中途半端に挫折した空港計画は中途半端な人口の拡大を呼び込み、
結果として公共機関の増設を要求した。
しかしここで問題となったのは当座は要り様だが
数年後は不用になる余り楽しくない未来図であった。
再開発の目処が立たない以上、無駄な出費は控えたい。
しかし義務教育を受けさせない訳には行かない。
かくしてこの時期、宇和市の小中学校ではあちこちに
どこかのクラブチームより立派なプレハブ校舎が設立される。
「山崎〜、明日どうする」
晩秋に近付きつつある夕日が校庭に深くて長い影を落す放課後、
小学校低学年と思しき少年が鉄棒を回りながら
明日の予定を最近知り合った同級生に尋ねている。
「う〜ん、最近は面白いゲームを打ってないしなぁ〜
小野寺の縄張りは一通り遊んじゃったし〜 」
天地がひっくり返った光景を眼球に写しながら次の遊び場に思いを馳せる。
「宿題」と言う選択肢が入っていない二人にとって
週休二日は案外と時間を持て余す日々でもあった。
「『あそこ』に行こっか」
右足を掛けながら反動をつけていた
小野寺少年が人生の進路を決定する遊び先を思い付いた。
「でも『あそこ』は大人と一緒じゃなきゃ駄目じゃん」
「へっへ〜、実はこないだ三丁目のパン屋のおじさんが
今度『あそこ』にボランティアに行くって話、耳にしたんだ」
「えっ、それじゃ」
「そうだよ。あのおじさんにくっついて中に入っちまえば問題ないのさ」
「あったまいい〜」
山崎少年は素直に『ともだち』の悪知恵に感心した。
「まぁね」
普段の勉強では全く発揮しない知恵の冴えは少年を得意気にしていた。
「じゃあ今からおじさんの所に頼みに行こうぜ」
鉄棒から飛び降りた少年は駆け足で校門の方へと走っていく。
「まってよ〜」
遅れた少年も必死で後を追う。
こうしてシュバルツは何の勧誘もせずに
未来のユース選手を二名獲得したのだった。
「ありがとうございま〜す」
「ありがとうございま〜す」
最近、スポンサー契約を交わした某衣料品メーカーがデザインした
黒色のジャケットを羽織った二人の悪ガキが来客に頭を下げている。
子供のいない『パン屋のおじさん』にせがんで連れて来てもらったものの、
割り当てられた仕事は入場客への挨拶であり、
途中での脱走など出来る状態ではなかった。
「おい、これじゃやばいんじゃないか」
予想を上回る来客に潜り込む余地を心配した山崎少年が尋ねる。
「だ、大丈夫だよ、きっと」
いささか自信のない口調で小野寺少年が返答する。
「きっと相手のサポーターがたくさんきているだけだよ」
「その割には顔馴染みの人が多いけど」
確かによく観察すると黒いレプリカユニフォーム、キャップ、フラッグ等
何がしかの記念グッズを買い込んでいる人が目立つ。
「多分、ほら山形から来たお土産じゃないかな」
小野寺少年の思惑は彼等が密かな思いを馳せる美少女によって破られた。
「山崎君、小野寺君。こんな所でなにしているの?」
「き、響子ちゃん?」
整った顔立ちと愛くるしい笑顔が未来の美貌を予感させる少女は
掃除はサボり、給食当番と自分達だけ大盛り、宿題はやってきた例はない
名うての悪ガキコンビが真面目に挨拶していた様子を首を傾げて
不思議そうな表情で見ている。
「え、えーと、き、今日はたまたま近くのおじさんに誘われたんだ」
「ふーん、そうなの」
「そ、それより響子ちゃんはどうしてここに?」
「今日は家族みんなでお出かけなの」
「それでここに」
「うん、家族みんなシュバルツのファンなの。
お父さんは昔からサッカーファンでお母さんはお勤め先がスポンサー、
お兄ちゃんが監督のファンで私は・・・・・18番の選手が好き」
少女は顔を赤らめながら自分の憧れの対象を告白した。
衝撃の告白を聞いた30分後、ようやく大人達の目を盗んだ
二人の少年は急いでグッズショップに走りこんだ。
「サイン用紙下さい!」
この時ばかりは声も思惑も見事なまでに一緒だった。
「はぁっ、はぁっ」
入場者確認の仕事が終わった後半10分過ぎに
二人の少年が息を切らせながらスタジアムに入った時、
まだスコアは0−0のままだった。
「まだ大丈夫みたいだな」
「うん、ところで18番の選手って・・・・誰」
「お前、羽生の事も知らないのに誘ったのかよ」
「えっ、羽生って18番だったの」
「・・・・・・マジかよ」
山崎は呆れた表情で小野寺を眺めた。
今や『スーパーサブ』としてサポーターのみならず、
一般市民からも認知されつつある点取り屋を知らないとは。
「いやだってさ、俺は・・・・・・・ほら、そろそろ出番のようだぜ」
自分だけの楽しい秘密を隠すくべく、
小野寺はウェアを脱ぎ捨てた小柄な選手を指差して親友の注意を逸らす。
18番をつけた選手がピッチへ近付くの動きに合わせるかの様に
ホームチーム側の観客が得点の期待を込めた無言のどよめきを始めた。
この日の唯一の得点はコーナーキックからのクリアから始まった。
前線に待機していた羽生がボールを拾うと左前方に短いドリブルを始めて
−後日『ヨタヨタドリブル』と酷評されたが−
ユニコーンの注意を引き付ける。
右サイドから茂原が上がった頃を見計らってパスを出すと
明後日の方向に走り出して急いで戻ったマーカーを引き離しにかかる。
逆サイドではスピード溢れるドリブルに活きの良い右サイドバックの
フォローと中央のバランサーの細かいパスワークが有機的に結合して、
山形に的を絞らせない。
「あっ、今かも」
眼前の展開のみに注目している他の観客とは異なり、
小野寺は潜行している羽生が動き出すタイミングだけが関心の的だった。
まるでその声が聞こえたの如く、曲線を描きながらベストな位置で
ボールを受けた羽生がキーパーを不恰好に交わしてネットを揺らす。
「やったー!」
傍らで喜ぶ山崎と周囲で歓声をあげる観客を半ば以上無視しながら
小野寺は自分のみがあの特異な得点感覚を持つ選手と
波長が合ったことに密かな喜びを感じていた。
晩秋から初冬へと変化しつつある夕日が差し込む
市営陸上競技場で盛大に文句を奏でていた
少年二人が『お勤め』から抜け出したのは
シュバルツの8勝目を告げるホイッスルから1時間以上が過ぎていた。
「まだ間に合うかな」サイン色紙を握り締めながら山崎が尋ねる。
「いつもの所じゃ無理だろ」走りながら小野寺が応じる。
『いつもの所』とはファンがサインを強請れるコーナーの事である。
「バスの所を狙うさ、あそこはいつも混雑しているから何とかなるだろ」
「うん、そうだね」
しかし実際には選手達に取って迷惑な相談は実行されなかった。
「トイレ」と言って山崎が駆け込んだ場所から入れ違いに出てきたのは
慣れない長いサイン攻めから開放されて
ゆっくりと用便を済ませた『決勝点の男』だった。
余りに唐突の事に呆然自失としながらも小野寺少年は咄嗟に言葉を発した。
「サ、サイン下さい」
「へっ?」と言う表情をした羽生だったが根が小心な善玉は気軽に応じた。
「名前は誰宛てにすればいいのかな」
「お、小野寺勘三郎で、お、お願いします」
顔を紅潮させて自らのアイドルに頼み込む。
「ここでサインしたのは内緒にしてね。じゃあこれかも宜しく」
手を振った羽生は急いでバスが待つ方向に走り去った。
「悪い、悪い」
手も洗わずに出てきた山崎が先を促す。
「やっぱ、今日はやめよう」
「へっ?」
「やっぱりルール違反はよくないよ」
小野寺は日頃の言動に似合わぬ言葉をサイン色紙を隠しながら口にした。
「で、でも響子ちゃんが・・・・・」
「あの子の分は次に貰えれば良いよ。今度は写真つきでさ」
「うーん」
山崎少年は納得がいかない様子だったが
この日の彼の不幸を象徴するかの様に又も関係者に見つかってしまい、
サインの代わりにゲンコツと特大のタンコブを貰ってしまった以上、
断念せざるを得なかった。
こうして後年、世代交代の象徴として時価数百万は下らない
『幻のお宝』は小野寺の手元に渡ったのであった。
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