小柄で小太りなセンターフォワードな紙面を独占し、
細身でクレバーなセンターバックが久方振りにボランチを経験し、
太いもみ上げのプロコーチが手駒不足による鬱憤を少しだけ晴らし、
そして運営責任者の頭痛の種が少しだけ回復したあの日から半月後。
一同の所属する四国唯一のプロフットボールクラブ・シュバルツ愛媛は
リーグ再開を告げる試合を『ホーム』で迎えた。
小学生低学年と思しき子供達が
全国区への第一歩を踏み出した『爆撃機』に群がっている。
純真な瞳で見つめられた羽生は舞い上がり、
それでなくても支離滅裂な『講義』が最早日本語の態を成していない。
不思議な事に隣にいるマエストロはプレー同様に解決の糸口を見つけ出し、
さながら難事件を鮮やかに解き明かす名探偵の風を醸し出している。
「いや、見事なものだ」
『手入れ』と言う概念のないピッチの端で冷や冷やしながら
様子を見ていたねずみ男はバランスの取れた
『フットボール教室』の様にひとまず安堵の溜め息を降ろす。
「こう言う所で頑張らんとな」
リーグ再開を告げる試合を翌日に控えたにも関らず、
彼等は宇和から半日近い所要時間のかかる坂本竜馬の故郷に所在している。
別に試合の勝敗を放ったらかしてまで営業活動に邁進している訳ではない。
「GM、明日の記者会見の設定、どうします?」
背中から慌しい足音と共に広報担当の声が聞こえる。
「そうだな。明日は『初心者』が多いだろうから仕切りは細かく頼むよ」
大まかな指示だけ出して詳細は担当者の裁量に委ねる。
そうしないとへぼGMの墓には『過労死』の文字が特筆大書される。
「プロ野球の方は心配しなくてもいいんですかぁ」
この時期のフットボール界は日本最高の人気を誇る
『野球』のキャンプイン情報に一喜一憂する立場である。
「構わねぇよ。どうせ担当者以外、週末は皆宮崎だろ。
悪意を持っている奴等まで考慮する必要はない」
「わかりました。じゃあ招待のプレスリリースは地元だけにしときますね」
『生き別れた羽生の姉貴』と口の悪い連中に囁かれている程に
そっくりな体型である小岩井女史は金村から去って行く。
ややれやれ、宇和ならこんな手探りの準備に追われなくても良いのに。
頭を振りながら愚痴る金村だった。
それまで暇を持て余していた自称スポーツマスコミ達が
かつての新婚旅行のメッカへの地へ出向いた2月の初旬、
日向灘を隔てた地では肌寒い雲が天を覆い、
お世辞にも観戦日和とは言えない肌寒い寒風が高知に吹き荒れている。
それでも年に1度の『フットボール公式試合』ともなれば
観客席もそれなりに埋まり、選手のやる気を高める
試合前のざわめきも決して少ないものではなかった。
如何に野球以外のスポーツが不毛であったとしても
身近のプロスポーツクラブには郷土愛に似た感情が沸いてくる。
ましてテレビやインターネットを通じて昇格一年目で活躍する様を
知悉しているとあれば。
『準ホームタウン』とか言う珍妙な制度によって
本拠地から離れているのに主催者扱いされている
クラブチームの監督は手拍子を叩く音を左の耳で捕らえいる。
「良くやってくれてる」
オールスター後に得た臨時ボーナスは人件費へと変貌した。
と言っても対象は選手ではなく彼等を支えるスタッフの方である。
それまで悪友同様に超人的な仕事量をこなしていた水谷には
差し引きプラス1の増員が行われ、その一人がこれまでにも
『ボランティア』で仕事を手伝ってくれた『真崎 辰則』である。
「やり方知っているだけに心安いな」
トレーニング論に一家言持つ二人の見解は完全に一致している訳ではないが、
それでも気心が知れている人物には仕事を委ねても不安はない。
そんな思いを持ちながら右の耳はアシスタント・コーチの提言を捉えている。
「スタートはダイヤモンドで縦のプレッシャーを強めますか?」
影の薄かった前任者が二部リーグの監督として転任し、
風車の国からの伝手を頼って採用した
『ヴィム・ヴァーレフ』は早くも日本語を使い始めている。
「そうだな。グラウンド状態を考える現実主義を採用せざるを得んよ」
その言葉に飛びぬけた長身と金髪碧眼が印象的なオランダ人は眉を雲らせる。
「君の胸に宿るアタッキング・フットボールは今は眠らせておけ。
理想は現実の舞台が整った後で良い」
後年、世代交代の繋ぎ目に苦しむヴィムが何度も繰り返した警句である。
プロリーグ創世記には優勝経験もある強豪・横浜エステーラに取って
この試合は自らの立場が『強豪』から『古豪』へと
落ちつつある事を認識する場だった。
嘗ては日本を代表すると目されたゲームメーカーとドリブラーは
ピークを超えている事を露呈する緩慢な動きに終始し、
個々の身体能力に頼ったディフェンスは
数値では勝負にならない爆撃機の質の高い動きに翻弄される。
そして前線と守備陣の負荷を一心に背負う中盤では
事実上の戦力外通告を受けた選手に好き勝手に支配されている。
入団した当初はボールをキープする事さえままならかった
パッサーは落ち着いて回りを見渡して
悠々とタクトを振るえる現状に寧ろ哀惜の念を感じていた。
何だこいつ等。本当に手の届かないと思わせた連中かよ。
昨年に対戦した時はまだ手強さを感じさせたが、
親会社のコスト削減による定期的な主力選手放出は
想像以上にこのチームの『基礎体力』を低下させていた。
前線に貼りつくだけのオフェンス陣。
身体能力だけが頼りのデイフェンス陣。
そして彼等の穴埋めの為に毎試合、獅子奮迅の働きを要求される中盤。
この先、キツイだろうな。
そんな事を考えながら、スルーパスのタイミングを伺う背番号8に対して、
在籍時は同期だと口にする事すら憚れた
ボランチが懸命にプレッシャー仕掛けてくる。
その動き自体は悪くないが
残念な事に『チーム』として連動せずに単発に止まっている為に
徳宮は余裕を持ってボールキープ出来る。
左半身で巧みにブロックした徳宮は数十秒前まで彼が位置した
スペースにさり気ないパスを配球する。
瞬間、観客席がどよめくが彼に取っては然程困難な事ではない。
さて、フォローに走るか。
どうせ羽生が決めるだろうけど。
『何気に急所を突いたパス』との評が現実化されるのは
徳宮とウマの合わないスキンヘッダーの動きだった。
逆サイドまで進出して不得手な右足でのシュート。
代表正キーパーが懸命に弾くも、
その後が緩慢では爆撃機の『半径5mの動きの速さ』を持って
しっかりと詰めていた。
この得点が彼等の落日の始まりを満天下に告げる狼煙だった。
試合終了直前から教競技場に吹き荒れた冷たい風は
横浜関係者に自らの凋落を実感させた。
代表経験者を揃えた筈のデイフェンス陣は3度に渡ってゴールを割られ、
ワントップに待機したセンターフォワードと後方に位置していた
特権的ゲームメーカーに見せ場が訪れる事はなかった。
「本当に彼等は強豪なんですか」
事前に渡された資料で今日の対戦相手が
『チャンピオンチームの宿敵』であると聞かされていた
アシスタントコーチは驚愕の念を隠せない。
「ああそうだよ。但しこの試合の始まる前まではね」
自らの不甲斐なさに腹を立て、
遠路はるばる駆けつけたサポーターに挨拶もせずに立ち去ろうとする
代表正キーパーを見やりながら鬼瓦は頷いた。
中断期間中のお茶を濁した様な外国人選手補強から見て
勝算の高い事は予感していたが、
正直ここまで弱体化しているとは想像の外だった。
「親会社同士の合併も効果なしと言う事か」
シュバルツの前身であったチームの親会社は
今日の対戦相手のメインスポンサーの一社でもあり、
その因縁が今日の『準ホームタウン制』の採用に繋がっていた。
「となると、あの『典型的ニッポン人』はまだマシな部類なのか」
口と性格の悪さは既に救い難いレベルに達しているが、
仕事自体は制限の多い状況の中、良くやっているのではないか。
その事実は渋々ながら認めざるを得ない。
「ふん、これで暫くは極悪マフィアの主張は抑えられるな」
試合後の記者会見の設定でごった返す舞台裏でねずみ男は呟く。
「さて、次は何処から資金を調達しようか」
再開戦の快勝が前半戦の様な快進撃の再現に繋がるとは考えられない。
クラブとしての総合的な戦力は依然として降格線上のレベルであり、
その点に関しては遺憾ながら『極悪マフィア』の手腕を認めざるを得ない。
脳裏に幾人かの顔と企業名を思い浮かばせた金村の肩を誰かが叩いた。
「?!」
振り向いた先は嘗ての上司であり、現在は横浜の強化担当者だった。
「どうだい、この後」
「ワリカンなら」
日帰りのつもりだったが、その疲れた表情に頷いてしまう金村だった。
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