『キャプテン翼』


今でこそ、その現実離れした展開と原作者の力量の問題から
『つまんねー』との声が高まっているが、
これが無ければ恐らくJリーグが誕生出来なかったのでは?
と思わせる程、影響力の高い漫画である。

『キャプつば』の連載が始まった80年代の初頭は
『スポーツ=野球』的な雰囲気が日本全体に蔓延していた。
単純に人気面だけを考えれば相撲・バレーも引けを取らなかったが、
前者は『国技』として一般的な『スポーツ』からは分類され、
後者は『オリンピック限定』的な人気である事は否定できなかった。
(あくまで当時の話である)

そんな『古き良き時代』の作品にも拘わらず
この漫画には当時のスポーツ漫画の常識であった
『努力・根性』と言った暑苦しく、汗臭い要素は見当たらない。
むしろ『ボールはともだち』の名台詞に象徴される『さわやかさ』と
小学生が楽々オーバーヘッドを決める『才能』がベースとなっており、
単に題材が『マイナー競技』だけに止まらない異彩を放っていた。

とは言え、話の内容はまだまだ『野球』の影響が見受けられる。
真夏に1日4試合も同じ競技場で行う
芝のコンディションを無視した試合日程、
(因みに場所は浦和レッズのホームである駒場)
これでもかと言う位に襲ってくる強力無比のライバルと重度の怪我、
そして『必殺技』が全ての勝敗を決定づける試合展開。
当時はまだ『ボール扱いが上手い奴が11人揃えば試合に勝てる』と
考えられていた時代だったのである意味やむを得なかったのだが、
そのツケはハンス・オフトが持ち込んだチーム戦術が
フットボールファンのみならず、
一般社会にまで浸透した状況で発表された
続編でしっかり支払う事になる。


『きゃぷつば』が描かれていた
80年代前半は『ゲームメーカー』の黄金期だった。
アリゴ・サッキが登場する以前のピッチは空間と時間に恵まれ、
82年にフランスとブラジルが見せた
中盤の魅力的なパフォーマンスは各国に中盤の重要性を認識させ、
時間と空間に溢れたピッチ上では
『ゲームメーカー』達が仲間(と言うか従僕)の援護をたっぷり受け、
人々を魅了する魔術を振るっていた。

この流れは舞台が国内から海外へと移行しつつあった
『きゃぷつば』に影響しない訳がない。
クライフの様なゲームメークも出来るCFから
マラドーナの様な得点力の高いMFに『転職』した
翼は彼に得点をプレゼントしていた岬と共に
マラドーナ・プラティニ・シェスターをモデルとした
ライバル達と(シェスターはそのまんまだったけど)
中盤で熱い戦いを繰り広げた。
その熱はサッカー小僧達の『ゲームメーカー志向』を高めさせ、
いつしか極東の島国には「ゲームメーカー」と目される
サッカー少年達で溢れ返っていた。

90年代に入ると、「きゃぷつば」を読んだ少年達が大人になり、
ようやくプロリーグを受け入れる土壌が出来上がった。
93年にスタートしたJリーグは一定の層に人気が偏っている
問題を抱えながらもまずまずの発展を示している。
そしてプロリーグが成立した事で飛躍的に強くなった
代表チームは『ゲームメーカー』がサイドやボランチにまで名を連ね、
しばしば「ファンタジー」と「バランス」の話題を提供している。

 


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