『プレッシャーを愉しむ』


宗教の分厚い鎧に覆われた自由への希求心を
−最近は少しずつ緩んでいる様だが−
フットボールに託す十万人規模の野郎達に取って、
『アジアクラブチャンピオン』なる称号は
充分に代償行為となった。
「ヒュー♪」
イレブンの中では最も国際経験の豊かなジェモでさえ、
軽い口笛に怯えの心情を吐き出している。

自らのプレーには重低音のブーイングが響き渡り、
相手のプレーには野太い応援と拍手がBGMとなる。
正真正銘の『アウェー』の環境は、
『純白』の強者達に高いレベルでの意思統一を要求した。
「てめえ、ライン上げ過ぎなんだよ!!」
「阿呆ぅ!!そんなに篭ってPK取られたいのかよ」
最早、日常会話と言って良いセンターバック同士の罵り合いは
却って日常感覚を呼び戻してくれる。

「彼等の邂逅が無し得た世界が実現するならば、君は幾ら賭ける?」
「年収の出来高分全てを」
水谷とヴィムの表情にも力が抜け始める。
「結構な事だ。私ならば真澄のランドセル代をtotoに投資するがね」
「当然、『愛媛』一本で」
「いや、ガレオスの方だよ。穴の方が高配当になるからさ」
「一万円を切る一等賞金に高配当は期待出来ませんよ」
神経の太さを誇示し合う会話は、押され気味の状況には不似合いだが
二人の余裕が消え去る様子は無い。

「アル・ディアーがドイツ進出を果たした事をアッラーに感謝したいね」
一方的な攻勢は同時にリアル・ストライカーの不在に拠る
『惜しい』得点チャンスを大量生産している。
「こう言う時は田舎で良かったと思いますよ」
常に長距離移動を強いられるシュバルツ愛媛は白い戦闘衣の際には
リアリズムなカウンターをピッチと言う名の劇場に披露し、
それはイランの首都名を冠する中東随一の強豪に対しても立派に通用した。


左サイド、由口から右斜めにボールが配球される。
ワントラップで処理した徳宮がヒールの素振りで
テヘランのディフェンダー達の注意を引き付けると、
右のアウトサイドで人と集中力が薄くなった中央にボールを送り込む。
緩やかな曲線を作る動きでボールを受けた羽生は
背中を巧みに使って反則まがいのチェックを防ぐと、
−この試合のテヘランDFにフェアーなチェックなど存在しなかったが−
振り向き様にシュートを放つ。

キーパーが右足で弾いたボールは背番号14が素早く反応し、
角度の無い所から強引に得点を狙う。
角に当ったボールに反応したのはセンタリングを受ける
位置に動いていた前線のチャンスメーカー。
小栗の雄叫びが残り10分の失点に凍り付くスタジアムに響き渡り、
白い歓喜の輪がテレビ画面に大写しとなった・・・・・

「これだけで良いわ」
8割の満足を覚えたグロリアは4ヶ月前に配属された部下に
テレビのスイッチを消す様に命じた。
「わかりました、チーフ」
エリートと言うには纏っている雰囲気が緩い典型的ワスプが
自社の放送番組が映し出されている大画面のスイッチをオフにする。
「ウワとその近辺は相変らず高いわね」
濃いアイシャドウ彩られた瞼と同色のライト・ブルーの瞳には
有料放送としては驚異的な加入率の数字を写し出している。

「田舎ですから」
部下の単刀直入な返答は間違っていない。
実際、さしたる名所も心の拠り所も無い地域に取って
『オラが街のチーム』の動向に対する関心は極めて高い。
「でも単発の番組だけではウチの利益も知れてるのよ。
 ここからは如何にして他の番組も買って貰えるかが勝負なのよ」
相変らず、シュバルツ以外の利用率が底辺を這っている現状は
寧ろ、モチベーションの高さとなる。
「映画や国際ニュースで売り込むのは難しそうだから、
 やっぱりフットボール関連と言う事なるわね。
 でも日本の試合は放映権が取れないし・・・・・」

何とか利益と出世の糸口を掴まんとするグロリアの瞳は
活発な動きを見せている脳内を如実に映し出していた。


放映権を持たないテレビ局クルーに取って
スタジアム周囲の絵柄は何としても取らなければならない光景だった。
そんな訳でアウェーの地特有の冷たい視線と対応に覚悟しながら、
撮影に臨んだクルー達はしかし意外な自分達に気付かされる。
「ガレオスってこんなに優しかったっけ?」
『業界人』と称される様な軽薄感が微塵も無い
ディレクターが満開へと近付く桜の並木道をバックとした
絵柄を取りながらも疑問が抑えられない。

「何かイマイチ迫力に欠けるって感じですねぇ」
『フットボール好き』と言う治癒不可能な病魔を持つが故に
給料と友人の3割減を意味するIターン転職をやってのけた
カメラマンも違和感を禁じ得ない。
「どうします?」
こき使われる事に存在価値が見出されているADが
暗にシュバルツとリーグを覇権を賭けるクラブチームの
−そして同じ『田舎者サポーター』としてしばしば引き合いに出される−
サポーターへの接近を提案する。

「沙耶乃ちゃんはどうかな」
ディレクターが否定しないのは『面白そうだ』と思ったからだが、
決戦に向けて気持ちが昂ぶっている連中に突入させるには
リポーターの人気は高過ぎた。
「少ぉしだけ怖いけどぉ、私は別に構いませんよぉ」
それほど頭が良さそうに見えない様子までもが
タレントらしい華やかな雰囲気にマッチする
ニ十代そこそこの彼女は無知が故に仕事を選ばない所がウリだった。

「よしわかった。じゃ、あんまり刺激しない範囲でやってみようか」
勿論、ディレクターに腰の引けた撮影をするつもりは無い。
にも関らず、そんな台詞を口にするのは
テヘランで熱狂と落胆と暴動一歩手前の感情の沸騰を見聞きした
クルー達の雰囲気をほぐす為だった。

「今日のシュバルツはぁ、昨シーズンにぃ、涙を呑んじゃったぁ、
 ガレオス戦に臨んでまぁーす」
滑舌の悪ささえもがウケている『藤田 沙耶乃』がリポーターを務める
『今日のしゅばるつぅー』が始まった。


営業用スマイルを浮かべた沙耶乃は今日も一見、ピントのずれた
それでいて要点をしっかり絞ったコメントを発する。
「ガレオスはぁ、今日はホームなんですけどぉ、
 ウォーミングアップやスターティングメンバーを見る限りではぁ、
 ちょーっと動きが固いですぅ。だから去年みたいにぃ、
 まぁたセットプレーやカウンターでしかぁ、狙ってこないでしょうからぁ、
 沙耶乃的にはぁ、マエストロさんの動きに期待してまぁーす」

先月の月イチ出演で『無邪気と天才の絶妙なバランス』と
沙耶乃を称した背番号5は大一番における守備組織の構築を愉しんでいた。
無暗にオフサイドとトラップは狙わないが、
ディフェンスラインは決して下げない。
理由は主に中盤に空いたスペースを使われるのを防ぐ為でもあるが、
最近では相手チームの攻撃をコントロール面白味を覚え始めている。
選択肢を1つずつ削り取り、袋小路に嵌め込んでいく。
人の人生を破滅へと追いやる悪徳金利業者的な喜びが
皺の多い脳内に溢れ始めていた。

そんなマエストロの一糸整然とした組織の反抗分子は
何時もの様に髭面のアルヘンティーナだった。
「ジェモ!」
何時もの様に身体能力を基軸としたディフェンスを仕掛ける
背番号13の悪癖を無駄だと思いつつ叱る。
実際、そのハードなプレイはカードを貰うスレスレの所をキープしており、
累積警告を食らったのは僅かに1試合だけである。

「ケッ!!」
年齢別大会の予選時の様な凄味が消失してしまった
野瀬をブーイングのBGMと共に吹っ飛ばして
ボールを奪い取ったジェモは素早いフィードを見せる。
どうだ。
太い右腕と鋭い視線は勿論、ガレオスサポーターではなく、
キャプテンマークを巻いた端正な顔立ちに対してだった。


 

「天上の水滴」へと続く。

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