めた事を証左する
中学一年生達の会話はしかし微妙に的を外していた。
確かに漆黒の男達は中盤でパスワークを楽しみ、
ペナルティエリア手前からキック力を誇示していた。
だかその行動は斜動と称されるボールとプレイヤーの動きから発せられていた。
小柄な点取り屋が二人のマーカーと共に左斜めへと流れていく。
前線のチャンスメーカーがその動きに連動する姿勢を見せると、
右サイドのやや低い位置でボールを保持するパッサーが
サイドチェンジの素振りを見せて引き篭り達の重心を左へと傾かせる。
その瞬間、右サイドの爆風が広大なスペースを突き
ペナルティエリアに混乱をもたらす。
注意力が疎になったエリアに侵入するのは
右斜めに走り込む疲れ知らずのダイナモ。
べっぺのミドルシュートが先制点に変貌するのは当然だった。
後半10分の先制点は状況を劇的にとまでは言えなくても、
一方的且つ単調な景色に変化を与えた。
スコアレスドローによるPK勝ちを狙っていた
ユニコーンは前掛かりの姿勢を余儀なくされ、
ようやく隙を見出せる様になったシュバルツは
少しずつペナルティエリア内の侵入を果たせる様になる。
駄目だな、こいつは。
チェアマンの顔に苦虫が再び自己主張を始める。
プロリーグが開幕される『紀元前』には代表チームにも選出され、
アマチュアレベルの大会では金星を挙げる決勝ゴールも
叩き出した男が羽生の恐ろしさを感知出来ない訳がない。
おいしいスペースを見つけ出す独特の嗅覚。
ベストのタミングで動き出す状況判断力。
マーカーのチェックを巧みにいなすボディバランス。
そして鳥もちトラップが生み出す確実な得点。
もし藤重が和浦に固執していなかったら、
もし水谷への対抗心でシュバルツ勢の選出を抑えていなければ、
代表の得点力不足は解消するかも知れない。
そんな事を感じさせる駄目押し点が眼前で繰り広げられた。
カウンターからキーパーの股を抜いた一部リーグ得点王の得点。
思わずガッツポーズを繰り出すねずみ男。
栄冠を確信して翻る髑髏達。
不愉快ではあるが順当な結果があと10分程で到来する。
さて、どんなコメントでお茶を濁そうか。
チェアマンがそんな事を考えながら中座した。
シュバルツ愛媛に陳列ケースの必要性を知らせるホイッスルが
夕方の光が包み込むスタジアムに響き渡る。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
会長の祝福を金村は不思議と冷静に対処していた。
相手が各下だったからか?
いや違う。
俺がサポーター達の様に歓喜に身を委ねられないのは・・・・・・
宇和で待ち受ける『第一秘書』の冷たい対応が理解出来ないからだ。
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