『連戦』


アジア・クラブカップ準決勝進出を知らせる笛が
半分程度しか埋まっていない宇和市民競技場に響き渡る。
「ちっとも嬉しくないなぁ」
牛乳ビンの底からは思案気な光が見える。
採算が合わない事実も去る事ながら、
この後の詰まったスケジュールを考えると頭が痛い。
「リーグカップはサブだけで戦いたいよなぁ」
勿論、そんな事はチェアマンとの不毛な論争を
巻き起こすだけなのは承知しているのだが。

「お疲れ〜」
70分でベンチに下がった羽生の声を聞きながら、
ゲームキャプテンは見慣れない記者のインタビューに応じる。
「今日のシュバルツは些か動きの連動性が欠けていた様だが」
うん、英語?。にしてはえらく詳しい様だけど。
「まだオフ開けなので完璧には合わない」
「だとすると四月のテヘランでは苦戦必至だと思うが」
40代半ば濃い顔つきに立派な口髭が自慢そうな彼は
少しだけ母国の訛りが感じられる。

「そうだね、そちらは10万人単位の野太い熱狂に色々とあるからね」
「アッラーは何時でも公正だよ」
この手の修辞を嘘と言っている様ではフットボーラーなんてやってられない。
「オフィシャルの範囲ではね」
非公式のインタビューを打ち切ると選手専用のロッカールームへと向う。
「最後に勝算の方は」
小太りの広報担当者に袖を引っ張られながらも、
イラン人はジャーナリストの本業は忘れない。
「ベストは尽くす。そうすればアッラーの慈悲とやらも受けられるかもね」

ほんの少しで良いんだけどね。


「なーんか、違うんだよなぁ」
「どこがだよぉ。何時も通りに有利な試合運びじゃないか」
常緑の芝生が使用者である筈のクラブチームと
持ち主である筈の行政団体との力関係を如実に示す競技場では、
娯楽では無いフットボール観戦中の
少年達がトップチームのパフォーマンスを論じ合う。

「そりゃ、四点取った今日の試合は勝てるよ。
 でも動きが全然重なってないよ」
「オフェンスの息は合ってるみたいだけど」
凛が指差す方角では確かに攻撃陣が五点目を予感させる猛威を振るっている。
「あれは小栗さんが上手く纏めているだけだよ。後藤さんを見なよ」
勘三郎は右サイドバックの位置を指し示す。
「あの人が上がれないのは攻守のバランスを見ているからじゃない。
 ハーフの人達が横に並んでいるだけで、
 後ろの人達との息が合ってないのを判っているからだよ」

見れば攻撃中にも関らず中盤のバランサーと後方のマエストロが、
懸命なポジション修正を行っている。
「プレッシングのタイミングがズレてる原因かな」
確かに今日は網の綻びが目立つ。
荒武者風のアルヘンティーナが警告覚悟のタックルをかまさなければ、
−実際にはチャンスを潰された相手の暴発と赤紙退場を招来したのだが−
後半戦初の失点は覚悟しなければならなかった。

「トップは代えの効かない人が多いからなぁ」
勝敗が決した後半20分過ぎにも関らずベンチが動く気配は無い。
それは怠慢ではなく、12人目以降の戦術理解の隔たりを示す光景だった。
「体力無視なら俺達も入れるかな」
完全に連動出来る訳ではないが少なくとも全体の動きは理解出来る。
「問題は何処で使って貰えるかだろ」
この年でようやく14歳となる親友の呟きが誇大妄想に聞こえないのは、
15歳以下のカテゴリーでも目立つ圧倒的な技量故の事である。

「相手はやっぱ礒野さんか元宮さんかな」
衒いもなく応じる勘三郎の顔には無鉄砲な少年らしい自信が溢れていた。


どちらを代えるべきか。
卒業式直後の開放感が世間を包む中、
消耗度の高さと持ち駒の少なさに挟まれた鬼瓦は決断を迫られていた。
再昇格組との一戦は優勝争いを演じるチームとしては
アウェーであっても3ポイントを狙わなければならない。
だが少年期における身体の急成長がしばしば骨の痛みを覚える様に
この日のシュバルツも自らの成長速度の早さに
各所で不都合が出始めていた。

鬼瓦のおっさん、苦しそうだな。
チームの追われた軋轢や含む所は下田にはない。
典型的な『張る』センターフォワードに取って
特異な得点感覚で前線に君臨する小柄な得点王が所属するチームでは
出番とサラリーが激減するのは当然の結末だった。
この場合、プロフットボーラーが移籍を志願するのは当然の事であり、
旧時代のスポーツマスコミが描く『遺恨対決』など、
双方の侮蔑を買っただけだった。

ま、でも俺は俺の仕事を行うだけさ。
精神と肉体の疲労から緩くなったプレッシングをどうにか潜り抜け、
『カウンター』と言うには大雑把なパスが
2年前までシュバルツのエースナンバーを背負っていた男に渡る。
ペナルティエリアの境界線で身体を巧みに使ったキープする下田に
容易にチェック出来ない漆黒のディフェンダー達。
彼等も少しずつズレ始めた体調の前に、
二列目以降の攻撃参加に対するケアーが疎かになった。

ボールキープ率もシュート数を上回ったホームチームが
この日、唯一の得点を決められたのはNカップ出場経験を持つ
コロンビア人だった。
素晴らしい身体能力と予知能力によって羽生の触覚が探知する
危険な地帯を消し去っていたセンターバックは
やはり『決めるべき所は決める』勝負のアヤを熟知していた。
下田のヒールパスを豪快なインステップで蹴り込む。
大きく揺らぐバーと混戦状態のゴール前。
ユース代表歴を有するミストラル得点王の御膳立ては
トゥキックとなって結実した。


首位チームの敗北を告げるホイッスルが夕日の差す競技場に響き渡る。
「今日は向こうが上手だった」
アニヲタ風のコスプレ達が勝利の雄叫びを挙げる景色に
鬼瓦は敗北感以上に奇異な感情を覚えながらも
−義娘の関係で水谷は番組名もキャラの名前も知っていたが−
冷静に、且つ誇りを失わない態度でコメントを発する。

「嘗ては自チームのエースだった選手にしてやられる心境は?」
予想通りの愚問には余裕の返答で切り返す。
「見知った選手が活躍するのは喜ばしい事だ。
 出来れば対ガレオス戦ならば良かったのだが」

『気色悪い連中だ』と勝利チームのサポーターに
−彼等の対象がチームなのかキャラなのかは判然としないが−
毒づく暇も無いくらいにねずみ男の手配作業は多い。
「うん、今日は『基地』に泊まって明日の成田で現地に出向く。
 ・・・そうだ、移動手段は東京駅までバスで直通のモノレールを使う」
第二秘書への指示を終えるのを待ってたかの様に、
内ポケットの携帯が振動を始める。

「もしもし・・・・・いや、ハロー」
イラン在住のコーディネーターからだった。
「フン・フン・フン・・・・・・イエス」
通話状態が悪いので適当に相槌を打っておく。
どうせ、向こうの旅が快適ではなかろう。
飲食物と宿と生命の保証だけ出来ればそれで良いや。

首脳陣二人がそれぞれの領域に追われていた頃、
アウェーチームのロッカールームでは激情に覆われていた。
「何であそこでパスを出さないんだよ!!」
スキンヘッダーに年上を敬う心情は微塵も無い。
「馬鹿かお前。あんな密集地帯じゃブロックされるのがオチだろうが」
「俺のドリブルが信じられないってか」
「ああ、考え無しに突っ込む阿呆に出すパスなど持ち合わせてないね」
上半身裸の徳宮が挑戦的な目付きで振り返る。

「何っ!!」
馬鹿にされたと感じた礒野が右手を振りかざして10mの間合いを詰めよる。
「よせ!二人とも」
マエストロの冷静な声が二人の火花を消火する。
「喧嘩するなら優勝パーティの際にふざけた振りしてやってくれ」
木田は自身がアルヘンティーナに対して実行した手段を告げた。


 

「プレッシャーを愉しむ」へと進む。

「鈍感」へと戻る。

プロヴィンチアへ戻る。

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