ゲルニカの聖なる木

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誇り高き人


俺は今、自分の人生を振り返ている。
想像とはずいぶん違った運命となった。
俺は人間ではない。
ヨーロッパの鉄の産地で生まれた鉱石である。
それもとびっきり上質の鉱石のとれる場所で。
言ってみればエリート。それなりにプライドも高い。

山から掘り出された俺は丁重に精製された後、刃物工場に送られた。
そこで俺の今後が決まることになっていた。
エリートの俺のこと何か特別の人生であることは間違いない。
例えばサバンナの中、狩人たちの腰に下げられたハンティングナイフ。
仕留めた獲物を切り分けたり、木々の枝を払ったりとワイルドな生活。
それとも特殊部隊が使うサバイバル・ナイフ。
危険なミッション。
緊急のシェルターを作ったり、木に絡んだパラシュートのロープを切ったり。
音もなく敵を倒すこともあるかもしれない。
もしかすると悪運に見舞われ寒い都会の夜の町を行く不良のポケットの中。
そいつのクレイジーな瞳が俺の刃に映るときお月様がきっと震えている。

工場の加工場についたときは旅行をする前の晩の気分
のような期待感で一杯だった。

さぁこれから始まる冒険の前に一眠りするかと目をつぶったもんだ。

工場で全ての処理が終わって箱に入る頃、俺は意識を取り戻した。
なにかとても妙な気分だった。
からだが二つに割れているような。
いや実際二つに分かれていた。
しかも先のほうが丸い輪っかになっている。
ナイフにしてはずいぶん間抜けな格好だ。
嫌な予感。
万能ハサミ・ベンリー。
そう書かれたタグを発見したとき思わず目まいが襲う。
そのときの気分にお似合いのブルーの箱に入れられて東洋のデパートに送られた。
そこの文具売り場に並べられたとき俺はすっかり自分を失ってしまった。
輝きがみるみる失われていく。

悪いことは続くものである。
俺の相棒はハンターやソルジャーではなく、ましてやバット・ボーイとは程遠い
小学生の女の子。
俺のデビュー。俺が初めて切り裂いたのは、荒野や闇夜ではなくハローキティの
おりがみだった。
続いてくまのプーさん。
あのときの屈辱感ときたら・・・
まぁ何でも慣れるものである。
時間という最高の良薬が少しづつ俺を癒した。
俺のご主人さまはいたく俺をお気に召したらしくいろんなものを切りはじめた。
ある意味毎日が冒険と挑戦。
リビングのカーテンをバッサリ切ってしまったこともある。
あのときのママの怒りようときたら今思い出すだけでもゾッとする。
もちろん成長するにしたがいご主人さまは俺を上手く使いこなすようになった。
もともと頭のいい子。
同じ失敗は何度も繰り返さない。
学校にプライベートに俺はお姫様に従えるナイトのように献身した。

楽しい思い出もたくさんある。
あれはご主人さまがはじめて男の子から手紙をもらったとき。
その手紙の封を切ったのはこの俺だ。
あのときは正直ドキドキした。
学校の合格通知も、就職が決まったときもその封を開けたのは俺である。
考えてみればご主人様の人生の節目節目に俺は関われたわけだ。
こんな名誉ってあるだろうか。

辛いこともあった。
あれはご主人さまが自慢の髪を俺を握り締め切ろうとした晩。
あのときの切なさは今でも手にとるように思い出す。
理由は二人だけの秘密だ。
ナイトは、いや誇り高き男は女の過去を尋ねたり、喋ってはいけない。
別れたあとでもその秘密を守りとうせるかどうかで男の値打ちがきまる。
あえて言えば思春期に誰も避けて通れないことだった。
未来を豊かにする敗北もあるんだ。

ご主人さまと過ごせた日々はほんとに楽しかった。
一人の女の子の平凡な人生に、猛獣の鳴き声や銃弾の雨のなかよりも
ホントの冒険があることを教えてもらった。
何より好きな人といっしょに過ごすことほどの冒険ってないじゃないか。
二人で何かを体験して共感できたときの喜び。
そんなときは誰だって「時間よ止まれ」って叫びたくなるだろう。
ハサミだろうが、ナイフだろうがそんなことは関係ない。
自分が世界にどう関わろうとしたかそれが大切だ。


実は今日ご主人さまが家を出る。
彼女の新しい旅立ちを祝うにはナイフじゃなきゃだめなんだ。

ウエディング・ケーキにハサミはありえないからな。

こういうのを運命っていうんだ。
どうすることもできない。
でもナイフに嫉妬はしないぜ。
ブルーの箱も必要ない。
彼女と歩んだという誇りが俺を支えてくれるから。



お知らせ

少しだけ復活 11月7日


Last updated : 2003-12-29 23:09 luke@スネ夫 All rights reserved.