世界最大規模のスポーツイベントである
オリンピックも終幕した今日この頃、
本屋の店頭には中高年向けの巨人優勝特大号と
ハイライトを集めた『五輪特集号』が並んでいる。
そしてそのコーナーの一角には敢然と「サッカー」関連の書籍が並んでいる。
つい10年前では『その他のマイナースポーツ』でしかなかった事を
考えると隔世の感があるが、今回紹介するのはサッカーが
マイナーからメジャーへランクアップしつつあった頃に開かれた
94年米国W杯の大会をレポートした書籍である。
周知の通り、『ドーハの悲劇』によって地区予選で敗退していた
日本は新大陸へ出向く事もなく、国内で泡沫のサッカーバブルに酔っていた。
だがフットボールの世界はプロリーグが開幕したばかりの
極東の小国(今は新興国になりつつあるが)には目もくれず、
サッカー不毛の地で行われるスポーツ界最高のイベントに
熱い視線を注いでいた。
その中には予選で母国の4チームが全滅の憂き目を見た
英国人ジャーナリストもいた。
(英国は地域ごとに『ナショナルチーム』を編成している)
彼は個人的な思い入れのあるチームが参加していないせいか
極めて冷静に異常な熱さの中で行われた15回目の
『ボールのみを使った戦争』をリポートしている。
まず冒頭には決勝戦史上初の無得点試合に終った
ブラジル−イタリア戦の勝者を決めるPK合戦が描かれている。
そう、神懸り的な活躍でアズーリを引っ張ってきた
R・バッジョのPK失敗のシーンである。
24年振りのプライドの復活に喜ぶセレソンを尻目に
頭を垂れる背番号10。
当時、世界に触れる事も許されなかった
日本国内のジャーナリストが逆立ちしても書けないストーリは
クライマックスから逆走する形で始まっていく。
『0−0の試合はつまらない』
そんな声を吹き飛ばす濃厚な120分間の試合だった
6年前のW杯決勝戦をじっくり描いた後に話は
決勝トーナメント1回線のルーマニア−アルゼンチン戦へと向かう。
クリストファー・ヒルトンがこの組み合わせを決勝戦の
次に描いたのは試合自体が白熱した好試合だった事に加えて、
この両チームのバックグラウンドが明暗のコントラストを
鮮やか過ぎる程に映し出しているからだろう。
『明』のルーマニアは4年前までの暗黒政治を抜け出した後に
複数の『自由』を手に入れたがその最たるものが『宗教の自由』だった。
宗教の存在を認めていない共産主義政権下では
自らの心の拠り所を表立って表明する事は許されず、
長きに渡り彼等は忍従を強いられてきた。
しかしこの試合の終盤でアルゼンチンの猛攻の前に監督が頼ったのは
自らのゲームプランでもなければ臨機応変な戦術指揮能力でもなかった。
彼はやんごとなき高僧からもらった十字架を必死に握り締めていたのである。
一方の『暗』であるアルゼンチンはディエゴ・マラドーナが全てだった。
彼はドーピングテストで陽性と判断され(つまり薬物使用が発覚して)
最後の大会からの追放を余儀なくされた。
ヒルトンはこの大会史上最もスキャンダラスな事件について
86年の『神の手』の一件への感情を極力抑えつつも
(フェアプレーを重んずる英国人に取ってあのゴールは到底許容出来ない)
彼の生い立ちからそれまでの『選手』としての凄さをを丁寧に記して、
フットボールの『暗』の部分を浮き彫りにしている。
この後、話は親戚的存在に当たるアイルランドの話を入れる事で
少し重くなった雰囲気に一休憩入れて、
この朴訥な好感の持てるチームに敗れたイタリアと
開催国と戦ったブラジルに除々に焦点を移し始める。
全体としては話の構成や翻訳のレベルも最上とは言えなくても
値段分程度の価値はあると思う。
少なくとも4年後の続編に比べれば。
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