『ヴァイス・シュバルツ』


うだる様な熱帯夜が続く8月の初旬、
二年連続して『降格候補』の烙印を押された
四国の『プロヴィンチア』は一部へのデビューを果した。
「こりゃどうみてもアヴァランチの引き立て役だな」
御用記者とミーハ−系の雑誌記者が席を独占する記者席の最後方で
『宇和新報』の記者が呟いた。
相手は単に昨シーズンのチャンピオンと言うだけではない。
ラモン、桂谷、都南、北川、武枝、そして和浦といった
代表の中核と野球に伍する人気を獲得しつつある
メンバーを揃えた『アヴァランチ東京』だった。

「今日は沢山入ったよな」
卒論を早々に提出して『後は卒業証書をもらうだけ』の大学から
プロの世界に入った木田はデビュー戦の緊張など微塵もなく、
年下の『先輩』とボールタッチを楽しんでいた。
「でも皆、緑のサポーターだよ」
試合に入るまでは気弱な羽生が怯えた声を出す。
野球同様に系列局をフルに活用した広告戦略は多数の客数を確保し、
ゴール裏からバックスタンドは濃緑の色彩がちらほらと見かけられた。

「彼等は『ファン』だよ」
悠然と年上の後輩が微妙な様で重大な違いを指摘する。
「その証拠にうちのゴール裏に陣取る『サポーター』と熱気は同様だろ?」
確かに数は多いがミーハーな雰囲気が漂うホームチームの応援に
シュバルツと入れ替わりで二部に落ちたレオーネ埼玉の様な威圧感はない。
「ま、多ければ多いほどやりがいはあるさ。 
 少なくともこっちから観客数が計算出来る大学な比べたら、な」
木田は片目をウインクしながら羽生と組んだアップを続けた。

「鼻持ちならないアナウンサーだな」
アウェーチームのGMはヘッドフォンを放り投げたくなる
衝動を辛うじて抑えていた。
迫害を免れた文明の利器から流れる試合前のアナウンスは
リーグチャンピオンに対する軽薄で鼻持ちならない賛辞と
彼等がフットボール界のプロ化にどれだけ貢献したかを
宣伝する作業で占められ、
−要するに親会社の自己宣伝である−
対戦相手の紹介は『一言』にも達していなかった。
「試合が終わった時、ほえ面かくんじゃねぇぞ」
闘志剥き出しの視線を見せる金村だった。


試合開始を告げる笛がホームチームの大量得点と快勝を期待する
熱気が渦巻く日本スタジアムに鳴り響く。
その空気に合わせるかの如く、
鼻持ちならない自画自賛が延々と人々の鼓膜を刺激した。
翌日以降は『聞き苦しい』との抗議が殺到するのだが
−特に四国地方からは殺意すら感じるものだった−
アナウンサー自身には別にシュバルツを貶める意図はない。
何故なら普段の彼の仕事は親会社の広告営業を一身に背負う
プロ野球チームのヨイショなのだから。

このアナウンサーが吊るし上げを食らったのには
上手とは言い難い実況中継以外にも理由があった。
「彼らは強い。しかしその強さ故に自分達を縛り付けている」と
試合終了後に鬼瓦に看破された様に
アヴァランチはその強さを維持する為に世代交代が遅れていた。
「ポールタッチを楽しむ南米スタイルに基く中央突破」は全く機能せず、
ボールを保持しても試合の主導権は新参者に握られている。
そんな奇妙な様でいてフットボールの世界ではありがちな
『実況』を全く言語化出来なかったからであった。

飯田が漆黒と現役のユニフォームを脱いだ後、
キャプテンマークを巻いたのはゴールキーパーの小芝だった。
だが彼の左腕がその感触に慣れる事はどうやら無さそうだった。
それは彼の眼前で奮闘する新たな背番号5を見れば当人にも理解出来た。
クレバーな読みと統率力は矢野との連携によって
要所要所でパスコースとオープンスペースを消し去り、
『王者』にまともな攻撃の形を作らせていなかった。

思い通りにならない展開に苛つくクラシックなゲームメーカー、
『カリオカ』にはこの日は中盤に配した由口をマンマーク張り付けて
イエローカード一枚の代償で、
ボールをキープする時間と場所と冷静さを奪い取っていた。
技巧的なレフトウイングから本格的ストライカーに転身した
『キング』には対面に位置する後藤を貼り付かせた。
ライン際からの突破を図る和浦の『跨ぎフェイント』に何度か抜かれた
サイドバックも『外側に押し込んで孤立させる』戦略自体は忠実に遂行して、
試合を通じて彼に決定機を与えなかった。

こうした守備の奮闘に攻撃陣が応えたのは前半33分事だった。


ボールキープ率58対42。
シュート数8対0。
なのに大多数の観客と記者席が熱望するゴールシーンは訪れない。
苛つく感情は記者席の温度と空気を不快にしていた。
「ふん、ざまぁ見ろ」
アウェーチームに肩入れしている唯一の記者は得意気に勝ち誇る。
大手マスコミの就職試験に落ちて、
『都落ち』でド田舎の零細新聞社に『嫌々就職』した。
取材対象は毒にも薬にもならない人情話。
それが悪いとは言わない。
しかし刺激に欠く日常ではマスコミを志望した意味がない。

そんな彼が唯一熱中したのは存在さえ知らなかった
『おらが街』のクラブチームだった。
この年代は某フットボール漫画の影響でルールぐらいは知っている。
専門雑誌の受け売り的な記事だって書ける。
さらに彼に取って幸運だったのは宇和新報には
悪意を持って編集内容を偏らせる野球オンリーの
『ベテランスポーツ記者』が存在しなかった事だ。
こうして彼は1年目から老獪なプロのコーチと
ひねくれたGMの尻を好き勝手に追いかけ回す事が出来、
その結果としてシュバルツの記念すべき一部初得点のレポートを
名前入りで載せられる名誉を得た。

『デビュー戦とは思えない落ち着きを見せる
 『マエストロ』木田のディフェンスによって
 王者・アヴァランチを抑えた我がシュバルツは
 前半33分、遂に大多数の『敵』に対して牙を向いた。
 矢野を中心としたパス回しで我等が『鬼瓦』が最も警戒していた
 ダイナモ・北川の体力と注意を消耗させ、綿密な中盤守備に穴を開けた。
 そして観客席を含めた濃緑の色彩に『純白』の筆に拠る
 ×印をつけたのはスローモーなパッサ−だった。
 都南が攻め上がってプレッシャーのない右サイドで
 悠々とボールをキープした背番号8は『闘将』とのスペースの奪い合いに
 勝利した『爆撃機』羽生へハーフスピードのセンタリングを上げる。
 練習の五割増しのスピードで羽生はマーカーとキーパーの動きを見て
 フリーの左サイドの礒永にスルー、
 昨シーズン終盤とは違って、逆サイドの動きに連動している
 もう一人の即戦力であるスキンヘッダーなサイドアタッカーが
 記念すべき初ゴールをインフロントでサイドネットに突き刺した』


『宇和新報』の新米記者が自身の名前である
『財武 幸冶』の署名が入る記事を判官贔屓の興奮そのままに書き連ねた頃、
仕事後の生ビールをさらに美味しくする『事件』が勃発していた。

後半からアヴァランチは『ファン』の声援に後押しされ、
武枝を外し、3トップに変更して波状攻撃を仕掛けてきた。
顔触れだけ見れば『超攻撃的』と
耳障りなアナウンスが連呼される布陣だったのだが、
残念ながら現実のフットボールはオフェンスの選手だけでは得点は取れない。
「声援は賑やかとは感じてもプレッシャーは感じなかった。
中盤が3枚になった分組み立てが単調になって楽だった」
と試合終了後に由口が述べたこのコメントに象徴される様に
受け手の少ない単調なパスワークと朝の通勤列車の様に
混雑している密集地帯への約束事なきアバウトな放り込みは
濃緑の『ファン』の溜め息のみを生産した。
そして後半21分攻め疲れた時間帯を見計らった
シュバルツのカウンターが炸裂する。

右サイドでボールをキープする『お笑い芸人』に対して、
後半から左サイドバックに入った漆黒の15番がプレッシャーをかける。
ストライカーとしては見るべき才能があってもウインガーとしては
平均点以下の彼はあっさりとボールを奪われてしまう。
前線に貼り付くカリオカを無視して大海原の左サイドを疾駆する
由口は抜け出した羽生に駄目押し点の願いを託す。
慌ててカバーに入る『狂気のサイドバック』のカニバサミタックルをかわして
爆撃機はそのまま抑えの効いたシュートを放つ。
反則覚悟の左腕でボールを叩き落した『闘将』には赤紙が提示され、
中立な立場で試合をコントロールしていた審判は
ペナルティースポットを指差す。
激昂する濃緑の背番号10も『カツラ』に続いてしまい、騒然とする競技場。
その騒ぎを静めたのは背番号18の冷静なコントロールショットであり、
彼は帰りの混雑緩和にも大いに貢献した。

試合終了の笛は同時に彼のアナウンサー人生の
『フットボール中継』の終焉も意味していた。
『大番狂わせ』を連呼する彼を横目で見ながら
辛口で知られる解説者はこうコメントしている。
「シュバルツは勝つ手段を全て尽くした。
対してアヴァランチは過去の栄光にあぐらを掻いてしまった。
このままでは時代に取り残されるよ」
この評価はこの試合を境に下降線を降る彼等の暗い未来によって立証された。


 

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