どんなチームだって年間を通じて大敗や完敗を喫する時がある。
『降格決定済』の烙印を押されながらも14チーム中5位の好位置にいる
シュバルツ愛媛の場合、尤もタイミングの悪い時にその試合が訪れた。
リーグカップ初戦、この年、コレクティブなフットボールで猛威を振っていた
『フォルテ愛知』はアウェーでも容赦のない攻撃を繰り返している。
鮮やかなフラットラインを組んだ4−4−2は
統制の取れたプレッシングで漆黒のユニフォームを容赦なく絡め取る。
若さと勢いに弾ける両サイドハーフは一対一のみならず、
数的不利を物とせずに深々と敵陣をえぐっていく。
そしてファンタジーに溢れる前線のツートップは
巧みな動きでマークを外して決定機を演出していた。
「うーん」
戦況を見つめる水谷の顔色は冴えない。
リーグカップの組み合わせが発表された地点から練り上げた
ゲームプランは全く機能していなかった。
矢野をトップ下に上げてボールのキープ率を高めると同時に
外側のボランチをディフェンシブハーフとして中央でコンビを組ませる。
逆にワントップの後方に位置させている二人のアタッカーには
サイドに張り出させて少しでもプレッシングの網から逃れる。
システム的には4−3−2−1から4−2−3−1への変更だったが
黒幕との確執からフランスを事実上追放された
ヘンケル率いる赤い軍団は水谷とシュバルツの想像を上回る
シンキングスピードでボールを素早く回して行く。
「今日はやばいな」
胸中で金村も呟く。
一部でも優勝を争う位置にいるフォルテの強さは
テレビ・ビデオ・雑誌等で充分認識しているつもりだったが
生で見る動きはまるで違っていた。
「こんなんでこの後大丈夫かよ」
前半半ばにして敗戦を覚悟したゼネラルマネージャーは
試合後の悪影響を心配し始めた。
フォルテ愛知が上げた三度目のゴールは
『レフティ・モンスター』が燻っていた能力を
開花させつつある事を万人に証明するものだった。
『ピクシー』とのワンツーを決めて巧みにスペースを作り出すと
一気にドリブルを仕掛けて中に切れ込んで行く。
そのスピードと当たりの強さに矢野・飯田・柳木は対応出来ずに
あっさりと中央を割られてしまう。
危険を察知したキーパーが飛び出す所を冷静に読んだフォルテの11番は
つま先でボールを浮かして、素早くゴール前に詰めていた
ユーゴスラビア人に得点をプレゼントしようとする。
程良い高さで浮いたボールを愛知の10番が頭で押し込もうとするが、
懸命に戻った由口がライン上でクリア、間一髪ピンチを凌いだかに見えた。
「あっ、やばい」
ベンチで見守っていた羽生が自身の直感通りの動きをする
『小栗 隆文』を見て声を上げる。
まるでクリアされるのを見越していたかの様にボールが転がる方向に
ポジションを取っていた男は異名の由来となる爆発力を観客に見せ付けた。
垂直方向に落雷が落ちたのではと錯覚するのではと思われる様な
勢いを見せたボールは誰の邪魔を受けずにサイドネットに突き刺さった。
前半終了の笛が呆然とするピッチに鳴り響いた。
単に得点が開いただけではない。
内容的にもシュバルツが対抗出来る術は見出せなかった。
「やっぱり一部のチームには勝てないのか」
「これじゃ万が一、一部に上がれても恥をかくだけじゃないのか」
ネガティブな空気はチーム全体を覆い被さり、
ともすれば活気を奪い取ろうとしていた。
約1名を除いては
「すげぇ」
顔を紅潮させながら羽生は味方の不利な状況などすっかり忘れていた。
但し、彼が昂奮していた対象は『ヘンケル・マジック』ではなかった。
一見、ピクシーに操られている風を装いながらも
決める時はしっかりと自己を主張する小栗の動きに魅了されていた。
「あんな人と組めたらなぁ」
もっと点が取れるし、頭から試合に出して貰えるんだろうなぁ。
そんな事を考えながらアップを始めた。
リーグ戦と『新年杯』の中間に行われたこの試合は
二部で健闘するアウェーチームに取っては顔を売り込む場であっても、
一部で猛威を振うホームチームに取っては単なる調整試合に過ぎない。
そんな訳で3点差以上に力の差があることが証明された試合の後半は
両チームの監督ともいつもと違ったバリエーションを試す事にした。
前者は併用を予定している4−4−2の移行、
後者は即戦力扱いの選手を試す為に共に3人の選手枠を一度に使用した。
「あっ、あいつが出るのか」
ベンチに引いた小栗は18番を背負った選手に注目していた。
無論、名前は知っている。
全くの無名の選手が殆ど後半からの出場ながら得点を重ね、
得点王レースに名を連ねているのは関係者に大きな驚きを与えた。
「そういや、うちのフロントを狙っているて言ってたっけ」
彼と交代でピッチに出た『ペナルティボックスの虎』は
フロントとの折り合いが悪く、中断期間中に他チームへの放出が
まことしなやかに語られている。
「でもピクシーがいるんじゃ一緒には出来ないか」
怪我とチームの巡り合わせの悪さが無ければ『スーパースター』の称号を
手に入れる事も不可能でなかったユーゴスラビア人は
フォルテでは不動のレギュラーである。
小栗はあの日の大怪我以来の不運を感じない訳には行かなかった。
「やっぱりベンチに引いたのか」
羽生はフォルテの11番がベンチに下がった事に若干の落胆を感じていた。
『五中工』時代から小栗の華麗なプレーに魅了されていた
羽生に取っては彼との対戦は楽しみでもあり、
現状の無い物ねだりの感情を再認識させる存在だった。
「下田さんは守備しないからなぁ〜」
下田がポストとなって羽生が付近を衛星の様に動き回る。
この『ディシプリン』では下田が必要以上に動き回る事は
かえってお互いの役割が被さり合ってしまう。
それは理解しているのだが前線と中盤の激しいアップダウンを
繰り返すのは体の出来ていない
−体格ではなくプロで通用するだけの肉体と言う意味である−
羽生にはきつい仕事である。
そんな両者の思いを断ち切るかの様に後半開始を告げる笛が鳴った。
ボランチの枚数を減らす事でバランサーから開放された矢野は
中盤の底から中長のパスを織り交ぜてプレイメーカーの役割をこなしている。
そのパスを受けた茂原・坂田は大量リードで甘くなった
プレスの網をどうにか掻い潜って中央にセンタリングを上げる。
だが肝心の下田が競り合いに中々勝てない。
実力以外の部分でセレソンに選出されない実力者と
二部からの掘り出し物のストッパーは試合を通じて制空権を確保、
その結果、思惑とは違う方向へ転がっていくボールを
必死に追いかける18番の姿があった。
「やはり単調だな」
徹夜で完敗を喫した試合のビデオを見ていた水谷は
血走った眼をこすりながら独語した。
戦力的に劣る以上、リズムに変化をつけないと得点は難しい。
だが『堅守速攻』のチームにはリズムを変えられる人材はいない。
羽生・下田はどちらも前線に張り付かせた方が力を発揮するタイプだし、
両サイドのドリブラーにした所で本質的には『使われるタイプ』であって
自ら攻撃の形を作れる器量はない。
これまではマークが甘かったこともあって
典型的な『堅守速攻』のパターンでどうにか勝ち星を拾っていったが、
昨日の敗戦を見た二部の各チームが対策を練ってくるのは明らかである。
「あの話はどうなったんだ。へぼGMよ」
棚上げになっている移籍交渉に望みを託すしかない鬼瓦であった。
一方、『へぼGM』の方は早朝からスポンサー各社の対応に追われていた。
実は人気チームとの対戦と言う事で『スポットスポンサー』と言う形で
いくつかの企業から資金を調達していたのだが
結果が大敗であった以上、何らかのアフターフォローは必須だった。
「えーと、ここのFAX番号はと・・・・・」
ホテルのフロントに頼んで借りたFAXを駆使して
各企業の担当者に平謝りの連絡を送る。
昨日の大敗は野球のシーズンオフで話題のない各マスコミに取り上げられ、
先程、連絡を取ったクラブハウスでは先日アルバイト待遇で雇った秘書が
苦情の対応にてんてこまいと言う事らしかった。
−くそー、何で風向きの悪い時だけ注目されるんだよ−
半年程前の騒動を思い出した金村の右胸に振動が走った。
着信番号はクラブハウスからだ。
「うん、何だ。言い忘れた事でもあったのかな?」
移籍交渉成立の吉報を受け取るべく、金村は携帯に手を伸ばした。
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