マムルークとは? |
マムルーク・・・アラビア語で「所有された者」の意である。
マムルークは中東の奴隷市場によって売買される、アラビア人・アフリカ黒人ではない白人系の奴隷である。
特にトルコ人奴隷は騎馬戦術に巧みで戦士として非常に優秀であったため、カリフやスルタンといったイスラム教国家の支配者達は自己の権威を守るためトルコ人奴隷を買い入れ私兵として扱っていた。
奴隷といってもアメリカ大陸における黒人奴隷とは異なり、彼らはまずイスラム教に改宗し、マムルーク騎士となる場合は(全員が全員、戦士にされるわけではない)、軍事訓練や軍事教育を施され、やがては、奴隷の身分から買主の手によって解放されることになる。イスラム教では、奴隷を解放することは、美徳とされているのだ。
奴隷から解放されたマムルーク達は解放された後も買主を奴隷から解放してくれた人とみなして忠誠を誓いつづけ、主人の私兵となった。解放してくれた人物に忠誠を誓う・・・これも、イスラム教の教えにのっとた行為である。彼らが最初にイスラム教に改宗させられ、その教義を教え込まれたゆえにである。
優秀なマムルークはイクターと呼ばれる領地が与えられたり、アミール(司令官)に抜擢されたり、主人のあとを継ぐということさえあった。
時代はもう少し後になるが、オスマントルコのイエニチェリーもマムルークに近い存在である。
マムルーク達は街にでては、しばしば横暴な行動をとり住民達からは嫌われていた。また、忠誠を誓うのそれいから解放してくれたは買主に対してであり、スルタンが買主であった場合、買主であるスルタンには忠誠を誓うものの、次のスルタンに対して必ずしも忠誠を抱いているわけではなかった。
そのため、新しく支配者となったカリフ、スルタンは、前代のカリフ、スルタンの所有していたマムルークに対して一斉検挙などを行い、新たに自己の私兵であるマムルークを買い入れる場合もあった。いうまでもなく武力を持った私兵が自分に忠誠を誓わないというのは自分の生命の危機であるからである。
時にマムルークの力がカリフの力をしのぐようになり、マムルークがカリフの廃立を自由に行なうようになったりし、マムルークが実質的な支配者となるような場合もあった。
アイユーブ朝のあとに成立した「マムルーク朝(高校時代に使っていた世界史の資料集には「奴隷王朝」と書かれていた。てっきり奴隷制によって成立した王朝だと勘違いしていた)」は、マムルークが表立った支配者となり、王朝成立初期においてはモンゴル帝国や、十字軍といった脅威を武力によって払いのけ、イスラム教圏の盟主的国家としての地位を確立するまでにいたり、後にはチンギスハンの再来ともいえるティムールをも払いのけることとなる。
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