修一郎が歴史の表舞台に登場するまで
宗洋の歴史に『攻城戦』と言う概念は乏しかった。
それまでにも無数の攻城戦は展開されていたのだが
『士大夫同士の火遊び』に過ぎないこの島の戦史では
我々の世界における西洋の様に十数年に渡る事は無く
ごく短期間で白黒がついていた。
従って城や砦の食糧や武器の備蓄に関しては数週間の分に止まっており、
吝嗇な事情で本格的な攻城戦を仕掛ける
修一郎の頭脳はこの時代の常識を良くも悪くも超越していたと言える。
そんな評価を知る由もない修一郎は
空腹と闘志の不均衡が著しい敵勢に対する反撃を
満腹感と腹ごなし的雰囲気の満ちた本陣で執っている。
夜空を疾駆する火矢と地上の寒気を氷解させるが如き松明は
夜である事を忘れさせる様な明るさだった。
「赤、赤、青、青」
前回は作戦範囲が広過ぎて使用出来なかった
信号旗も今回は信号手の増加で充分に役割を果している。
「使い番!」
細かい命令を伝えるべく屈強な騎乗の武者を呼ぶ。
「平左に深追いは禁ずる旨を伝えろ。
違反せし場合は如何なる事情があれど処断するとな」
既に意図は伝えてあるが一方的な勝ち戦に勇み足を踏むであろう
粗忽者に備えての対処である。
「豊五、お前の予測通りや」
修一郎は傍らに控える新参者の頭脳を褒め称える。
「今宵の様な月明かりのない新月にて攻めるには良き時分かと」
怜悧な輝きを見せる眼と広く突き出た前頭部が
印象的な三十路を過ぎたばかりの男は頭を下げる。
「さて、これからはどうする」
察知された奇襲が『成功』の果実を頬張る事例は皆無である。
既に腹案は暖めているが、抜擢人事に相応しい智謀を見せ付けて貰おう。
『地位には責任が伴う』
決して勤勉とは言えない猫背の青年は
この銘句を口ずさむ事で常に自らを駆り立てていた。
「次のお天道様が昇り次第に軍使を派遣しても宜しゅうございますが、
今暫くは攻囲を続けて渋を取るのが良いかと」
戦う意志の残る相手では一定の譲歩が必要である。
「うん、それでいこう」
自分と同じ考えに修一郎は賛意を示した。
本陣の外では久し振りの戦闘に沸きかえる空気が充満している。
元来が『はみ出し者の集まり』であり、
世間への不満を溜め込んでいる連中に取っては
戦こそが自らの存在価値を示せる場である。
「まあ、俺も昔はそうやったからなぁ」
今回の攻城戦の悪評判は別に腹心達に言われなくても、
無言の空気で感じ取っていた。
「けど、俺が同じ事を考え取ったらあかんのや」
そやさかい、こいつの様な人好きのせん奴でも置いとかんとな。
傍らに控える新参者の横目でみながらそう思う。
それはまだ泡の夢に酔っていた頃の話である。
商人達の阿諛追従に囲まれていた修一郎だったが、
さすがに統治者としての責任までは放棄する事はなく、
一応、樹州知事としての業務を滞らせる事はなかった。
「うん、こんでええで」
有り余る金銭と訛りを隠す気遣いのない環境は
多分に貧乏性の気があった彼を鷹揚な気分にさせていた。
「はっ」
大規模な建築工事の裁可を二つ返事で貰って恐縮する平九郎に代わって
『人事担当者』とてしの衣を纏った恵有が一礼する。
「昨日行った試験の結果でございます」
押し寄せる就職希望者に対して、元胥吏は自らも通った登竜門を設けていた。
「ふーん、まあまあ使える奴もおるようや」
内容は官吏としての基本的知識、実務技量、並びに自己主張の論文である。
「ま、どれもそこそこの奴は平九郎の下で働かそう。
どっか飛び出ている奴は坊主殿の下で軍務の補助をさせればええ」
一騎当千の武勇の士が集まる訳でもない黒一天では
限られた戦力を有効に活かすべく、後方業務の円滑化に意を注いでいた。
「小生にはやんちゃ者を押し付けるおつもりで」
補佐役は悪趣味な服装に関する自身の思惑を腹に隠して苦笑する。
「今の所、政務は俺と平九郎の思惑通りにやってくれる奴が欲しい。
そやけど坊主殿が自らの仕事に専念させるには、
多少、灰汁が強くても煌く物を持ってる奴に補助させにゃあかんやろ
・・・・こいつの様にな」
黒一天軍団長は補佐役が最高の評価を出した
男の論文を書類の束から引きぬいた。
一般に『軍師』等と言う類の人種は頭が切れても、
その性格の悪さと謙虚の衣にちらつかせる
自己顕示欲を持って人々に嫌われやすい存在である。
従って有事にあっては重宝される事はあっても、
平時になれば権力の中枢部から体よく遠ざけられるのが宿命でもある。
尤も『己が智略を世に知らしむる事』に最大の価値観を置く
人種には完結した作品にはさしたる関心はない。
彼等の関心事は己の脳漿を刺激するに足る
『主君』に出会う事こそが運命の分かれ道なのだから。
言語化した小賢しい知恵が室内を徘徊している。
「小生が黒一天の幕下に入りますれば樹州の各地は無論の事、
博方や田松もその御前に差し上げましょうぞ」
それからは具体的に方策が止めどもなく、口中から溢れ出ている。
確かに話自体は利に叶っている。
話術も巧みであるし、もう小半刻以上喋っているのに一向に飽きが来ない。
面白い奴だ、とも思う。
だがそれ以上に黒一天軍団長の心中には『鬱陶しい』と言う
負の感情が心情を覆っている。
少なくとも恵有と話す時の様な波長の協和がこの男からは感じられない。
「如何でしょうか?」
一旦、話を切った伊藤豊五郎忠道はじっと修一郎の目を見つめる。
「悪くない話だ」
その顔に浮かんだ苦笑の表情には寧ろ同席していた恵有の方が驚いたのだが、
『ここが正念場』と考えている豊五に取っては
どう受け取って良いのか今一つ理解し難い所である。
「確かに貴殿の案に全て従うのならば
樹・勢・河の河南三州は全て黒一天の軍旗を掲げるだろう。
しかしながらそれは『全てが上手く行けば』と言う前提条件が必要だな」
「龍長様(修一郎の諱)は失敗する事もあるかと」
「相手も馬鹿ではない。私と同程度の戦の知識もあるだろうし、
それぞれの手勢にも手を焼かせる強者の十人や二十人はいるだろうよ」
わざと素っ気無い口調にしたがこれが彼の最終口述試験だった。
自らの腹案を蹴られた時にどの様な態度を取るか。
誇りを傷つけられたとしてそっぽを向く様な奴なら便利屋としてこき使う。
そうでなければ・・・・・・・・・。
修一郎の追憶を打ち切ったのは三番からの使い番だった。
「敵勢を二番と取り囲むも、尚も後ろ巻き(援軍)の要あり」
語句は簡潔にして明瞭。戦場で修辞など不要のみならず邪魔である。
「どうする?」
振り向いた先の額は賢しらな光を放っている。
「権八様は足軽での取り囲みこそが本領を発揮するかと」
さすがに新参者の立場では『混合戦術』における
指揮官としての短所までも言語化出来ない。
「騎馬組にすべきか」
「はっ、平左様以外にも打撃力は保持すべきかと」
士大夫以外の平民からも騎乗の素養にある者には
誇りを傷つけられた平左を説き伏せて騎馬戦術の初歩を教示さていた。
「わかった。こんだけ有利ならばええ実地訓練になるやろ」
いきなり勝敗を決する場面での出番と言う訳にもいかんからな。
一番は主将の高速移動に重量の嵩張る鉄砲組が動きについて行けない。
二番は足軽組が鉄砲組の『お守り』と化している。
そして三番は騎馬組が打撃力を発揮できない。
「まだまだ机上の空論やな」
あの時は妙案に聞こえたんやけどな。
「畏れながら、三軍の指揮と一隊の指揮は別物にこざいまする」
足軽・騎馬・鉄砲を均一の割合で振り分けた戦闘集団を編成する。
そして実際の戦場では各戦闘集団の隙なき連動で勝利を得る。
騎士同士の一騎打ちが幅を聞かせた時代に
『集団戦』の極致である『諸兵科混合』を思い付く辺り、
豊伍の脳漿も時代の先を走っていたと言えよう。
「そやな。使われる方は一芸があればそんでええけど使う方は茶だけでなく、
唄も踊りも生け花も出来へんとな」
茶以外に関心のない無粋な男は『雅道』の深奥に潜む
『幽玄』を理解出来る訳もなかったが、
自分がそのに達せそうにない事だけは理解していた。
「仰せの通りに」
仕えて日の浅い『軍師』は僧形の『補佐役』の様に機知では応じられない。
これは人間としての幅も去る事ながら役割の違いでもあった。
|