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彷徨えるバイバルス

 

●砂漠のバフリー・マムルーク●

 十字軍撃退に功をなしたバフリー・マムルークだったが、スルタン・アイバクをないがしろにし、命令違反を繰り返し、さらに、その軍事能力ゆえにアイバクに危険視され、ついに一斉検挙の憂き目にあうことになってしまった。バフリー・マムルークの首領格のアクターイは抹殺されたものの、バイバルスをはじめとするバフリー・マムルークの主力はエジプトからの逃亡に成功し、シリアへと逃れることになった。

 シリアに逃れたバイバルス一行はアレッポとダマスカス王であるアイユーブ朝君主・ナセルのもとに身をよせ、ナスルにエジプト進撃を進言する。本来、敵対し刃を交えたバフリー・マムルークとナセルだがアイバクが共通の敵となったので両者は手を結んだのである。

 バフリー・マムルークの軍事能力の高さを知っているアイバクはエジプト防衛のために三年の月日を費やすことになる。

 この頃、モンゴル帝国の大ハーン(皇帝)にモンケが即位し、モンケは自分の弟、フビライに南宋攻略を、フラグに中東方面攻略を命令した。フラグはイランに勢力を張っていた暗殺教団・イスマイール派の掃討にかかった。ただ、イスマイール派は堅牢な山城に陣取っていたいたため、フラグは攻略に手間どっていた。

 バグダートに居をおくアッバース朝カリフは、モンゴルの脅威を感じ、イスラム世界の団結を訴えナセルとアイバクの対立の仲介にはいった。両者の和解はなったもののナセルは和解の条件としてマムルーク政権にとって不倶戴天の敵であるバフリー・マムルークを手放さなくてはならなくなってしまった。

 バイバルス達、バフリー・マムルーク達はシリアの砂漠をさまよった。しかし、どんなことがあってもバイバルスは仲間のバフリー・マムルークを見捨てることがなかった。このバイバルスの「男らしさ」こそがバフリー・マムルークの団結を培い、後にスルタンとなったバイバルスに対するバフリー・マムルーク達の忠誠心へと繋がったのである。

 1257年。アイバクはアイユーブ朝王族との和解を図るため政略結婚でモスルの太守、バドル・アッディーン・ルウルウの娘を妻にした。しかしこれが、妻であり前スルタンであったジャジャルの嫉妬心に火をつけてしまい、アイバクは浴室で彼女の放った五人の奴隷に暗殺されてしまうこととなった。

 しかし、シャジャルのアイバク暗殺の謀略は明るみにでてしまいアイバクのマムルーク達にシャジャルは捕らえられ、シャジャルの結婚に伴い、アイバクと別れさせられたアイバクの元妻に引き渡される。シャジャルへの恨みに燃えるアイバクの元妻は女奴隷に命じてシャジャルを木靴で叩き殺させた(靴で叩かれるというのはかなり屈辱的なことである)。そして、シャジャルの遺骸は下着のままモカッタムの城砦の櫓から放り投げられてしまった。

●クトズの即位とモンゴル来襲・・・マムルーク同盟●

 アイバク亡き後、スルタン位はアイバクの息子・アリー(シャジャルとアイバクの子ではない。アイバクの元妻の子?)が就いた。彼は即位したとき十五歳であったが、実権はアイバクの一番のマムルーク・クトズがほとんど握っていた。

 シリアをさまようバフリー・マムルーク達は、モンゴル軍の侵攻に際し、イスラム世界の統一をはかるため、カラクの太守、ウマル・アイユービーのもとに身をよせウマルにエジプト進撃を進言。ウマルはエジプトに侵攻するが、クトズはこれを退ける。この結果、ウマルはバフリー・マムルークを疎んじ彼らは又しても砂漠を彷徨うハメになった。

 クトズはバフリー・マムルークの逆襲をきっかけにして、アリーのような若年のスルタンではバフリー・マムルークの逆襲、さらにバフリー・マムルークより強大な敵であるモンゴル帝国と戦うことができないと力説し、自らスルタン位についた。クトズの即位に不満を持つ部将もいたが、クトズはモンゴルの脅威に備える緊急措置であり、モンゴルの脅威が去ったら改めてスルタンを決めると言って説得した。

 1258年。アッバース朝の首都・バグダートが陥落・・・。こうして503年に渡りイスラム教の象徴として存続していたアッバース朝の歴史に幕がおろされた・・・。モンゴルの次の目標はシリアである・・・。

 この報にシリアのアイユーブ朝君主達はあわてふためいた。シリアのアッバース朝スルタン・ナスルは急いでバイバルスらバフリー・マムルークをダマスカスに迎え入れた。しかし、バイバルスらの軍事能力をもっても、シリアはモンゴルの脅威に浮き足立ち、さらにナスルは優柔不断であった。これではどう頑張っても勝てそうもない・・・。

 バイバルスらバフリー・マムルークはナスルを見限り、ガザへと走る。ガザはエジプトとシリアの国境地帯ともいえる場所だ。バイバルスはこの地に宿営し、エジプトのクトズの元に対モンゴルの共闘を申し入れる。クトズもモンゴルの脅威をひしひしと感じており、この共闘をのんだ。

 こうして、血みどろの対立を続けた二つのマムルーク軍団はモンゴルという強大な敵に立ち向かうために一致団結した。まさにイスラム最後の砦であり最強の軍団の誕生である。バトゥの侵攻に際しても団結してあたることができなかったヨーロッパとは大違いである。

 

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