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対決!! 第六回十字軍

 

●フランス軍来る!!●

 1248年の夏のことである。神聖ローマ皇帝・フリードリヒ二世の密使がアイユーブ朝の国都・カイロについた。皇帝の親書を携えたこの男は、皇帝の侍従ベルトーと名乗った。彼は商人になりすまし、スルタン・サーリフのもとに親書を届けた。その内容はフランス国王ルイ九世が聖地奪回のため、単独で十字軍をおこしたということであった。この十字軍は第六回十字軍となる。

 神聖ローマ皇帝といえば、本来はイスラム世界と対立するキリスト教世界の住人なのだが、フリードリヒ二世は「王冠をかぶった近代人」といわれるローマ皇帝であった。彼は十字軍の聖戦のイデオロギーに無関心であり、彼の政治的目標は、神聖ローマ帝国の中央集権制の確立と帝国の帝都をローマに定めることにあった。彼は宗教よりも科学を信じ、フランス、ドイツ、イタリア、アラビア語など六ヶ国語に堪能であった。しかも彼はアイユーブ朝スルタン・アル・カーミル(サーリフの父にあたる)の親友であり、イスラム文明の心酔者であった。

 聖地エルサレムの問題に関しては平和主義者であったフリードリヒ二世はルイ九世を思いとどまらせようとしたが、夢の中で聖地奪回の啓示をえたという、敬虔なキリスト教徒である彼の決意は固かった。

 その頃、アイユーブ朝スルタン・サーリフは肺を病におかされ、高熱に苦しんでいた。親書を読んだサーリフは十字軍に対する備えをはじめた。彼が対モンゴル戦のために育てた虎の子の私兵・バフリー・マムルーク達はサーリフの親衛隊としてサーリフの脇を固めた。

 1248年秋、十字軍はキプロス島に上陸した。キプロスに上陸するとモンゴルのイラン方面司令官のイルチガタイから聖地をともに奪還しようという使者がルイ九世のもとにやってきた。イルチガタイは熱心なネストリウス派キリスト教徒であった。ルイ九世はこの話に関心をしめし返答の使者として修道士アンドルーをイランとモンゴルに派遣した。しかし、使者がモンゴルに到達したとき、モンゴル第三代ハーンであったグユグはすでに死亡していた。その後、ルイ九世はルブルックをモンゴルに派遣するが、第四代ハーンのモンケはイルチガタイの使者の正当性を否定。さらにモンゴルの世界制覇の野望をルブルックに伝えた。イルチガタイはどうやら、グユグ派の将軍であり、グユグ派とモンケ派によるモンゴル帝国の継承権争い(グユグの在位中におきた。結局、両軍が衝突する前にグユグが死亡・・・モンケ派の重鎮、バトゥによる暗殺説もあるが・・・)にモンケ派が勝利したことにより、おそらく更迭され、同時に彼の使者の正当性も否定されてしまったのだろう・・・。

 ルイ九世はキプロスより直接エルサレム制圧を狙うのではなく、エジプトへ進撃する作戦をとった。当時、エルサレムを統治していたのはカイロに国都をおくアイユーブ朝であった。また、カイロを制圧することにより、香辛料のルートを独占できるという経済的理由もあった。

 フランス軍は八ヶ月の休養の後、49年6月、三万六千の大軍を率いてナイル河の東側の河口にあるダミエッタに上陸しすんなりと制圧する。スルタン・サーリフが病の床にあったためアイユーブ朝の士気はあがらなかったためであろうか。それにしても、十字軍が八ヶ月間もキプロスで休養していたのはモンゴルよりの援軍を待っていたためだろうか?

 サーリフは十字軍がダミエッタに上陸するとカイロは混乱におちいった。カイロもすんなりと陥落してしまうのか・・・。サーリフの病はますますひどくなっており、肺の病のほかに太ももに潰瘍ができて歩くことさえままならなくなっていった。しかし、サーリフは強かった。ダミエッタ防衛の責任者五十人を呼び寄せ、これを全て処刑し、軍の士気をあげるようにした。そしてカイロから軍船にのりナイル河を渡り、ダミエッタから南西七十キロ地点にある要衝・マンスーラに本営をしいた。ダミエッタ陥落から四日後という迅速な対応であった。

 6月・・・ちょうどこのころはナイル河が氾濫する時期の直前にあたる。ルイ九世は嵐のためにおくれたキプロスよりの艦隊の到着をまち、陣容を整えた。そうこうしているうちにナイル河の水かさはましていった。ルイ九世は部下達の意見に従い氾濫の続く夏はとりあえずダミエッタで英気をやしなうことにした。かつて1218年の夏、同じくダミエッタからナイル河を渡ろうとした十字軍は、当時のスルタン・カーミルがナイル河の堤防を決壊させ十字軍を敗退させられたのだ。

●サーリフ! 天命ついに尽く●

 サーリフは増水によって十字軍がダミエッタにとどまっている隙に、マンスーラを要塞化し、一方でルイ九世と折衝交渉を続けた。

 秋・・・ナイル河の氾濫はおさまった。いよいよ十字軍は進撃を開始した。十字軍は進撃の目標を政治の中心地・カイロか、経済の中心地・アレクサンドリア(香辛料はここからヨーロッパへと運ばれた)にしようかで意見がわかれていた。

 結局、王弟ロペールの少数意見が強引に通ってカイロに進撃することになった。11月20日のことである。

 11月22日、スルタン・サーリフはその生涯をとじた。サーリフの王妃・ジャジャル=アッドッゥルはサーリフの臨終をみとると、ファックルッディーンら、二、三の重臣を集めサーリフの死を告げ、サーリフの後継者であるトゥーランシャーをアイユーブ朝の北限であるディヤバクル地方から呼び寄せ、トゥーラーンシャーが到着するまでの間、ファックルッディーンが臨時の宰相につき、サーリフの死を伏せることにした。

 サーリフの死を隠すため臨時の王宮には三ヶ月近くもサーリフの食事と薬が運ばれ、シャジャルの手により密かに処分された。また、スルタンの命令書のサインはシャジャルがサーリフの字を真似て書いていた。

 しかし、十字軍はサーリフ死すの情報をスパイを通じてか掴んだようである。十字軍は運河を隔て、マンスーラの対岸に到着し六週間がかりで陣地を構築する。王弟ロペールは土着のキリスト教徒から運河の浅瀬を教えてもらい、1250年2月8日の早朝。騎馬の精鋭を率いて一気にマンスーラ郊外にあるアイユーブ朝の前線へと突入した。マンスーラを突破すればカイロへは僅かに30キロ。しかもその行程は平原である。マンスーラは、まさにエジプトの命脈であった。

 十字軍の襲撃を聞いた司令官・ファックルッディーンは朝風呂にはいっていた。彼は鎧もつけずに馬に跨り飛び出したところで十字軍に包囲され絶命した。司令官を早々に失ったアイユーブ朝は窮地にたたされた・・・。

●対決!! バフリー・マムルーク対十字軍!●

 十字軍の奇襲は成功した。ルイ九世は奇襲の成功を確認するとロペールにひきあげの命をだすが、ロペールはひかない。一気にエジプト軍との戦いにケリをつける気だ。ルイ九世の数度にわたる制止、側近の慎重論もかえりみない。前線の敗残兵を収容するためにひらかれたマンスーラの門からロペール以下290騎の騎兵がマンスーラ市街へと突入した。

 逃げ回る敵兵を蹴散らし王宮へとせまる十字軍。しかし、王宮に近づくとラッパ、シンバル、ドラムの音が鳴り響く。と同時に矢の雨が十字軍を襲い、四方から騎兵部隊が攻めかかる。バイバルス率いる、バフリー・マムルーク親衛隊である。この時、バイバルス22歳。十字軍は街中でマムルーク騎兵によって分断され、迷路のような街路においつめられる。そして民家の二階の窓から熱湯や石が十字軍めがけて落下してくる。しかも、逃げ道は丸太によって封鎖されてしまっている。多くの十字軍将兵は川におちて絶命。ついに王弟ロペールはうちとられる。彼は王家の紋章をつけていたのでマムルーク軍団は当初、フランス国王だと思っていた。結局、ロペールのつれてきた騎兵は5騎を除き皆殺しにあうのだった・・・。

 バフリー・マムルーク部隊は十字軍の先鋒部隊をくじくとマンスーラ市街から飛び出し、十字軍の本隊に襲い掛かった。この日の午後から夕方にかけて十字軍は1500名の戦死者をだした。

 バイバルス・・・アラビア語で「豊かな虎」・・・。「虎穴にいらずんば虎子を得ず」という言葉があるが虎子を得る前にとんでもない猛虎をめざめさせてしまった。

 そしてこの攻勢からしばらくしてトゥーラーンシャーがマンスーラに到着する。トゥーラーンシャーは海軍(水軍?)を強化して十字軍のダミエッタからマンスーラの野戦陣地への水路による補給線を封鎖する。武器と兵糧に欠乏する十字軍は退却を開始する。バフリー・マムルークはこれを追撃。さらに十字軍陣営に伝染病がひろがり十字軍は苦境に立たされる。ルイ九世はダミエッタの手前二十キロのファリスクールにて降伏する。1250年4月のことである。十字軍は撤退作戦において三万の犠牲をだすことになった。こうして三年間に渡る十字軍との戦いに終止符がうたれることになる。

 ルイ九世はマンスーラの有力者の家に幽閉される。トゥーラーンシャーは解放条件としてダミエッタの返還と身代金50万リーヴルを要求した。

 歴史家のイブン・ワーシルはこの勝利を「ムスリムの勝利の原点」とのべ

「サーリフ王のバフリー・マムルークは、この戦闘において、その勇気と豪胆ぶりを遺憾なく示した。フランク側に甚大な被害を与え、勝利に重要な役割を演じたのは、バイバルス率いる彼らであった。まさに戦士の鑑(かがみ)というほかない」

と述べている。

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