『ニューオプション装備』

 


初冬の雰囲気が漂い始めた11月下旬、
シュバルツはリーグカップ最終戦を本拠地で迎えていた。
と、言っても既に2引分2敗のホームチームと
1勝1敗2引分の『アーペ博多』の可能性は無くなっていたので
『消化試合』と化したカードに関心が集まる訳も無かった。
二千人を割るまばらな観客の隙間から宿敵の復活を予感した金村には
『倒産』の2文字を感じさせる冷た過ぎる風が吹き荒ぶ様な気がした。

「GM、どうぞ」
鼻腔にコーヒーの香りが擽り、傍らから美しい声が耳朶を刺激する。
振り向いた先には必死に予算を遣り繰りして採用した
『武井 美帆』が笑顔で湯気の立った紙カップを差し出していた。
「あ、ありがとう」
3週間程前から秘書として仕事を補佐してもらっているのだが、
金村は未だにその顔をまともに見る事が出来ない。
キャリアウーマン的な知性が感じられる美貌、
活動的な印象を与えるショートカット、
スレンダーだが出る所はしっかりと出ている肢体。
世の男性の大半を振り向かせる容姿を持つ彼女は
同時にねずみ男の勤務時間を3割も減らす程の
事務処理能力を持つ有能な秘書だった。

「先程の天気予報で夜から寒気が押し寄せるそうですから
 風邪にはお気をつけください」
「ああ、今日はくしゃみがよく響くみたいだから気をつけるよ」
彼の好みに合わせた分量の砂糖とクリームが入った黒い液体を
飲み干しながら金村は洒落たつもりのユーモアを返す。
「そうですわね。お客様の関心に水を差す訳には参りませんものね」
水谷ならば「鼻水はちゃんと拭けよ。客に飛ばさんようにな」と
嫌味で返す所を彼女はあくまで金村の話に合わせる。

「え、ああ、そうだね。でも今日は・・・・・・」
「大丈夫ですわ。だって徳宮さんと羽生さんが噛み合えば
 得点は難しくありませんから後は水谷さんの名采配で必ず勝てますわ」
「そ、そうなるといいんだけど」
先日の大敗が忘れられない金村はレッドゾーンに参戦しているとは言え、
『一部』のブランドを持つチームに怯みを実感せざるを得ない。
「大丈夫、今日は勝てます」
理論的根拠はないのだが何故かその言葉を信じてしまうGMだった。


徳宮は久し振りの実戦を喜び半分、不満半分の心情で迎えていた。
喜びは言うまでもなく最初から試合に出られる事、
これでプロとしての生計が成り立つ計算云々よりも
単純にフットボールに魅せられた者としての感情だった。
一方、右サイドから見るピッチの光景は
自らが主導するゲームメイクに拘る徳宮に取っては
新鮮でもあり、不快でもあった
『何で俺が真中じゃないんですか』
試合前日のミーティングで新参者は立場も弁えずに水谷に食って掛かった。

「君はうちのチーム戦術を理解しているかね?」
「ええ、堅守速攻でしょ。ですが貴方は『ゲームのリズムを変えられる選手』
と言う事で俺を呼んだんでしょ」
「その通りだ。だがリズムを変えるのは中央でなくてもできるよ」
「?」
「私が君を呼んだのはあくまでも『攻撃』のリズムを変える為だ。
 チーム戦術そのものを変えるつもりはない」
お互いを理解していない故の白熱する双方の主張に口を挟む者はいない。

「今までの我々は不当なまでに低い前評判を有効に活用した
 速攻で勝ち点を積み重ねて来た。
 だが、前半戦を望外の成績で折り返した以上、
 これからは強力な味方は期待出来ない。
 つまりは受動的な攻撃から主導的な攻撃が要求される。
 それにはボールをキープ出来て、且つ正確なパスを出せる選手が欲しい。
 それが私が君を読んだ理由だ」
「・・・・・・」

徳宮は沈黙した。言い返せなかったからではない。
水谷が自らの構想を一言を洩らさなかった理由が読めたからである。
−この人は俺をダシにチームの再構築を図っている−
「この段階でベーシックな戦術を変更するつもりはない。
 例えパターン化して相手に読まれていてもだ。
 この期に及んで不慣れな新戦術に取り組むのは愚策だからな。
 それより相手の予測を上回る正確さとスピードを磨いた方が良い」
愛知戦以降、沈みがちだったチームの雰囲気に自信と活気が蘇る。
−ここの首脳陣は何て人の悪い連中ばかりなんだ−
この後、多くの関係者が慨嘆する事となる
金村と水谷の性格を始めに見破ったのは徳宮だった。


シュバルツの選手達がアップを始める事を告げる
アナウンスが入ると拍手がまばらに起こる。
別に観客が少ないからではない。
この日のテレビ各局がトップニュースで北海道・東北の初雪を告げたように
全国的な寒波到来は記録的なホットコーヒーの売上げを示し、
−金額的に微々たるものではあったが−
観客席ではあちこちから暖をとる湯気が立ち込めていた。

そんな観客達が驚いたのはホームチームが新布陣を
スターティングメンバ−の形で表した時だった。
移籍した徳宮が即スタメンと言うのはともかくとしても
それまでの不動のメンバーであった下田が外れ、
『スーパーサブ』だった18番が最初からメンバーに名を連ねていた。
「羽生と茂原のツートップで行くのかな」
熱心なサポーターの一人が疑問を呈する。
「じゃあ、オフェンシブハーフはと徳宮として
 サイドは石居と須田、底が矢野かな」
「でも頭から4−4−2は水谷は取らんだろ?」
「じゃあ、何か。羽生のワントップとでも?」
「そんな阿呆な。あいつはゴール前でしか仕事できないのに」
形に拘る日本人の特性をシステム論の形で表した二人の前に示されたのは
『阿呆な』4−2−3−1だった。

ワントップに陣取る18番がボール保持者にプレッシャーを掛ける。
正月まではサイドバックだった羽生は周囲の予想を上回る巧さを見せて、
奪取は無理にせよパスコースを確実に消していく。
「サンキュー」
トップ下に入っていた矢野が楽々とボールを奪い取ると、
右サイドに陣取っていた徳宮にボールを渡す。
守備時にはただ突っ立っていただけの8番はボールを持つと
華麗なフェイントと精度の高いセンタリングを披露する。
逆サイドに位置していた茂原が走り込んでワントラップ、
サイドネットに先制点を突き刺す。

この得点がシュバルツが一部のチーム相手に挙げた初めての得点だった。


動きの少ないオフェンシブハーフは
後方に陣取るサイドバックに激しいアップダウンを何度も強要させた。
これまで8割方守備に専念し、
ようやくディフェンダーらしい動きが出来る様になった後藤にとっては
『守備が疎かなサイドバック』から
『攻撃参加が魅力のディフェンダー』へと
成長した事を立証する機会を得た訳であった。
しかし微妙なタイミングが掴めていないだけに時として勇み足となり、
逆襲を食らう『諸刃の剣』ともなっていた。
−あの辺りは今後の課題か−
水谷は右サイドから崩されて同点に追いつかれた眼前の試合展開よりも
本来、彼の構想にはない『サイドバックの攻撃参加』に思いを馳せていた。

同点のままで前半終了の笛が鳴り響き、
選手達がロッカールームへと引き上げていく。
南国とは言え、冬を思わせる澄んだ空気に太鼓の音はよく響き渡った。
「由口」水谷は左のユーティリティプレイヤーを呼び寄せる。
「後半は右のフォローへ入れ」
「ポジションチェンジですか」
「違う、違う」
鬼瓦は笑って首を振った。
「後藤の攻撃参加を助ける意味で
 お前がセンター寄りに位置を修正してくれ」

「は、はい」
由口は不安気に頷く。
この地点のシュバルツには『流動的なポジションチェンジ』等と言う
高等戦術は使いこなせない。
「大丈夫だ。状況判断の早いお前なら出来る」
柔軟性に欠ける両センターバックに
こちらの意図を伝えても混乱するだけであると考えた
水谷は対面のサイドバックにだけ指示を与えた。

後半は『消化試合』に相応しい凡戦模様となり、
シュバルツに取っては右サイドアタックの試運転、
アーペに取っては主力の温存と言う以外には異議を見出せなかった。
とは言え後年に建設される専用スタジアムに隣接している
記念館には勝負を決めた後藤のミドルシュートと共に
この日の日付が特筆大書されている。
『追撃の狼煙を上げた試合』として。


 

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