『試行錯誤』

 


開幕戦の『善戦』はチームに『俺達やれるんじゃないか』と言う
ポジティブな雰囲気を生み出した。
0−1と言う結果はともかく、内容的に一方的に押されていた訳ではない。
失点は函館の秘密兵器に拠る部分が大きかったし、
後半に関しては寧ろこちらの方が押していたのである。
「次のホームでの試合は勝てますよ」
主将の飯田は敗戦直後とは思えない明るい表情でインタビューに答えた。

そんな声を背中越しに聞きながら
水谷は苦虫を噛み潰す表情を隠し切れなかった。
彼は試合が終わった後のミーティングで選手を叱咤した。
「君達は今日の試合に満足かね?」
厳しい表情で語る監督の声に『善戦』ムードは一変した。
「べ、別に満足はしていませんが・・・・・・」
選手の一人がしどろもどろになりながらも答える。
「納得はしている。そう言うことかね」
「は、はい」
その声は選手全員に共通する見解だった。
「ふむ」水谷は頷きながら選手全員の顔を見渡す。
「君達は何の為にこのクラブに来ているのかね?」

予想外の問い掛けはいくつかの私語を発させた。
「このクラブを・・・・優勝させて・・・・
 一部に引き上げる為に・・・・ですか」
躊躇い勝ちに発した羽生の言葉にロッカールームの雰囲気が唖然とする。
「その通りだ。無論全ての試合に勝てとは言わない。
 残念ながら今の我々にはそこまでの力量はない。
 だが、14チームのリーグ戦による全26試合で
 2位以内を目指して戦う上で、何が重要なのか
 その辺りを各自でよく考えてこれからの試合に臨んでほしい」
そう言い終えると水谷は『善戦』ムードの吹き飛んだ
ロッカールームを後にした。


別に優勝候補に善戦したからといっていきなり状況が好転する訳ではない。
親会社に見捨てられた『シュバルツ愛媛』の
あらゆる意味での『戦力不足』に変化はなく、
今日も責任者が『強化』に追われていた。

「・・・・と言う訳でして、是非とも御協力頂けます様に、宜しくお願い致します」
セールストークを言い終えたねずみ男によく似た男が
深々と頭を下げる。
一方、金村に頭を下げられた方は渋い表情を崩さない。
「当方としても『地元密着』を掲げるお宅さんに協力したい
 気持ちはあるのだが・・・・・」
ああ、またかと思いつつ、
GMの耳には聞き慣れた次の台詞が入ってきた。
「何分にも今の状況では費用の捻出が・・・・・」
元々、建設が有力視されていた四国国際空港の
隣に位置する地理関係を最大限に活かして発展した
『宇和市』は予想外の展開に活気を奪われている。
今年に入って出店を取り止めるスーパーや店を畳む業者が相次ぎ、
この日、金村が飛び込みで訪れた地元の商工会議所でも
会員の確保に四苦八苦している有様だった。

「度々足を運んでくれるのは嬉しいんだが、
 こちらとしても無い袖は振れないと言うのが実情で・・・」
暗に出入りを控えてくれと催促されたが、
勿論その程度で引っ込んでいては営業など勤まらない。
「いやぁ、私としても余りお手間を取らす様な事はしたくないんですが、
 この建物の前を通るとつい会長さんの顔を思い浮かべまして」
そう言って気色悪い笑顔を浮かべる。
「ま、今後ともぽつぽつ寄らせてもらいますんで
 気が向きましたら一つ宜しく」
丁寧にお辞儀をしながら頭の中では忙しく算盤を弾いている。
−やっぱり現状の資金で遣り繰りを考えないといかんなぁ。
 と、言う事はどれだけピッチの外の
 出費を抑えられるかが勝負だな−
笑顔を崩さず、貧乏クラブの運営責任者はそんな事を考えていた。


戦力不足が喧伝されるクラブチームに取って
若手の台頭は喉の乾きを癒すが如くに切望される。
期待を受けた彼等ははあり余るエネルギーの発散も兼ねて、
半ば義務の様に(プロに義務もへったくれもないのだが)
『自主』トレーニングで汗を流していた。

「はぁ、はぁ、はぁ」
持久力を着けるランニングで先日の活躍が注目を浴びた
小柄な少年が同期の新人達に大幅に引き離され、
且つ胃の中から競り上がる物を何とか飲み込みつつも
どうにか追い付こうと前へ進もうとしている。
「解んねぇ」半周以上先に進んでいる
−つまり彼の後方に位置する−同期入団の一人が不思議そうに呟く
「何であんなのがプロとして入団出来るんだ」
首を捻りながら伴走する仲間に尋ねる。
「俺も不思議だよ。何故あの程度の選手が試合になれば
 あれだけ良い動きを示すのかが」

周回遅れの不名誉を辛うじて免れた羽生を待って、
今度はスピードを養う短距離のダッシュの反復が始まった。
ここでも、笛の音から1テンポ以上ずれたスタートと
「亀さんダッシュ」と陰で嘲笑されるスピードで
同僚に引き離されるFW登録選手の姿が目立っていた。
「あいつ、ひょっとして手ぇ抜いてるんじゃないか」
長身のボランチ志望の選手が疑問を呈する。
「そんな風には見えないけど・・・・・」
堅実なプレーが評価されている左サイドバックの選手が
息切れ寸前の羽生を見やりながら自分の判断を述べる。

「きっと彼は特殊な感覚の持ち主なんだよ」
「特殊な感覚?」
「ああ、僕には理解できない試合のツボを探し当てると言うか、
 何て言うか上手く表現出来ないけど、試合の勝敗を決める
 感覚みたいなのがあるんじゃないのかなぁ」
「ふーん・・・・」納得した様なそうで無い様な微妙な返事だったが、
彼はそれ以上、話を発展させる事はなく、
次の筋力アップのトレーニングへと向かった。


様々な問題点を抱え込みながらも、
どうにか前へ進もうとする彼等の次の試合はホーム開幕戦だった。
尤もこの国のフットボールは『野球』と言う強敵が佳境を迎える
8月に地域リーグ降格が予想される(若干評判はあがったが)
貧乏クラブに世間の注目が集まる訳が無く、
地元の有志に頼み込んだ『ボランティア』による
セレモニーはまばらな拍手で迎えられ、
取材に訪れた記者は専門誌を別にすれば、
『他に話題のない』地元の新聞記者だけだった。

試合は『フェリス山梨』のサポーターと
ピッチに指示を出す声が印象に残るものだった。
「前ー前ー」「山内ーっもっと左ー」
「フェーリースやまなしっ」トドン、ド、ドンドン
そんな太鼓の音を聞きながら水谷はもどかしい思いを禁じえなかった。
弱小チームが勝ちを拾うにはまず『堅守速攻』しかないのだが、
『攻撃サッカー』を標榜する国のリーグで監督として
飯を食ってきた身としてはレベル以上に及び腰の攻撃が気に食わない。
「ハーフタイムまでの辛抱だ」思わず口に出してしまったが、
幸い誰も低い声を聞き止めるものはいなかった。

どうにか0−0のままハーフタイムに入り、
水谷が念入りな説明でチームのバランスを組み立て直していた頃、
金村は集客数の把握に追われていた。
「3,857人かぁ」頭を掻きながらぼやく。
1部にいた頃も1万人を越える事は稀だった事を考えると
まずまずの数字かも知れないが、今は大口の補填先は存在しない。
「うーん」直営のグッズショップや委託している軽食店の売上なぞ、
値引き倒した市営競技場の使用料で消えてしまう。
「でもこれ以上お客さんが増えたら、
 今のスタッフの人数じゃよう捌けんせしなぁ〜」
新米の経営責任者は収支バランスと言う強敵に苦悩していた。

結局、試合は後半から投入された羽生の囮の動きから得た
怪しげなPKがホームチームの今シーズン初勝利へと繋がった。
「今は素直に勝利を喜びたい」
試合終了後の記者会見で述べた両者の台詞には
内容について一切触れられていなかった。

 

 

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