フットボールチームに措いてはレベルや標榜する哲学を問わずに
センターバックの強さがチームとしての根源を為す事は常識である。
この事は『グッドチーム』の高評価を与えられながらも、
もう一つ何かが足りないと目された
シュバルツ愛媛の四年目以降の成績を見れば一目瞭然である。
尤もシーズン当初に中央部に奏でられた不協和音を辟易していた
彼等には数年後の記録など到底信じられなかったであろうが。
「何やってんだ!もっと前に出ろよ!」
「お前こそちゃんとチェックしろよ!このヴォケ!」
今日も日本語とスペイン語で表示される激しいプライドが
相手のフォワードではなく、僚友である筈の相方にぶつけられている。
「ドウスネ、タチャーン」
「僕、スペイン語って解んないから知らない。べっぺなら行けるだろ?」
「ワシモムイ。アンフタイハコポテキニアアナイ」
不思議とウマのあった羽生とディマーロが
『何故コミュニケーションが取れるのか理解出来ない』と評される
不思議な会話を交わしている。
「お前等何やってんだ。ちゃんとプレイしろよ!!」
センターバックの不和を直接被っているバランサーが
二人の長閑な会話を聞けば激怒するだろう。
4失点を食らってさらに広がったマイナスの得点差を埋めるべく、
必死の攻撃を繰り返すエルフシュリットは後方の押し上げの無い
プレッシングの網を破りつつある。
サイドハーフを軸とした攻撃はクリエィティブな攻撃は無理でも、
−例えば漆黒側のスキンヘッダーの様な−
パナマの怪人や二ヶ月前は月給五万円だったブラジル人への
センタリングの供給先としては機能していた。
体勢の悪さからヘディングの競り負けるジェモ。
ポジショニングの劣勢からパスカットをかわされる木田。
連携とは無縁の2失点はシュバルツサポーターの猛烈なブーイングを生んだ。
『プレハブ以下』からの悪評を脱するだけの設備を整えたクラブハウスでは
九月上旬の暦に相応しく、濃緑な木の葉も少しずつ色彩が薄れつつあった。
「次は外しますか」
普段であれば選手達のミニゲーム混じっている
ヴィムも敬老の日に当たる首位決戦を前に、
監督室でアシスタントコーチとして布陣の修正を携わっていた。
「そうだな。ああも合わないと仕方ないな」
水谷にせよ、ヴィムにせよマエストロと称されるリベロを外す選択肢は無い。
「となると相方は近藤ですね」
「ああ、怪我開けなのは気になるが村亀の左があれでは止むを得ん」
本来ならば守備意識の高い近藤を右サイドの突破に備えたいが
城陽から獲得した村亀は利き足が使える右サイドでしか機能しない。
二部時代からの生き残りである柳木に至っては
季節外れの肺炎で復帰の目処さえついていない。
「攻撃は前の四人プラスべっぺで計算出来ますが・・・・」
「押し上げがなぁ」
中盤のゾーンプレスは後方からの押し上げが必要不可欠であるが、
近藤では木田の戦術眼に対応出来ない。
「矢野の累積にも気を配らないと」
四試合で二枚の警告を食らっている背番号7は
既に1試合の出場停止にリーチが掛かっている。
「ランクスの後はアウェーのガレオスとエスパーダですから・・・」
システムもアプローチも異なるとは言え、
共に堅守を誇るチームとの対戦でバランサーを欠く事があれば
勝ち点の積み上げが期待出来なくなる。
「頼みは向こうのモチベーションだな」
この頃、日本のみならずアジアでもその強さを見せつけていた
ランクスは世界進出へのパスポートが届いていたのだが・・・・
「ええ、思い付きの大会を延期してくれた会長には感謝しないと」
目玉商品のブーイングによって事実上の中止となった
ダメージはシュバルツに取っては有利となる筈だった。
昼下がりの日光を浴びている白黒模様のボールが
涼風の気配を僅かに感じさせるサックスブルーを行き来している。
その自体はランクスサポーターに取っては見慣れた光景なのだが、
しかし彼等の表情には勝者の余裕など全くない。
コーナーキックをクリアされて注意が途切れた一瞬を狙われたカウンターと
モチベーションとリズムの不調和から与えてしまったセットプレー。
2点のビハインドは他のチームならば『ハンディ』と捕えられるが、
アウェー時のシュバルツの嫌らしさは
−この日は白色を基調としたアウェーユニだったが−
昨シーズンの数少ない敗北によって思い知らされている。
「何かつまんねぇな」
記者席から見るシュバルツの様子は財武に十全たる満足を与えてくれない。
試合が押されているのは仕方無い。
感情は納得しないがアウェーでの2点リードならば、
『ボールを持たせる』戦術を採用するのは致し方ない。
宇和新報のスポーツ欄を一手に引き受けている
記者の根源的な不満は前節まで危険なまでに張り詰めた
緊張感が欠けている事だった。
頭部の下半分を覆っている髭は無精と言うには野性味が不足しており、
かといって御洒落に気遣っているとはそれ以上に思えない。
誇り高いアルヘンティーノがベンチウォーマーの屈辱に耐えれる筈もなく、
ジェモは支持もないのに立ち上がり、
ウォーミングアップと言うよりは鬼瓦に対するアピールを始めた。
「お・おい」
オランダ人がアルゼンチン人のスタンドプレーを静止しようとするが、
水谷の分厚い掌がヴィムの右肩に掛かった。
「積極的なのは良い事だ。
少なくともむっつりとベンチに座っているよりかはな」
彼の眼に写るランクスは確かに今一つだが、
早くも入念なアップを終えて準備を整える
先方のサブの顔触れを見る限りでは
−他所でならばレギュラーポジションを確約されるであろうが−
言われてる程にはあの監督も無能では無いらしい。
「ここからは厳しくなりそうだ」
胸中で呟いた予言は後半から現実となる。
7割方の観客の焦れったさが同点への期待へと
転化させたのは後半8分の事だった。
身体能力にある程度の戦術理解力をプラスした
右のウイングハーフがアタッキングゾーンへの侵入を果たす。
クラブのみならず、代表チームでもアタックのコンタクトを揮う
左利きのフィクサーが好機を見逃す訳がない。
前方に比べればプレスの緩い中盤の底から攻め上がって
披露するのは網の継ぎ目を切り裂くスルーパス。
バランサーとリベロが瞬時に判断したオフサイド狙いは
近藤の怪我によるブランクに拠って一対一の危険な局面へと変貌する。
覚悟のファールは赤紙。
守備のユーティリティプレイヤーが蹴り込んだPKは小芝の逆を衝く。
急いでボールをセンターサークルへと戻すサックスブルー。
憮然とした雰囲気が全員から涌き出てる漆黒の集団。
状況の変化させるには何等かのカンフル剤が必要だった。
「・・・冗談だろ」
マエストロが呟いたのは『達っちゃん』の交代に対してではない。
一人少ない、しかもセンターバックが抜けた以上は
前線の枚数を減らすのは仕方無い。
そしてこの局面ではボールキープの出来る小栗を残す方が
相手に対してプレッシャーを与えられる事も理解出来る。
だがよりによって出てくるのがあの荒くれ野郎とは・・・。
「邪魔すんじゃねぇぞ」
「カードは外で貰えよな」
初対面からこの両者に友好の橋が掛かった事は無い。
そこからはハーフコートマッチだった。
昨年度のチャンプが仕掛ける情熱と冷静さがブレンドされた
猛攻は漆黒の守備陣を何度も崩壊の淵に追いやった。
しかし一人少ない危機意識は連携とは無縁ながらも、
ゴールライン上と密集地帯での強烈なヘディングと
テクニカルなパスカットとスライディングを生み出す。
5分以上のロスタイムの後に訪れた短い笛。
木田とジェモはそれぞれ『8人』の仲間達と勝利の喜びを分かち合った。
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