『黒一天誕生』


これで誰に気兼ねする事なく暴れられますな」
戦が三度の飯より好きな権八はニヤリと笑って筋肉隆々の腕を振り回した。
「・・・まぁ、どのみち分家としての所領は獲得せねばなりませんからな」
監軍使も兼ねる平左は相続分のない士大夫の倅らしい感想を述べた。
「向こうは良い女と上手い飯と酒はあるんですかねぇ」
女好きと大食漢と大酒漢を兼ねる弥四郎自らの欲望の懸念を口にした。
「では早目に永泉座に探りを入れてみますか」
甚助は抑揚のない表情と口調で仕事の話を口にする。

それぞれの性格に応じた受け答えだったが誰も嫌がらなかった。
彼等は自分達の隊長の立場をよく理解していたし、
何よりも阿呆な連中に邪魔されない戦争に大いなる魅力を感じていた。
嗚呼、自分達の戦!
その甘美な響きは彼等のやる気を引き出し、
あたかも祭りの準備の様な高揚感を持って下準備に没頭した。
血生臭い戦の準備にその様な感情で取り組めるのは
平和な時代に生きる我々では理解し難いが
『戦じゃなければ徳政一揆』と評される
当時の殺伐とした世情では当然の反応だったのかも知れない。

そんな彼等が仰ぐべき旗が目の前に登場したのは
出発を三日後に控えた10月下旬の事だった。
この日玄武隊の首脳部は姫島滞在中の宿舎である『望福屋』集結していた。
後年は修一郎の西国経営の拠点としてその名を知られる旅館だが、
この段階では料金の安さと交通の便の良さのみが
美点とされる二流の旅篭に過ぎない。

「では甚助、報告を聞こうか」
貸し切った一階の食堂で議長役の修一郎が情報担当のうりざね顔を指名した。
「はっ」一礼した彼は自身が出向いた河南方面の地図を卓上に広げた。
その地図には河南の勢力分布と主要街道に始まり、
点在する小豪族や自治都市が詳細に書き込まれていた。
「それでは説明を始めさせて頂きます」
彼等が征服すべき場所の情報が公開された。


この当時の宗洋島の人々にとって『河南』が『野蛮』と同義語である事は
以前に述べたが同時に彼の地についての情報も殆ど人の耳には入って来ない。
これは主君の領地が存在している西管家も同様で、
従って甚助の説明も基本的な位置関係から始まった。
「まず我等の根城になるべき樹州・洋駿は
 姫島より六十里ほど離れた東南の方角にございます」
「となると、十日程度の距離になるのか」
「いえ、道中の整備がなされておりませぬ故
 三日程度は多く見積もった方がよろしゅうございます」
「荷馬人足の数は増やす必要がございますな」
「また金が減っていく・・・・」
虎の子の金銭が羽をはばたかせて彼の元を去って行く様子を
思い浮かべた修一郎がボツリとこぼす。

「そこにゃ、手応えのある奴ぁおるんかいのう」
しょげた修一郎を気遣った権八が景気の出そうな疑問を呈する。
「大小様々な勢力が居座っておりますが、
 宣河の河口に位置して商いが盛んな河州南西部の羽戸川、
 東管家に従属している勢州北部の小室、
 そして宣河と支流の恒根川の中間に位置する大零山に蟠踞している
 野武士と落ち武者が集まった三田衆が我等が警戒する勢力かと推察します」
「それぞれの内情は」
気を取り直した修一郎が尋ねる。

「羽戸川は暁徳自治領同様に豪商が実権を握っており、
 主に南海への交易に力を注いでおりますが御多分に漏れず、
 『座』に加入している大商人とそれに入れない『潜り』の
 行商との間は険悪でしばしば揉め事が起きているとの由」
「羽戸川は取り締まらんのか」
「潜りは生活必需品を取り扱う故にいくら摘発しても雨後の筍の如く
 生えてきます故に対処出来ず、昨今では黙認している様子です」
「ふーん」修一郎が気の無さそうな返事をするが、
それこそが修一郎の頭脳に突破口の糸口を見出した証拠であることを
彼の部下達は知悉していた。
「ま、ええわ」
先に全ての話を聞いてそれから細かい手順を考えよう。
修一郎は右手を上げて続きを促した。


「次に勢州の小室ですが、表向きは東管家に服属している風を装っていますが
 実際は東管家筆頭家老・長谷川家との結び付きが大変に強く、
 彼等の動向次第でその演目が変わります」
「あの『群青鮫』の子分ならば我等に対して必死に手向かう事は必死だな」
平左が渋そうな表情を隠さずに悲観的な見通しを述べる。
西管家の主戦派が啓陽衆だとすれば東管家のそれは
鮮やかな青色を纏った鮫を掲げてしはしば戦場で出くわす長谷川家だった。

「群青鮫との結びつきとの度合いは?」
「現在の小室家当主である公四郎光俊の長女を
 長谷川家の嫡男の側室に差し上げております。
 またその一方で長谷川家からも小室家嫡男に嫁を出す風聞もございます」
 甚助はいい加減な情報は口にしない。
「そこまで結び付きが強いんなら群青鮫の後巻き(援軍)は強烈やろう」
「はっ、長谷川の台所は小室の献上金で賄われております故
 主家を傾けてでも馳せ参ずると愚考致します」
「ならそいつらは後回しやな。先に羽戸川の方を叩く事にするが
 大零山とやらに居座る連中はどうや」

瞬間、甚助の表情が曇った。
「うん、どないした?」
修一郎は不思議そうに尋ねる。
「隊長いや軍団長殿に取っては余り耳に心地良くない話なので・・・・・」
それまではきはととした口調だった甚助が口篭もる。
「・・・・と言う事は関中から尻尾を巻いた負け犬達が
 乱暴狼藉を甚だしく撒き散らしとる訳やな」
「・・・・・・・」
沈黙は同意の証だった。
その瞬間、それまでとは打って変わって低い声で喋り始めた
修一郎の近辺に凶悪な雰囲気が立ち込める。
「よし、まずはこいつ等からや。大零山に居座る蛆虫共を踏み潰して
 そこを小室への防衛線にしてから羽戸川の攻略や」
彼がこの世で尤も嫌っているのが徒に戦禍を拡大する連中であり、
敗軍途上で落ち武者狩りに精励する彼等に出くわした時など、
自らの非力を省みずに馬を進めて陣頭指揮を執る男である。
両眼を憎悪に燃え上がらせる修一郎に異議を唱える者はいなかった。



「ところで隊・・・否、軍団長殿。
 群青鮫に対抗する我等の旗は決まったんでしょうか?」
話が一段落した所で弥四郎が場の雰囲気を変えようと別な話題を持ってくる。
「ああ、今日正式な辞令と共に御館様から貰ってきた。
 ・・・・・・ちょっと兵士をおまけされたけどな」
そんな気遣いを敏感に察した修一郎は苦笑いの表情を作った。

実の所、管領からの内意を受けて後に尤も手間取ったのは
情報収集でもなく新規に編入した兵士達の訓練でもなければ
乏しい軍資金を遣り繰りした資材の確保でもない。
二千の兵で逃げ込もうと算段していた彼に提示されたのは
先日の伊州遠征の総数に匹敵する八千の不浪人の数だった。
仰天した修一郎と恵有は必死に戦奉行を始めとする関係者と
交渉を続け、結果軍資金の削除と現地からの貢納を条件に
四千の一括遠征の線までに抑えさせたのである。

「まぁ、あんまり煌びやかにしてもどうせすぐ戦塵で汚れるさかいに
意匠としてはごく単純なこれに決めた」
そうはにかみながら修一郎が広げた旗には
白地に黒に染めた馬が天を翔ける図柄が描かれていた。
「あれ、角と羽が両方ついてますよ」
「どっちかにしろと言われたが絞り込めなんだ」
「よく苦情が出ませんでしたな」
「御館様からも注意は受けたのですが・・・」
渋そうな表情で恵有が事情を説明する。
「幸い、誰も重複している奴がおらなんだ」
そりゃ、こんな欲張りな図柄なんて誰も考えないよと一同は思った。

修一郎はそんな一同の思いには気付かず、名称を発表する。
『黒色一角天馬獣』
「ちょっと長過ぎやしませんかね」
「心配するな」そう言って朱筆で『黒』『一』『天』に丸をつける。
「略称は『こくいってん』や」
「は、はぁ」余りの感覚の悪さに一同何て答えれば良いのか迷っている。
「異存があれば別のにするが・・・・ええか、まだ間に合うぞ」
皆、大有りだったが軍団長の専決事項に文句は言えない。
こうして近代化の象徴として歴史に不朽の名を止める名称が誕生した。


 

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