『二人の天魔王』
今から10年程前になるが、『下天は夢か』(津本 陽 日本経済新聞社)の 大ヒットが切っ掛けで『信長』ブームが舞い起こり、 (その後秀吉・家康へと続くのはお約束) 様々な書物がブームを当て込んで出版された。 そんな『信長本』の中でも異色の輝きを示すのが今回紹介する 『二人の天魔王』である。 題名の由来は作者が歴史上、最も好きな人物だと公言している 足利義教と織田信長の両名から来ている。 彼によると室町幕府の第六代将軍は『無類の上』とも言うべき 傑物で信長なんぞは彼の小型コピーに過ぎないと決めつけている。 まず最初に信長の業績を記した書物を丁寧に調べ上げ、 今日に伝えられている信長像を悉く否定して 自分の『信長像』を開陳している。 確かに文中には頷く箇所も少なくない。 例えば織田の嫡統は信長ではなく弟の信行であったとか、 『桶狭間の合戦』は信長の騙まし討ちであったとか、 はたまた『謀略将軍』として知られる足利義昭との交渉では 一方的に後れを取っていた等々従来の解釈では どうしても不自然さが残る部分を鮮やかに解いている。 私が所有している資料(と言っても文庫本だけだが)には 彼の経歴は記されていないが、中世文学の造詣の深さと 対談者(この本は信長ファンとの対談形式で書かれている)への 非礼も思える態度から恐らくはどこかの大学の研究者なのだろう。 残念ながら刺が多過ぎる性格が無用の敵を作ってしまい 教授昇格は見送られていそうだが。(笑) そんな彼の本領発揮の部分はやはり足利義教について語っている部分だろう。 それまで単なる『異常性格者』として片付けられていた義教を 多少誉め過ぎとは言え彼の業績を解き明かしている。 次回はその辺りについて記してみたい。 |
さて、本家の『天魔王』が将軍職を拝命した頃、 足利幕府は既に衰退の傾向が露になっており 風紀の乱れもあって騒然とした世情だったらしい。 そんな傾向を立ち切る為に天台座主の高位を得ていた彼は 一言、就任の意思表示をすれば良いものを わざわざ神慮に拠る『籤』で選ばれたと言う凝った演出を採用して 有力者の影響を排除し、施政に関するフリーハンドを得る事に成功する。 将軍就任以降の彼はまず僧侶時代の伝手を生かして 強力な諜報組織を持っていた時宗と接触する。 そして彼等を保護する代償として多くの良質な情報を入手して それを元にした有力大名の人事介入で彼等の勢力を弱め、 その隙を突いて幕府直轄の武力集団を創設する事で自らの権力を確立する。 次にそれらの武器を自らの意に従わない関東管領や九州の豪族に 使用して次々と彼等を滅ぼし傾いていた幕府の権威を復興させると、 次にかねてからの懸案だった綱紀粛正を実行に移すべく、 処罰を受けていた義兄への慶賀(この時義教の嫡男が誕生していた)に 出向いた事を口実に訪れた全ての人々を厳罰に処し、 彼の手に拠る秩序の確立にも成功している。 そして止めは『王法仏法』の双翼双輪説を盾として (双翼双輪説とは仏法が滅べば国家も滅ぶと言う得手勝手な考え) しばしば幕府に強訴していた延暦寺に対して、 威に服していた有力大名達に攻撃させて一気にその勢威を失墜させている。 この様な歴史の闇に埋もれた業績に惹かれる心情は理解出来るが、 やはり『無類の上』は少し誉め過ぎだと思う。 理由は江戸幕府を立てなおした徳川吉宗同様に 彼の業績はあくまでも『既存勢力』の枠内に止まり、 別に新たな時代を切り開いた訳ではない。 言い方を変えれば拙劣な戦略・戦術だったとしても 新時代を切り開いた人物(織田信長)以上には評価すべきではないと思う。 |
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