冷静な視点で見た場合、黒一天と三田衆の総合的な能力に大差はない。
確かに組織としての訓練度は前者が上回るが
個人の先頭能力でいけば構成員全員が一定の経験を持つ
後者の方に軍配が上がるだろう。
従って宗洋暦645年12月20日未明に始まった
『大零山襲撃』の勝敗の分かれ目は
どれだけ黒一天が組織的行動を保てるかの一点にかかっていた。
樹州のみならず、河南全域に悪名を轟かせる本拠地は
慣れない迎撃の準備に戸惑う空気と千載一遇の好機に燃え立つ空気が
ぶつかり合って複雑な喧騒の雰囲気を生み出していた。
「次は三郎兵衛達の出番じゃ」
「おう!」
不精髭が似合う屈強な男達は総領の指名に奮い立ち、
勇ましい掛け声と共にがに股で出向いて行く。
そんな様子をこの場に不似合いな美麗な甲冑を纏った
中年の騎士が心配そうに見つめる。
「大丈夫かの」
『玄武隊』は粘り腰は過去の手合せで充分に把握している。
「ご安心あれ監軍使殿、あの様な下賎の輩など
我等の腕っぷしの前に一捻りじゃわい」
「ふむ、しかし奴等は鳥脅しの扱いに長けておるぞ」
「ははっ、あれは弱き葉武者共が使う道具でござる。
奴等が蟷螂の斧を振るえるのも火縄が朝露に濡れるまででござるよ」
彼等は黒一天の大半が天候に左右されない
『燧石』を使用している事実は把握していない。
「だと良いがの」
総領の楽観的な態度は脳中に危険信号を発していたが
小室から出向いた監軍使は口には出さなかった。
何、所詮は捨て石である。
あの連中に勝てとは言わぬが共倒れになればそれで良い。
良く整った薄い口髭を蓄えた上唇に皮肉な笑みが浮かんだ。
二度目の襲撃も一度目と同様に熟練と知恵に支えられた
黒一天の組織行動能力の高さを立証する形となった。
連携と速度で人数不足を補う平左の騎兵達は
小汚い『魚』達をすくい損ねる事なく味方に伝達し、
熟練の銃士達は巧みな狙撃で三田衆のやる気と削ぐと同時に
それでなくても緩い統制をさらに乱す。
そして新兵で固められた鉄砲兵達は異能の才を持つ現場指揮官の采配で
自覚もないままに戦果を上げていた。
「次の連中の出立後が勝負でさ」
権八が配下に標高三十尺にも満たない小山の山頂への襲撃を告げる。
「弥四郎や平左どんもそろそろ疲労が溜まることでさ」
如何に僚友達が奮戦しようと緊張と疲労に責められている身体が
万全の集中力を長時間に渡って保てるとは思えなかった。
「どうやら凧の糸も切れなんだ様だし、
ここいらで黒一天三番もお披露目に上がるとすんべさ」
季節はずれの薮蚊に刺された巨体を地に這いずらせつつ
権八とその配下達は前進を始める。
頭にへっぽこ芸人達が描いた図面を描き出しつつ。
戦闘に参加せず、状況確認に専念していた
甚助配下の目利き耳聡達が思わぬ獲物を見つけたのは
二度目の襲撃を撃退され、撤退していく三田衆達を眺めていた最中である。
「何だあれは」
鈍い光を放つ甲冑はどう見ても追いはぎで取った代物ではない。
「衣装が調和してないげな」
関中にあってはさして目にも止めぬ無個性の装飾も『手入れ不充分』との
見えない文字を全身に塗りたくった野盗達にあっては
死神の寵愛を一身に集めるかの如き自己主張を発していた。
「頭に伝えっか」
泥と汗に塗れた男達の半数は音もなくその場を立ち去った。
「そいつらにゃ大入り袋をやらんとな」
甚助からの報告を聞いた猫背の青年は僅かに顔を綻ばせた。
「では平左殿はこの地点に」
綿密な頭脳を持つ僧侶が地図の一点を指差す。
「そうや、あいつも騎士の血が騒いどるやろ。
監軍使殿直筆の『群青鮫』の捕り物語は御館様の好む所やで」
修一郎は皮肉な笑みを浮かべた。
大零山から川瀬にかけての生と死の遣り取りの雰囲気は
裏側の警護達にも伝わり、自然と五感が注意を振り向けていた。
「くそっ、こんな所でおらんと儂も参加したいもんや」
「ほんまや、あの連中に正義の鉄槌を食らわしたいのう」
修一郎と同郷なのだろうか、聞き慣れた丹州弁が耳に入った
権八は至近距離の草叢の下で頬を僅かに緩める。
−ま、すぐに出向かせてやるでさ。但し、現世に足は付けてはおらんがの−
権八が愛用の鉄の六角棒を振り上げた瞬間、
彼の周囲で殺戮と激情の炎が吹き荒れ、
一瞬にして見張り達の生命を焼き尽くした。
『迂回奇襲は目標に接触するまでに気取られぬ事こそが肝要であり、
それさえ果せば成功の果実は食せたも同然である』
百年以上の歳月を経て作成される仕官学校の教本に
必ず記される成功例を最初に確認したのは、
博方経由の遠眼鏡で山頂に土煙が舞っているのを確認した修一郎だった。
「上手く回り込めたようや」
「平左殿は何時出しますか」
混乱した敵陣を衝くのは騎兵の仕事である。
「権八が総領を仕留めてからや。狼煙が上がり次第、
弥四郎に『伍』を指揮させた上で連動させろ」
「はっ」
「それと平左には群青鮫は必ず生け捕りにと伝えろ。ええ銭になる」
この島では騎士が生け捕りになるのは恥ではなく、
槍試合の掛け金を支払う感覚で莫大な身代金を支払っていた。
大零山の山頂では巨漢が殺戮の暴風を周囲に撒き散らし、
周囲に群がる配下達も熱に浮かれたかの様に死者を大量に生産する。
「総領は何処ぞ。いざ尋常に勝負せよ」
断末魔と咆哮が響き合う戦場音が満ち溢れる場にも関らず
その声は戦場を圧し、黒一天三番の全ての注意が最大の獲物に注がれる。
「いたぞ、こいつじゃ」
誰かが大声で雑人に変装して逃げ去ろうとする総領を発見した。
「やれっ!」
刺殺専用の短刀衆が竹把と六角棒の援護を受けて一斉に群がる。
一瞬後に野獣の如き呻き重低声が人群れから響き渡った。
「首は取らずに早速に狼煙を上げろ!まだ負け犬共の後始末が残ってるでさ」
権八は一仕事終えて疲労困憊の気分に陥りつつある配下をさらに
戦働きに向かわせるべく枯れた大声で素早く次の指示を出した。
我々の世界で活躍するサラブレッドとは似ても似つかぬ
ずんぐりとした小型の馬が平地を疾駆している。
平左率いる騎馬隊が一斉突撃をかけた瞬間、
樹州のみならず河南全域に悪名を馳せた『三田衆』はこの世から消滅した。
統制も指揮官もいない彼等は関中から逃げ去った端武者の集まりに過ぎない。
そんな『戦闘』と言うより『虐殺』の場と化した地にて
一番頭は必死に獲物を探し出す。
−どこだ。群青鮫は−
真っ当な騎士ならば逃避に際しても変装などせずに堂々と立ち去るであろう。
平左は血生臭い『儀式』が続く場は無視してひたすら獲物を探した。
騎士の姿をした多額の身代金を見つけたのは二番頭の方だった。
重量のある火縄銃を安全となった陣地に後送して
『伍』を再編成した彼は戦場に到着するのが遅れたが、
それが隙を見計らっての戦場離脱を目論む監軍使を出くわす幸運を招いた。
「当てるなよ。殺しちゃ値段が下がる」
人命を値段を付けるのは人道に反するが、
膨大な借用書の前には人間としての理性は眠っていて貰う。
「放砲!!」
威嚇射撃を発した弥四郎の目には発見された事で
可能性の無くなった事を認識した絶望の表情を浮かべる
端正な顔立ちがあった。
「貴殿の姓名は?」
馬上から平左が訪ねる。
目に殺気はない。既に周囲は騎兵達で取り囲んでおり、脱出は不可能である。
「・・・・黒一天とやらは礼儀を知らぬのか?」
全てを悟った群青鮫の監軍使は馬上から名前を尋ねる非礼を咎めた。
「これは失礼」
悠然と馬から降りた平左はまず自己の名を告げる。
「小生は黒一天一番頭・北宇智平左衛門光勝。貴殿の姓名は」
「我が名は西本十郎兵衛則時。
貴殿の様な食う為に郷士輩に頭を下げる
騎士の誇りを知らぬ御仁に捕まるとは残念だ」
「・・・・俺があの方に頭を下げるのは面白い戦のやり様が好きなだけだ。
それに俺自身が食えない平騎士の身分に些かの未練がない」
平左は勝者の特権である敗者を見下した視線で見ながら敗者に止めを刺す。
「我々が関心あるのは貴殿の生命と身代金だ。誇りや哲学に関心はない」
顎でしゃくりながらも傲然と言い放った。
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