『新戦力』


身体の奥深くに眠っていた稀有な才能が目覚めた
どんぐり眼の得点王はこれまでにないプレッシャーを感じていた。
な、何だこいつ。
端正でよく整った顔立ちからは深い知性の彩りが感じられ、
初めて見た時はとてもフットボールの選手だとは思えなかった。
だが、他の『自由契約選手』達との入団テストでは
『カレッジカップ』優勝メンバーの経歴に恥じない抜群の力量を示していた。
身体能力系のテスト数値は傑出していた訳ではないが、
細身ながら手入れの行き届いた身体と洗練された身体の使い方は
寧ろ羽生にフットボーラーとしての能力の高さを予感させた。
その羽生でさえ驚いたのはそのテクニックの高さである。

センターバックがポジションだと聞いていたが、
両足のキックの正確さは徳宮さんでさえ歩を譲る、と思った。
40メートル先の的を正確に狙えるキック力と精度の高さ。
しかもボールのスイートスポットを巧みにずらして
緩いチップから刃の鋭さを連想させるカーブの切れ味。
これならサイドチェンジは勿論、後方からゲームを作れるのでは。
その疑問は間隙を突いた攻撃参加とディフェンダーらしからぬ
華麗なステップワークで確信へと変貌した。

だが二部得点王は大学ナンバーワンリベロの呼び声高い
木田将人の全ての価値を理解していた訳ではなかった。
圧倒的な力量の違いに霞みがちな他のテスト生達に混じって
途中から参加した実戦形式のゲームでは
『ディフェンダー』本来の守備能力をまざまざと見せつけられた。
読みの鋭さとポジショニングの良さは長い足でのパスカットと
打点の高いヘディングと言う形で表れ、
『爆撃機』は未だに得点する所かボールに触れる事さえ叶わない。
さらには即席のディフェンスを巧みに統御する天性のリーダーシップ。
まさかオフサイドまで取られてしまうとは。
『こんな奴、敵に回して点なんか取れっこねぇよ』
羽生は昔、雑誌で読んだガリシャの入団テストに対する
エピソードを逆の立場で思い出していた。


右サイドから独特のリズムでボールをキープしつつ、
チャンスを狙う老獪なチャンスメーカーに気を配りながら、
木田は名前も知らない『同僚』に的確な指示を飛ばす。
「25番、もっと左」
「41番、向こうの7番マークして」
自身は危険極まりないストライカーをマークしながら
背筋を真っ直ぐに伸ばしたプレーには気品さえ漂っている。
そんな様子をプレハブ以下のクラブハウスの二階から
眺めていた金村は満足な笑みを浮かべる。
彼はテストを始まる前から既に具体的な入団交渉を始めていたのだが、
その行動が先走った物でない事に満足感を覚えていた。

「お前、何であいつに入団テストを受けさせた」
真澄の養父が怪訝そうに尋ねる。
「あいつだったら誰も文句は言わねえのに」
「物事には手順と言うのがあるからな」
「年俸を抑える為のか」
「どうして金銭絡みの話になるんだ」
「図星だろ」
「・・・・・・」
『赤貧、洗うが如し』を地でいく財政状況を言い当たられた
GMは元々整っているとは言い難い容貌をさらに歪めた。
「・・・数年後には金の卵達が孵化する筈なんだ。それまでの辛抱だ」
金村は自分に言い聞かせる様に呟く。
「ま、そうなればチェアマンの見識を褒め称えるべきかな」
「違うな。理想主義者の大いなる欠点が露呈しないだけだ」
先日の経営者会議で『特例延長措置』を一蹴された
金村は以来、嘗てチェアマンと丁々発止のやり取りを交わした
某大手新聞の名物社長に妙な親近感を抱いていた。

そんな大人達の思惑を一身に背負っている事など、
露ほどにも自覚していない少年達は激しいマッチアップに魅入っている。
「すげーな、勘三郎」
12歳以下の少年チームに潜り込んだ悪ガキコンビの一人
『山崎 凛』が悪友にして盟友である『小野寺 勘三郎』に尋ねる。
「・・・・・・うん」
凛の隣にはいつものやんちゃな悪ガキは存在しなかった。
−マジかよ。羽生さんと同じ感覚を持っている人が存在するなんて−
勘三郎は自分だけの楽しみを覗かれた不愉快な感覚に襲われていた。


羽生達也と木田将人。
その後、何度も繰り返される事になる『試合より厳しい』
ハイレベルなマッチアップは見物人達の目を釘づけにしていた。
しかし、その美味な果実を味わうべき指揮官の顔色に冴えは見受けられない。
否、寧ろ昨シーズン終盤に顕著になっていた
『持病』の進行具合は彼の胸中に不安をよぎらせていた。
「なぁ、もう一つ補強したいポジションがあるんだけどな」
右サイド際に囲まれて苦闘する徳宮を眺めながら、
鬼瓦はねずみ男に更なる選手強化を要請する。
「『レフティ・モンスター』なら千葉に取られたんだがな」
アマチュア時代からの脈々と生き続ける人脈は金額以上のハンディだった。
「確かに第一志望は彼だが、1.5列目でこそ光り輝く才能は
 両方の翼が揃わないと宝の持ち腐れだからな」

昨シーズンの終盤戦、シュバルツは徹底した右サイドアタックで
豪快な『捲り』を披露して大番狂わせを演じた。
一般誌は勿論、専門誌までもが『企業スポーツからの脱却』として
諸々の実態に目を瞑ってその快挙を大いに絶賛したものだった。
「徳のパスと後藤の上がりを絡める事でサイドを崩してセンタリング。
 二部ならこの約束事一つで何とかなる。
 でも一部の猛者達は左にプレッシャーを与えてバランスを崩してくるぞ」

「茂原と坂田じゃ駄目なのか」
「茂は右利きだから左のプレイは不得手。
 坂田は由口のパスに感応出来ていない」
確かに短期間で連携が確立した右に比べると左の不恰好さは、
ユーティリティプレイヤーのセンスを埋もれさせている。
『観戦暦一年ちょっと』の金村でさえ
目を覆う様なシーンに出くわしたのも一再ではない。
「・・・・ふーむ、気持ちは判るがもうめぼしい奴はいないぜ」
「徳の時みたいなレンタルは?」
「一応の打診はしたがこの御時世、
 どこもギリギリの人員しか雇わんもので各方面から丁重に断られた」
「・・・・そうか」

話が途切れるのを見計らって『契約社員』に昇格した秘書が、
氷の溶けたコップを下げる。
「・・・テストは今回限りか?」
「そのつもりだったが、一人だけ遅刻した奴がいる。寝坊したんだと」
「太々しい奴だな。・・・・そいつ、何て名前だ」
「『礒野 孝洋』。出身校は仮面ノリダーと同じとこだが、
 ちゃんとしたレギュラーで全国大会で優秀選手にも選ばれている」
「ほう、エリートじゃないか」
「だがガキの頃からちやほやされていたせいか、えらく手の掛かる奴らしい。
 良く言えば天衣無縫、悪く言えば単なるトラブルメーカーだとさ。
 スポーツ推薦で入った大学を『波長が合わん』と三日で辞めて、
 その後はスペイン放浪。幾つかの三部リーグを渡り歩いていたらしい」
「そいつは面白そうな奴だな」
水谷は何故かその男に関心を惹かれた。


白熱したミニゲームが佳境に入りつつある頃、
クラブハウスの入り口では荒い息と共に
乱暴にオフロード用の自転車を乗り捨てる男がいた。
黒豹を連想させる精悍な顔立ちには不似合いなスキンヘッドは
本人の志向ではなく、金髪で厳格な実家に戻った罰だった。

「まだ間に合うか」
披露困憊の足を動かしながら練習グラウンドらしき所へと向かう。
「まだ入団テストはイケてますか」
ティーシャツに半ズボンの風体のコーチらしき30代の男性に尋ねる。
「名前は?」
カレッジカップMVPの肩書に相応しい力量の前に
引退して良かったと安堵していた前キャプテンが問い直す。
「礒野 孝洋。今日は寝坊して遅れました」
普通は詫び言の一つぐらいは言うものだが、この男にそんな発想はない。
「・・・後はミニゲームが5分程度残っているだけだが」
不作法には不機嫌な声で報いた。
「そんだけあれば充分です。じゃっ」
肩にぶら下げていたスパイクに履くとピッチへと出向く。
「お、おい」

右サイドの『交通渋滞』を整理するべく、
ボールを返して貰った矢野は相変らず配球先に苦慮していた。
くそっ、動き出しが遅い。
それにあの体勢じゃまたあいつにカットされちまう。
そんなバランサーの眼にライン際を駆け上がる選手が写った。
由口?いや、違う。誰だあいつ
「そいつも入団希望者だ!」
引退したばかりの新米コーチが大声で知らせる。
ふぅーん、じゃボールを出してやれ。
意地悪してかなり前方に出したつもりだが、
爆発的なスピードで余裕で追い付いてしまう。
「さ〜んきゅ〜」
左足でワントラップすると躊躇する事なくペナルティエリア内に切れ込む。
「ほう、良い度胸している」
二階から見ていた水谷が思い切りの良さを賞賛した。

飛び入りが左足一本のタッチで披露する
鮮やかなボールコントロールと緩急をつけたスピードは
テスト希望者3人を一気にごぼう抜きした。
「やばっ」
木田の注意が一瞬外れる。
「!」
その瞬間、羽生が動き出しを始める。
「ほい」
その瞬間を見計らったスキンヘッダーは
詰め寄るキーパーとフォローするリベロを嘲笑うループパスを配球する。
羽生がプロの意地を見せつけた得点は磯野の合格証明書でもあった。

6月の初夏の太陽がようやく夕陽へと変わる頃、
真澄を連れて上機嫌な鬼瓦が駐車場へと出向く。
「今日は良いテストだった」
後は金の工面だがそれはあいつの仕事だ。
俺は自分の仕事を遂行するだけだ。
そんな鬼瓦の目に写ったのは・・・・・
乱暴に乗り捨てられたオフロード用の自転車に
激しく傷付けられた愛車の姿であった。

後日、磯野の契約書の項目に
月賦支払いの件が書き加えられたのは
紛れもない事実であった。


 

「ヴァイス・シュバルツ」へと進む。

「新たな扶養家族」へと戻る。

プロヴィンチアへ戻る。

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