ようやく底を脱した感を与える良いパフォーマンスを見せがらも
エアポケットによる失点によって逆転負けしてから約1ヶ月、
シュバルツ愛媛のエースストライカーと若きキャプテンは
全国各地で洟垂れ小僧振りが話題を呼んだ一月の中旬に
久々の実戦を大地震の後遺症から立ち直る地で迎えた。
「前より入っているねぇ、将くん」
オフの間も太りやすい体質の自己摂生に努めていた羽生は
首脳陣と異なる形の友情を築き上げている3歳年上の僚友に語りかける。
「うん、やっぱオールスターともなるとお客さんも入るんだろ。
兵庫は達っちゃんみたいな『目立つ』選手がいないからね」
こちらは体調管理の必要ない木田が相槌を打ちながら、
もう少しでモノに出来そうな女性に手渡した指定席を確認している。
「でもさ、去年はテレビで見てたんたけど
やっぱこの手の試合って守備がスカスカなんだろうな」
新年杯の時と変わらぬ動きで
−残念ながら軽快とは言えないのだが−
念入りなアップを続ける爆撃機が合計8ゴールが生まれた
去年の乱打戦を思い出している。
「まぁ、始めて試合する連中とオフサイド取れって言われてもな」
その気品あるプレー振りから『マエストロ』の異名を与えられつつある
若きキャプテンはいつもは使用しない2階席を
一縷の希望を持って眺めながら本職の見解を示す。
「俺としては守備の美しさでアピールして『あれ』を取りたいんだけどな」
ストレッチに入りながらも指差す先には
МVPに送られる洒落たセンスが光る高級車が自己主張している。
「でもあんなの宇和じゃ使えないよ。目立ち過ぎるよ」
確かにあれだけ目立っちゃプライベートもサイン会へと変貌しそうである。
「じゃあ達っちゃんなら何が欲しいんだい」
「うーん、そうだな」
得点王を射程圏に入れている小柄な点取り屋が考え込む。
「強いて言えばあれかな、鍋のタダ券かな」
「へっ?!」
「いや、この季節はやっぱり鍋だって」
「ま・まぁそうだけど・・・・・・・」
この感覚、ついていけんなぁ・・
ささやかな望みを胸に秘めた羽生は昼間から吹き荒れる
寒風に震えながらベンチで戦況を見つめ、
チケット代が無駄となった木田はディフェンスの構築に汗を流している。
別にウェストの監督を務める近未来のセレソンヘッドコーチが
リーグ戦での意趣返しを実行しているのではなく
単にファン投票の順位に従ってスターティングメンバーを
決定しただけの事なのだが。
濃緑から緋色にシャツを変えたキングがプレッシャーが皆無に等しい
中盤でサンバのリズムを思う存分に奏でている。
本来技巧派ウインがーである彼に取ってはドリブル出来る機会が多いのは
南米でのプレースタイルを思い出させる機会でもある。
「くっ」
楽しそうなイーストの11番の表情は
ウェストのディフェンスリーダーには悪魔の高笑いを連想させる。
「2番、何やっているんだ。ちゃんとマークしろ!」
日本語が通じないと解っていも『各チーム二名以上選出』の
規定に従って選出されたブラジル人に
−彼の名前は所属クラブ以外では殆ど知られていない−
苛立ちの感情を込めた指示を飛ばす。
一応『元・ブラジルユース代表』の肩書を持つ彼は懸命にチェックにつくが、
ノープレッシャーに近い状況で古き良きテイストを発揮している
和浦はお得意の『跨ぎ』フェイントを発動、
あっさりと彼をかわしてゴールへと侵入する。
「フォンに注意して!!」
リーグでの対戦では2得点を挙げられたのを始め、
羽生と同数の得点を挙げる事に拠って
祖国に息づく点取り屋の系譜を引き継ぐ者である事を立証した彼は
−日の丸に取っては『悪夢』を見せ続けられている相手である−
頑強な肉体に似合わぬ巧妙な動きでマークと守備組織の乱れを突く。
「駄目だな」
監督へのアピールと言うより、防寒の為に体を動かしていた羽生が
2列目からループシュートを放ったラモンを見た瞬間、
自チームの失点を覚悟した。
緩やかな曲線を描いてネットに納まるシーンは
位置的には見えない筈なのに何故か脳裏に鮮明に映し出される。
「さ、体動かそうっと」
そんな彼にゴーサインが出るのには
まだ時計の針が20分程進む必要があった。
緋色との差別化を促進する為に空色のユニフォームを用意された
ウェストは前半、これと言った得点機は訪れなかった。
勿論、チームを代表するアタッカー達で構成される
攻撃陣はそれなりの見せ場は作るものの、
守備陣同様に明確な攻撃プランが存在しない為に
得点の予感を漂わせる場面は未だに空想の世界に止まっている。
「そりゃストライカーばかり並べたんじゃね」
貴賓席の末席で眺めていたねずみ男は呟く。
『得点はオーケストラの様に様々な担い手達の結晶である』
名目上の『コーチ』としてベンチで暇している鬼瓦の台詞が脳裏を反芻する。
「まっいっか。どうせこんな花試合でうちの二枚看板に
傷がついたら洒落ならんしな」
これ以上通路に押し出されたくない金村は小声で呟いた。
ロッカールームでは通常とは異なる雰囲気のミーティングが行われている。
リードされている事に激昂するブラジル人に対して、
古典的な4−3−3のフォーメーションを押しつけ、
具体的な指示を出せない監督に対して白け気味の心情を押し隠す選手達。
リュミエール駿河の監督でもあるカルロス・リオンの
半年後の電撃解任を予感させるシーンは次の一言で破られる。
「後半はどうする?」
通訳を必要としない流暢なポルトガル語で水谷はリオンに冷静さを求める。
「当然、アタックあるのみだ。そんな事も解らないのか」
通訳が穏当な台詞に訳す前に水谷は冷たい笑みで反論する。
「私が言いたいのはどの様にアタックするかと言うことだ。
まさかまだフォワード3枚並べるだけで点が入ると考えていないだろ?」
「・・・・・」
こめかみに浮かんでいた血管が自己主張を取り止め、
感情の昂ぶりが納まった元ブラジル代表キーパーは間を取るべく、
側のミネラルウォーターを口する。
「君が豪華なメンバーに眼を眩ませるのは理解できるよ。
私だって事情が許せばこの面子をそっくり宇和に持ち帰りたいさ。
但し、必要最低限の約束事は植え付けるけどね」
「それをどうする。まだ顔を合わせて48時間も経っていないんだぞ。
オマケに皆、オフ開けで使い物にならないのに!!」
言っている事は正しいが配慮がないな。
短期間の鬼軍曹としてはともかく、ヘッドコーチとしては器量不足だ。
そう思いながらも水谷は現状で許せる範囲内の対応策を
ホワイトボードを使って説明し始めた。
ウェストの後半からのメンバーチェンジが観客と貴賓席に伝えられると、
共にざわめきと驚愕のざわめきが生み出された。
「やるねぇ、極悪マフィア君」
一同の中で最も後半からの指揮官を知悉している筈の
へぼGMも驚きを隠せない。
「5枚、一気に変えるとはね」
通常は不測の事態を考慮して交代枠を残すものだが、
この手の試合にそういった危険性は低い。
ならば一気にリフレッシュした方が良いと言う事か。
「ま、お手並み拝見といこうか」
今回、高みの見物に徹してられる立場の金村は悠然と短い足を組み直した。
3人の屈強な『センターバック』の前で
『ボランチ』の位置に入った自分がゲームを組み立てる。
その指示が出された時はさすがに驚きを隠せなかったが、
考えても見ればどうせ組織の構築など難しいのだから
個性を最大限に活かした方が良い。
コンビを組む小柄で運動量抜群のダイナモとの相性も悪くはない。
それまで周囲とのインスピレーションが合わずに
フラストレーションを溜め込んでいたユーゴスラビア人も
サイドハーフと称して良い位置にまで上がっているアタッカー達との
連携が取れ始めた事でようやく魔術の杖を振るえる様だ。
と、言う事は後は達っちゃんだけだな。
羽生が試合の勝敗を必要な時間は15分間だけだった。
『東欧のブラジル』と評される伝統の技巧が紡ぎ出す
左後方からのループパスに打点の低いヘッドで
合わせたのがファーストタッチ。
盟友であるマエストロからの大胆なサイドチェンジに走らされた
駿河の左サイドを担うチャンスメーカーからの
センタリングを右足で叩き込み、
コーナーキックからのこぼれ球を右のつま先で押し込む。
ゴールの生まれやすいこの手の試合にしては意外にも
史上初のハットトリックをやってのけた爆撃機は
さらにイーストが総出で攻めた隙を突くカウンターからトップ下に入っている
浪速のスピードスターのごっつぁんパスを丁寧にゴールへと転がす。
雲一つない天候がかえって冬の寒さを際立たせる
神戸の地は特異な感覚に驚嘆の声を上げ、
日本人としては久方振りのМVPを受賞した羽生は
高級車を鍋料理一年分の食材に変えて貰い、
彼の活躍に対する広告価値を認めた件の企業は
貧乏クラブにはスポンサードを正式に申し込んだ。
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