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十字軍国家の終焉

 

●機は熟した●

 フラグは1265年、大軍を率いてマムルーク朝に攻勢をかけたものの、マムルーク朝が防衛体制を確立していたため、あえなく撤退。そしてフラグ自身は失意の中この世を去っていた。

 1266年。バイバルスの盟友であったキプチャク=ハン国のハーンであったベルケもまたこの世を去った。彼はこの世を去る前、ビザンツ帝国を攻め、ビザンツ皇帝ミカエル・パレオロゴスをキプチャク=エジプト同盟に結びつけてくれた。

 フラグの後をついたアバカーは父の無念をはらすために婚姻関係を利用してビザンツ帝国に働きかけたり、フランク諸侯にマムルーク朝に対する共同作戦をもちかたりしたものの、キプチャク=エジプト同盟の結束は固く、マムルーク朝はイル=ハン国と同等の軍事力を持つに至っていた。イル=ハン国はマムルーク朝とキプチャク=ハン国に囲まれている状況にあったため、軍をうかつに動かせば、どちらかに攻められてしまうため、うかつに動けなくなってしまったのである。

 バイバルスは対モンゴル戦争が一段落したと判断すると、いよいよシリアに割拠する十字軍のつくりあげたフランク諸王国の攻略に乗り出す。マムルーク朝の前身であったアイユーブ朝の開祖・サラディンはシリアから十字軍勢力を駆逐することを切望しながら遂に実現させるに至らなかった。バイバルスは遂にサラディンの切望を実現させるべく動き出したのである。

 このころの十字軍国家はすっかり衰退していた。十字軍諸侯の間で争いは絶えなかったし、当時、商業の実権を握っていたヴェネツィア商人とジェノヴァ人の主導権争いによって、十字軍国家は二分されていた。もとより、十字軍国家は十字軍の遠征によってつくられた国家群であり、シリアに点在しているだけにすぎず、国家の拡大・維持も十字軍の遠征におうところが多かった。そんな十字軍国家が互いに内輪もめをして衰弱していたのである。

 バイバルスにとってこれはまさにチャンスであった。

●騎士の城陥落●

 1263年。バイバルスはパレスティナへ進軍した。ナザレの教会を破壊し、66年には神殿騎士団からサファドを取り、騎士三千を殺す。そしてサファドの城壁に「現代のアレクサンダーの業績」をたたえる文が刻まれた。衰弱しきった十字軍国家が、十字軍とモンゴルとの戦闘を繰り返したバイバルスとマムルーク軍団を防げる道理はなかったのである。

 1268年にはアンティオキアをわずか四日で奪取。騎士と市民一万六千人を葬り去り、ヨーロッパにも知れ渡った大聖堂を焼き払い、しばしばモンゴルに協力してマムルーク朝に対して攻勢をかけてきたアンティオキア公国は滅びさった。マムルーク軍団による徹底的な破壊と虐殺はアンティオキア公国がかつてモンゴルと共にシリアの地を席捲し、破壊と虐殺を行ったときの報復のようである。

 1271年のはじめ、バイバルスはトリポリ伯領をあらしてシャステル・ブラン城をおとし、騎士の城の異名をもつクラクの周辺の出城を片っ端から陥落させていった。クラクはかつてサラディンやその後継者アル=アーディルが攻めたものの、陥落させることができなかった城である。バイバルスはクラクを丸裸にして3月3日にはクラクを包囲するにいたる。

 マムルーク軍団はクラクの弱点である南側の丘を奪い取ると、そこに投石器を設置しクラクに対して攻撃をしか、城壁を破壊。マムルーク軍団は城の内部へとなだれこんでいく。15日には本丸への進路を守る塔を奪取。30日には工兵隊が本丸口の塔を破り、本隊は階段を駆け上がり中庭を占拠。今度はそこに投石器を設置する。

 クラクの守備隊は展望台の南の端、三個の丸い巨塔からなるエリアにこもり最後の抵抗を試みる。さすがのマムルーク軍団もせめあぐむばかりであった。そんな折、クラクの守備隊のもとにトリポリ伯から「これ以上の抵抗をやめ、降伏せよ」という密書が届いた。クラクの城主はその密書に従い降伏。バイバルスは4月8日、彼らがトリポリへと逃げていく道をあけて、クラクの守備隊を逃がした。

 実はこの密書、バイバルスが仕組んだ罠だったのである。クラク守備隊はまんまと引っかかり、騙されたとも知らず道をあけてくれたバイバルスに感謝の念をいだきながら城を明け渡しのである。バイバルスはクラクの修復とキリスト教式の礼拝堂をモスクへと改造するようにめいじた。イスラム軍を苦しめた騎士の城は今度は十字軍掃討の拠点となったのである。

 ちなみに1270年。ルイ九世は最後の十字軍を率いて北アフリカのチュニスに上陸。しかしルイ九世が伝染病にかかり死亡したため、最後の十字軍は何も成すところもなく、むなしく引き上げていった。十字軍国家が滅びようとするときと同じくして十字軍政策も終焉してしまったのである。

●十字軍国家の終焉●

 十字軍国家の攻略はバイバルスの手により順調に進んでいったが、残念ながら彼一代で完成させることはできなかった。十字軍国家はバイバルスの実質的後継者でありバイバルスの右腕ともいえる名将、カラウーンの手に引き継がれ、カラウーンの息子、ハリールが、1291年、エルサレムを領さないエルサレム王国の首都、アッカを陥落させてシリアから十字軍勢力は駆逐されるに至ったのである。

 

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